一緒に過ごした最後の手助け
ふじうり
一緒に過ごした最後の手助け
『あなたは今日からユナね。よろしく!』
この言葉は、奏かなでちゃんに付けてもらった時の記憶。
「早くどっちか決めなさい!」
「……」
怒鳴り声と机を叩く音でリビングにいた僕は起きた。
またなのだ。僕は奏ちゃんが、三歳の頃にペットとして飼われた。名前はユメ。種族はマンチカンで、手足などが短く、その分毛はモフモフして小柄という猫だ。
飼われてから十二年間、僕は奏ちゃんとともに時を過ごしてきた。だから思考はそれなりにわかっているつもりだ。
そして奏ちゃんは高校生になって、進路という分かれ道に頭を悩ませていた。
「私は!……もういい!」
奏ちゃんはリビングを出ていった。
「あなたがしたい事を言えばいいのに、何で言わないのかしら?ねぇユメ」
僕に話題を振られたようだ。でも会話ができるわけないので、首を傾げて誤魔化した。
(奏ちゃん……助けないと)
そう思って、リビングを出て奏ちゃんの部屋に入った。
「どうしたの?ユメ。寂しいのですか〜?」
(君が心配だよ)
奏ちゃんは勉強机に座って、何かの参考資料を読んでいた。
僕に気づくと近付いてきて、顎や背中を撫でるように触った。
「本当はね。北海道大学っていうところに行きたいんだ。そこで、獣医師のための勉強をしたいって思ってる」
ある程度触ると奏ちゃんは僕の背中に手を置き、母には話せなかった事を淡々と話してきた。
「私ね。ユメがアレルギーで入院してた時に苦しむユメを見てるだけで、なんの手助けもできなかった。だから、次がないように専門の知識を取り入れたいと思ったの。それに苦しんでいる動物達を救って、他の飼い主さん達に同じ思いをして欲しくないんだ」
(僕のためでもあったんだね。ありがとう。そのまま自分の気持ちを伝えたら、きっと理解してくれるよ) 「でも言いたいけど、伝えようとすると反対されそうで……どうしたらいいと思う?ユメ」
「ニャ〜」
「ユメが鳴くなんて珍しいね」
あれから二日が経った。
僕は奏ちゃんに何かできることは無いかと考えて、一つの考えが浮かんだ。
パンを食べる。
麦アレルギーである僕は、奏ちゃんがいっていた通り一度入院した。奏ちゃんが自分の知識を披露して、話しやすい状況を作るためには僕が頑張らないと。
時刻は三時、両親は仕事でいつも夜に帰ってくるから問題はない。奏ちゃんも部活があるから帰ってくるのは、五時くらいになるだろう。
幸いなことに台所には、奏ちゃんが朝に食べなかったパンが皿に乗っている。今から食べると丁度いい時間帯に反応が出る。
(……やっぱり食べれない!)
台所にうまく登れたものの、パンが乗っている皿に近づこうとする。けど、一度苦しみを知っているから同じ体験をするとなると、拒絶反応が出て足が動いてくれない。
(でも奏ちゃんの為には……)
僕は言い聞かせた。そして、パンを銜えようとした。
「何してるの!?ユメ!」
「ニャー!」
直前に何故か奏ちゃんは帰ってきて、僕を抱き上げて皿から離した。当然奏ちゃんの為に抗ってでも食べようとしたけど、人の力には敵わない。
それでも抗い続けると、一粒の涙がポロリと僕の額に落ちた。
「私の為だからって自分を犠牲にしないで」
その言葉を聞いて僕は抗うのをやめた。
(でも僕が押してあげないと奏ちゃんは前に踏み出そうとしない)
「ユメは優しすぎるよ。この十二年間助けてもらいっぱなしだったけど、今回からはもう大丈夫だよ。一人でも前に進めるって見せてあげる」
思いは通じている。奏ちゃんが成長していくのは嬉しい。けど、寂しくもあった。
「それよりも〜勝手なことをしようとした罰を与えないとね〜」
奏ちゃんは涙を拭き、僕を思う存分撫で回した後に自室に戻っていった。
その後、僕は疲れ果ててしまい寝た。
「ユメ。ありがとね」
次の日になりエサ場で待っていると奏ちゃんが小声でお礼を言ってくれた。
どうやら成功したようだ。
(おめでとう。奏ちゃん。これからも僕の分も頑張ってね。……最後まで頼ってくれて嬉しかったよ)
終
一緒に過ごした最後の手助け ふじうり @huziuri214
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