物語1

 ハーメルンの笛吹き男がベース

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 エスメラルダは初めて見るものばかりの、観光先サンエスペランサである一区画だけ、とても懐かしい感じがした。

「止めて!!」

 車が急停止するとシートベルトが彼女の胸を圧迫した。せき込みながらドアを開け、気づいたら外を駆け出していた。

 マークやジェイコブが背後で何かを叫んでいる。

 聞こえなかった。石畳の通り、左右に少し見すぼらしい長屋が連なり、それらが日を隠した、表通りとは違った陰気な街の表情。陰鬱な表情の女性が窓を開けて洗濯物を干している。

 初めて訪れた場所なのに、覚えがある。過去からの声が映像を浮かび上がらせるイメージが丁度、今いる景色に近いと思った。

 彼女の頭の中で、故郷の語りべの声が響き渡る。



 希望の街は静かに死んでいく。

 子供が一人、また一人といなくなる。

 失った子供の親は泣き叫び、犯罪に巻き込まれた事を訴えるが

 誰も耳を貸さなかった。

 そして、また一人いなくなる。

 街は死を受け入れ、ただ死ぬのを待っているように思えた。

 


 人食いピエロが徘徊している 下水に大きなワニがたくさんいて、子供を飲み込むから下水に近づくな。幽霊がのり移り、朝を迎えると灰になって消える。悪のガンマンが、子供を取り締まるために街を警戒している。深夜の路上でサンドウィッチを売っている屋台がある、彼は子供の肉を売っている。だから、あの子が消えたんだ。


 子供が毎日、姿を消すのに街は静かなものだった。

 大人は平然としているが、子供には確かにそれらが見えていて、立ちどころに噂になった。邪悪な連中は子供にしか見えない。

 だから、大人は騒がないのだ。街の偉い人も知らない。知っていたら、大騒ぎになっている。

 父は「そんなものはいない」と笑う

 母は「夜に外に出なければ大丈夫」とベッドに戻るように言う。


 目が覚めたら、今日も友達がいなくなる。

 ピエロが風船で誘っている。ワニが水の中で暴れる音がする。深夜に銃声が鳴り響き、焼けた血の匂いが混じった風が希望の街を吹き抜ける。腐臭がする、血のしたたるサンドウィッチ。


 子供たちは街を呪い、他人が知りえない恐怖の中で怯えていた。

 子供たちは街をネズミの害から救った、緑色の瞳の少女が再び現れる事を望んだ。

 そして、彼女はやってきた。


「はい、今日はここまで。続きはまた明日」

 

 語りべが話を切ると、子供達はぶーぶーと文句を言い始めた。

 何度も聞いた話なのに、と思うが、彼らの気持ちがわかる。

 語りべの姿形は金髪灼眼の女性だが、物語の登場人物へと変貌したようで、当事者が語っているように思える。


 エスメラルダは常人の数倍の声量と、その変化のウネリに身を任せ

 彼女が語る物語の中へ沈んでいく感覚が好きだった。


「だった」


 エスメラルダは、サンエスペランサの街の一区画に覚えがあるような気がしたのは、そこに彼女が語る物語を感じたからだ。語りべはサンエスペランサの出来事を語っていた。静かな怒りを込めて。

 エスメラルダは物語の中に生きているようで、不思議な感じがした。

 狂人である司教カーリンがどこかにいる、それ以外の何かがこの街に存在するのだろうか?


「おい! 勝手に走り回るなっ!!」


 マークが駆けてきた。


「昔、この町に人を食べるピエロや、地下にワニがいた事はありましたか?」

「知らないな。そんなヤツがここにいたってのか?」

 マークは呆れた顔で、エスメラルダを見ていた。踵を返す彼に

「子供が行方不明になった事件は?」

 と、聞いた。

「俺の娘が誘拐された事は、さっき話したろ」

「他にも誘拐された子供はいませんでしたか? 130人ぐらい……」

 マークの切り立った岩のような背中に亀裂が入ったような、そんな気がした。

 肩が少し震えている。怒りのような、恐怖のような、それはエスメラルダに向いているものでないらしい事は理解できた。返ってきた声は優しかった。

「……知らないな。早く帰ろう」

 今の知らないなは嘘だ。


 この街サンエスペランサには何かがある。

 


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「ピエロに、ワニ、悪い保安官に、肉切包丁を下げた男……しばらく見ない間に街が荒んでしまっているね」

 彼女は言った。

 子供たちは誰にも見えないはずのそれが見えている、彼女に助けを求めた。

「大丈夫。安心な場所へ連れて行ってあげる、ついてきて」












 ついに緑色の瞳の少女は帰って来なかった。

 街を出る事ができない。ネズミがたくさん、うねりを上げて外壁の外で波のようにうごめいている。

 子供たちは、希望の街に現れた邪悪な狂人達の故郷に連れて来られたのだと悟る。

子供たちになり代わって希望の街に住むために狂人は子供を襲い、少女は嘘をつき

心の隙をついて子供たちを地獄へ誘い込んだ。

 悲しみに沈んだが、そこで終わる彼らではなかった。

 魔女(少女)の呪いがかかった街を抜け出すために、彼女を倒し、地獄を抜け出す。そのためにはまずネズミをどうにかしなくては。


 日に日に、ネズミの餌食になる子供たち。

 それでも戦う事を諦めない彼らの前に、青い目をした男がやってきた。

 神の槍で、ネズミの海を貫くと、その一帯に大地が見えた。

 彼は知恵を子供たちに授け、生き抜く術を身に着けるように説いた。

 弓と矢、石を削って斧を作る方法を教えたり、ネズミを葬る毒の作り方も教えた。

 青い目の使者と、その仲間達の助言と援助でネズミの脅威を退ける事ができた……。

(※まだ、続きはある)

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(シルヴィアが恐れているものは、ひょっとして)

 

 この物語にはネズミや狂人に食われた犠牲者が登場する。

 だが、『生き残って生還していた』のだとすれば。


 

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