〈ゴースト・セクサロイド〉 - 17P
あくる日の放課後、写真部の部室できなこ棒をつまみながらオカルト雑誌を嗜む安藤さんにこのような話をした。
「ぼくと安藤さんはこれまでこの<改奇倶楽部>でくすぶり続けていたね……」
彼女はぽかんとした。そして訝しげな瞳でぼくを見る。
「まだ出会って一カ月経ってませんけど」
「寂しいけれど巣立ちのとき来たり」
安藤さんはちらりとぼくを一瞥したのち、少し頭を振ってまた雑誌に目をやった。ぼくはやれやれ、とわざとらしくため息をついて一言。
「恋をしてしまったのだよ」
彼女は咥えていたきなこ棒をぽろんと唇から逃がしてしまった。
きゃっ、という小さな悲鳴。
「サイアク! きなこ制服についた!」
「ふふふ。その動揺も無理はあるまい……」
慌てて制服からきなこを払う安藤さんを尻目に、ぼくは高らかに両腕を上げて勝ち誇った。
「このようなかたちで安藤さんを出し抜けるとはね。どうだい部長、ワンランク下と見下していた男が青春してるぜ」
ぼくは今の喜びを全身で表現すべく、くるくるとバレリーナの真似ごとを行ったが四回転ほどしたあたりで放置していた掃除道具に足を引っ掛けて派手にすっ転び、パイプ椅子の背に鼻の頭が直撃した。
「なんで箒がこんなとこにあるんだよ!」
「冷蔵庫入れたからでしょ。きみと鷹木くんが」
この間、掃除用具のなかに小型の冷蔵庫を(もちろん部室にそういったものを置くのは禁止されいるため教師陣や自治会の不備を突いて)設置したのをすっかり忘れていた。
「うごご」
「で、だれに」
「え?」
「相手だよ。恋した相手」
安藤さんは制服の裏地を指で弾きながら器用に粉を落としはじめた。
「フフン、安藤さんの知らない人さ」
「えっ……まさか校外? え~、なになに。どんな相手だろう。でもタテワキくん校外に交友関係なんてなさそうだよね社交性皆無だし言動は電波だし」
「きさま……」
「んーじゃあネット関係かな」
「おお、さすが安藤さん。いい線行ってるぞ」
「なんだ出会い系か」
安藤さんが鼻を鳴らす。おりょうさんを莫迦にされているように感じ、ぼくは思わず「なにをう!」と呻いた。
「出会い系じゃねえよ。向こうから直接話しかけてきたんですこのアンブレイカブル帯刀田に」
「それ自称? ダッサ……芸名かな」
「うるせえ。ついでに決して出会いを求めてネットコミュニケーションに浸ったわけではないので訂正と謝罪を要求する!謝らんかい!」
「似たようなもんじゃん」
「ちょっと秀才だからとぼくを莫迦にしくさってこの貧乳が」
「はあ? そこが小さいのは関係ないだろう」
「安藤さんはぁ~」
「喋るな」
「身長も小っさいですぅ~ん」
「きみが高すぎるだけだろ」
「オッパイもぉ~」
「黙れ」
「身長もぉ~」
「このアイアンジャイアント。ウルトラマン。千年に一歩あるく鳥」
「小動物ぅ~」
「……、……」
その後しばらく彼女は黙っていた。ぼくがその辺に落ちていた雑巾を立てて「見てこれ!今日ご紹介するのはこちら!安藤さんの胸!今ならもう一枚雑巾がついて三千円!」と云い始めたあたりで彼女は大きくため息をつき、
「殺ってやる……」
低い声でそうつぶやいた。その面はまさに般若も裸足で逃げる鬼の形相であり、一切の容赦を感じさせぬ憤怒を内包していた。額に浮かんだ青筋がビキッビキッと痙攣し、獲物に襲い掛かろうとする獣がその衝動の必死にこらえているかのようであった。とうてい読者諸君にお見せすることの敵わぬグロテスクさである。この小説のレーティングが『残酷描写あり』に設定されているのも無理からぬ話だ。
「すすすす、すいません。まな板がなかったので雑巾でやってしまい……」
ぼくは唇を震わせながら慌てて表現の意図を解説する。すると彼女は意外にもすっとおとなしくなり、にこやかな笑みを浮かべて云った。
「それで、タテワキくんの好きな人について教えてよ」
なんだこの女は。イヤな、イヤな予感がした。ものすごくイヤな予感がした。けれどここまでくるとこちらも引き下がれない。しょうもない意地の張り合いだとわかってはいるけれど。
「よかろう。ぼくが恋に落ちた人。その名は――」
「うん」
「ゴースト・レディ。それがアンブレイカブル帯刀田と対をなす儚き女神の名さ……」
「はあ」
さすがにくどかったのか、すでに安藤さんはあきれ果てていた。付き合ってられんと云わんばかりにぼくを見限り、彼女は帰り支度をしながら、何度か舌打ちとため息を繰り返した。
「もういいよ。きみがだれと青春しようがどうでもいいし。でも改奇倶楽部で〈ペルソナ殺し〉を追うのだけは続けてもらうからね」
「まあ、それはのちのち……」
「のちのち? つまり後回しってこと?」
「だって青春優先……」
また少しの沈黙。ふふ、と笑みをこぼして安藤さんは口を開いた。そして云った。いや云ったというよりも、開始した。
「はぁ~タテワキくんには呆れましたよ。いるんですよねぇこういう無責任な男。友だちが〈蒐集家〉に狙われているから心配して改奇倶楽部に入って部長までやって、色々と根回しもしてあげてるのに。部活掛け持ちさせておいてこれですよ。わたしってタテワキくんと違って花形選手で成績もいいし学校の評判や看板も背負って実績を残して貢献しなくちゃいけないのに。その重責を背負いながらやってる人間にいきなり部長をやれとか云っておいて自分は脱退ですよ。いやらしい。人の良心に付け込む詐欺師ですね。嘘つき。たらし。サイコパス。でもそんな変態じみた男でも面倒をみてあげますからねわたしは甲斐性のある女なので。きみみたいな不躾で口の悪い自分勝手で幼稚な男の子でもしっかり尻拭いしてあげますよ。女の子をこき使ってさぞ気持ちいいんでしょうねサディスト気取って。本当はマゾのくせに。エゴマゾ。語彙力不足。童貞。モテない。そのくせバレンタイデーやクリスマスになると感情的になる哀れな男。どうですか? わたしに全部押しつけて悦に浸って楽しいですか? 罵られて楽しいですか? それってとっても暗い青春じゃないですか。ねぇねぇどうなんですか。タテワキくんって本当に情けないよ」
「すいませんでした……」
「すみませんで済んだら大型情報集合体いらないよね。あと謝れば何でも済むと思ってる男っているよね。男ってほんとそう。謝っても許されないから開き直って罵倒されてればそれでいいと思ってる。自分に罰を与えたいんだよね知ってる知ってる自己満足の地獄ですよねほんと自分勝手こっちの都合も考えてほしい。あ、そっか他人の気持ちがわからないからモテないんだったねごめんね。ほら今謝られてどう思った? 別に心が晴れるわけじゃないでしょそうだよねこうやって伝えないとわかんないんだよねタテワキくんって。言葉で説明してもムダムダ。それに話は戻るけど謝って終わりじゃないからね。わたしが抱え込んだ気持ちとかイラついた時間がその一言で全部清算できると思ってるのどんだけわたしって軽く見られてるんだろうねあーあー厭になりますね。わたしはタテワキくんのアバターが〈蒐集家〉に見つからないように心配してあげたのねきみは平気でわたしを裏切るんだね。そうだそうだ。ようやく〈ペルソナ殺し〉に対抗できる人が現れたと思ったのにこれですよ。いつになったら話が進展するんですかね。きみってこじらせすぎて奥手になるタイプでしょあーやだやだ。きみに身長でバカにされて性別でバカにされてこれって立派な差別だよねきみは現代に甦った魔女裁判野郎だよ。わたしに罪はないのにそうやっていじめるんだ意味がわからないよねほんとそういうことができる意味がわからない人の心がないのかな。わたしもそう思うよ。タテワキくんといっしょに〈ペルソナ殺し〉の捜索に協力してあげようと思ってたのにね。きみには期待しててそれなりに目をかけてたのに本当に残念だよ裏切りものが。きみ前から思っていたがその口調は森見登美彦の主人公のパクリだろうもっとSFを読めSFを。でもタテワキくんって巨人だから人の気持ちを踏み荒らしていくんだよねほらわたしって小動物だからねオッパイも小さいしね。ほらオッパイ小さいこと気にしてるだろうが謝りたまえタテワキくんってほんと女子のそういうとこばっかしか見てないよね何様のつもりなんだろうねわたしは聞いたことないけど陰で絶対に莫迦にされてるよ裸の王様ってさ。いるんだよねそういうナルシズム振りまいて女子に笑われてる男子ってさでもタテワキくんがそんな人だったらなんてね失望だよねわかりましたよ〈ペルソナ殺し〉も〈ゴースト・セクサロイド〉もわたしが探しますからねきみは一生そのまま負け犬でいなよ明日からきみのあだ名は負ケワキくんだよ。キメ台詞は『また負けてしまった』とかにしときなようわなんかそれもムカつくな。そうそうムカつくよね煽り言葉で。わたしももっと別の台詞がいいと思う。じゃあなににしようかな。ねえ負ケワキくんはどんな台詞がいいと思いますかちょっと返事しなさいよきみは本当に失礼なやつだなあ。はぁ~あなんできみのような人間が改奇倶楽部の実質のリーダーなのか本当によくわからないよそれが不安だったから助けてあげようと思ってたのにこの仕打ちでしょ?はあ?でもわたしはきみとちがって真面目だからね改奇倶楽部を続けていくよお父さんの立ち上げたこの改奇倶楽部をね。すずなはなんて立派なんだろうタテワキくんきみは何とも思わないのか。もうほんとつらいよどうしてわかってくれないの。きみみたいなやつのおんぶにだっこでほんとすずながかわいそう。こんなのが今の改奇倶楽部なんてわたしは恥ずかしいよすずなに謝りたまえ。それに制服のきなこついたのどうしてくれるんですかタテワキくんこれほんとに落ちなかったら洗ってくれるんですか。あぁーあこれわたしが帰ったあとに汚れ取らなくちゃいけないんだよ貴重なわたしのプライベートの時間をきみのせいで台無しにされてしまうんだよねきみは嫌がらせの天才だよそれについては才能あるよわたしが保証するよわたしはきみにどれだけの時間を使えばいいのかな〈ペルソナ殺し〉のこととかアレコレで色々と悩んでふつうの友達よりもきみに対して考える時間のほうが多いのにこれ以上わたしの時間を拘束しないでよきみは天才だよ本当に邪魔の天才だ。自覚はあるんだよねわかってやってるんだよね。そういうのを想像して家ではなにしてるのかほんとに気になるよ結果を出そうとして努力したりわたしを楽しませてくれるんならまだしも自分は他人に迷惑をかけてそれを悪いとも思ってないんだよねあー腹立つめちゃくちゃ呆れましたよそして失望。こんな意味のわからん変態の相手をさせられる身にもなってよムカつくムカつくムカつくムカつく存在するだけで人を苛立たせるやつ初めてみたよなんとか云いなさいよ自分が傷つけた相手の心をほぐすこともできないんだ最低だね自分で後始末できないことをどうしてやっちゃうかなぁ男の子っていや女の子でもいるけどね。こんなこと云いたくないけどさすがに今回ばかりはわたしも云わせてもらうねきみって前から思ってたけどそういうとこあるよ。でもきみと関わってしまったばかりにこんなことが永遠に続いて行くんだよねエターナル帯刀田地獄だよ。保健室にあるのはエタノールだよ。フロム・トゥ・ヘルだよ。はぁーあわたしの学校生活終わったぁ辛いなぁタテワキくんのせいでめちゃくちゃ辛いなぁ。かわいそうだなぁ。すずながかわいそう。タテワキくんなんとか云いたまえわたしの学校生活一年目にして早くも終わり確定でーすどう嬉しいですかタテワキくん。うれしいよねそういうのが趣味の変態さんだもんねなんでこんなクズと関わっちゃったんだろうまぁ〈墓石男事件〉のときからきみには目をかけていて〈アンブレイカブル〉の一見でこいつは期待できると思ったわたしが莫迦でしたよほんとにでもそれって自業自得なのかなタテワキくんわたしが悪いのかなあ。でもまさか貧乳を表現するためにまな板じゃなくて雑巾使うとは思わなかったよきみって才能あるよ人をバカにする天才だねがんばってそれを磨き続ければいずれネットの炎上芸人とかにはなられるんじゃないかなぁみんなから一生うらみを買って生きて行くんだよ人をバカにすることで飯を食っていけるなんてきみは何様かな映画化決定だよアンブレイカブル帯刀田ってタイトルで映画化するよそしたらわたしは試写会の一番前の席できみをずっとずっと見つめていてあげるからねこの人学生時代はマジで陰湿で女の子にモテなくてずっとバカにされてたんですよっていう顔で伝えてあげるねほかのみんなにね。どういう気分だろうねそのときのタテワキくんはスターになった気で舞台にあがったらわたしと目が合ってしどろもどろになって微妙な舞台挨拶しかできないんだよねそれで関係者とぎくしゃくしてそのときになって『安藤さんを怒らせるんじゃなかった』って思うんじゃないかなそれでもわたしはきみを粘着質ぎみに追い回すけどわたしはこの先きみの人生で一番楽しいときにいつも現れるよペニーワイズ安藤さんって読んでよねこれからさ。きみがゴミを捨てに行くときに青バケツ開けたらそのなかからわたしが出てくるし電車のなかで窓見ながら忍者走らせる妄想してたら唐突に忍者装束のわたしが家の屋根を飛んで追いかけてくるんだよ。何気ないお風呂の時間で頭を洗ってるときにふとだれかの視線を感じたらそれはわたしだよ振り向いてもだれもいないけど風呂場の鏡には映ってるよ。病院で入院してるときとかに天井みてたらなにかのシミがあってそれをじっと見つめていると徐々にわたしの顔になっていくもんなんだよねぇわかるそれくらいきみはこれからずっとわたしの恨みを買って生きて行くんだよもしわたしが死んでも絶対に悪霊になって憑りついてあげるから覚悟してねよかったねタテワキくんこれで毎日いっしょだよ。絶対に呪い殺してやるからな。メンヘラなめるなよわたしひとりで三人分いや四人分の悪霊が憑りつくんだよおめでとうございますタテワキくんそっち方面でも映画化できるよそのことを小説にもできるんじゃないかなほらきみって文章読むの好きなんでしょう渚央ちゃんから聞いてるよSF好きなんだってねあぁーあ残念だよSF界に興味を持つ有望な若者であるきみがこのような人間だったとはねまったく底意地の悪い男だよ本当に腹立つ。きみなんてチキンブロス帯刀田だよタテワキくん。それにきみと付き合う女性は絶対にかわいそうだよ。百パーセントかわいそう。だれだか知らないけどどうせ片思いなんでしょう片思いが一番楽しいよ恋愛って結婚とかするとマジで相手に対してヤな思いしかしなくなるよタテワキくんってつけおきしてるカレーの鍋のなかに水飲んだコップとか入れちゃうタイプでしょあれほんとイライラするんだよねどうしてそういうことができるのかなカレー鍋のなかに入れる前に五秒だけシンキングしてみようよ頭を使ってさそんなの家事やってなくても常識レベルでわかることじゃんね小学生からコツコツやり直せと云いたいよ男の人って本当にそういうのばっか本当に莫迦だよね」
気が付くとぼくは部室にパンツ一丁で正座していた。着用していた一切の衣類を綺麗に折り畳み、もはや一呼吸の間にどれだけぼくを罵倒できるかに挑戦する安藤さんのマシンガントークを全身に浴びていた。そうすることで少しでも彼女に誠意を見せなければならないと本能的に感じていたのだ。
「うわぁしかもなにその顔ぉ……ねぇなんでちょっと赤くなってんのほんとに信じられない。人が怒ってる最中にいきなり赤くならないでよ。泣きそうになってんのか興奮してんのか知らないけどもっと言葉に集中して聞いてよほんま腹立つ。ねぇ泣きそうなのうわダッサ。でもそっかタテワキくんずっとこの部室で一人だったもんね今日もわたしが居なかったら一人で寂しかったかもしれないね。うんうんずっと一人でいたの怖かったねえ。もしかしたら泣いてたかもしれないねえ。わたしがいなくなって寂しいねえ。そうやって涙目になったら許してもらえると思ってるならほんとに最悪だよタテワキくん。底辺の極みだよ。根性見せてよ童貞根性。悲しむより考えるほうが先じゃないかなまぁタテワキくんには無理だろうけど。はぁ~あほんとに見てて腹が立ってくるよほんとに腹立つ。なんで心配してあげてたのにわたしを苛立たせるかなあ」
「なんでも奢ります。あの、なんでも食べにいこう」
「はぁ~あ女の子が甘いもの食べれば機嫌なおすって本気で思ってるんだったら最悪だよどんだけ見くびられてるのわたし。そうやってわたしが悪いみたいな空気出すんだ陰湿だねえ」
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