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a2019/11/22 19:342019/11/22 19:34

 エスメラルダは・・・・・・いない。

 カーリンは病室にいる期待はずれの顔ぶれを見て心の中で毒づいた。

 受付で身分を明かして、401号室。ここに入院していることを突き止めた。何故いない? 勘づかれたか?


「誰だ?」

 力のない問いがカーリンの背後にかけられる。

 振り向くと、坊主頭のトレンチコートの男が立っていた。

 カーリンにコピー元のDNAが告げる。

 この男はFBIのマーク=シルベストリ。FBIの心理分析官だったが、過去に誤ったプロファイリングをしてからというもの、ヤケクソ気味に人生を過ごしている。心理分析官としては使い物にならないとの評価を下され、現在は捜査官という立場ながら、不良警官のような暴力的な取り締まりをしている、つまりはクズだ。


「私だよ、マーク」

「私なんてヤツがいたか? SWAT隊に」

「人が悪いぞ、ジェイソンだ。頼まれていた犯罪者は自害した。スラムの部屋のプロパンを使って自爆したんだ」

「それをエスメラルダに報告しに来たのか?」

「まさか、お前を探していたんだ」


 苦しいいいわけだった。口実は何でもいい、マークに接近して首を掻くつもりだった。マークの尋問は始まっていた。あらゆる質問の一つ、一つが素朴ではあるが、SWAT隊長の   の不自然さを炙りだそうとする問いだった。

 カーリンは目の前に立っている男が噂通りの虚仮ではなく、些細な違和感から真実を見抜くやっかいな敵であることを感じ取った。

 質問の使いどころを心得ている。無知な異世界の住人どもを相手にカーリンが行っていた説法だ。

「エスメラルダはここにはいないぞ」

「わかってる、だからお前を探しに来たといったろ」

「はぐれ捜査官の俺に報告しにか?」

 

 これは揺さぶりだ。顔を乗っ取った男のDNAが告げている。

 俺は    。マークとは懇意にしている、はぐれものだが、外法で通常では入手できない情報を持っている。馬鹿とはさみは巧く使うんだ、そう彼の血が告げていた。カーリンは平然を装い、返答した。


「そうだ」






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 あれは   ではない、別人だ。

 エスメラルダという名前はこの病院では使用していない。

 精神科医のチームと、マークの間だけが知る情報で、ここでは「オリーヴ」という名前になっている。

 マークは一つ、二つ、含みのある問いを投げかけ、ごく自然にトラップを伏せておいた。


 だが、顔は彼そのものだった。

 任務から舞いもどった男の中身が違っている、そんな気がした。

     は犯人とグルなのか? だからと言って、取り押さえるわけにもいかない。姿形は   なのだ。馬鹿げた話だとは思うけれども。

 

 常識上の「ありえない」と心理分析官としての勘が告げる「こいつはおかしい」とのせめぎ合いがマークの頭を支配する。何に従うかは決まっている。


 マークは病室を出た。

 FBI内で信用出来る人間は少ない。

 この件でも俺はのけ者にされているのかもしれないと思う。


「ジェイコブ、悪いがスマートフォンの解析を急いでくれないか」

「急いでるよ。何かあったか?」

「今は話が整理できない、後で話そうと思う。例の娘、俺が預かる事にした」

「・・・・・・まさかとは思うが」

「そのまさかは違うと言っておく」

 マークは苛立ちを押さえながら受話器に向かって神妙に話した。

 ジェイコブはその様子をかぎ取ったらしく、冗談は口にせず、要求を聞いてくれた。気心のしれた仲間には言葉は最小で済む事に感謝した。

「彼女の世話はシルヴィアに任せる。エスメラルダの感情をさかなでる事はないはずだ。問題は、護衛だ。警官に事件の内容を秘して、何人か俺の護衛につけられないか?」

「待て! 護衛だと。何かあったんだな」

「後で話す。あの娘、何かある」

「精神病棟入りするのだと聞いていたが」

「それは俺が却下した。新興宗教か何かにいて常識を曲げられている可能性があるが、精神に異常は見られなかった。本当のところは娘につきっきりで探ろうと思う」

「・・・・・・どうすりゃいい」

「上層部には単なる誘拐事件で違法移民の娘を保護したと報告してくれ。精神科医のチームには捜査が進展しだい、俺から全てを報告するとは言ってある。これから、身を隠して単独で動く」

「冗談言うつもりはないけど、お前にしては過保護じゃないか? 仲間もシャットアウトして。本気で子供に惚れたんじゃないだろうな?」

「芸術療法を試しながら話を聞いた。俺の娘の事を知っていた、車椅子の特徴もかなり似通っている」


 ジェイコブは黙り込んだ。マークは畳みかけるように言葉をつなぐ。


「これは俺にとって20年前の事件に近づけるチャンスかもしれない」



「解析情報は俺の端末にまず、送ってくれ。お前しか信用できる人間はいない」

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