万年筆
つぐお
第1話
ペンを握っていると、ふとした疑問が頭をよぎった。鋭利なペン先のように、自分の人生も尖っていないといけないのではないか、と。
課題に追われながらなんとか普通に追いつこうとしている中で、そういった矛盾が頭を満たしてしまい、集中が切れてしまった。
何か尖っていないと、普通の土俵に上がったときに才能に飲み込まれてしまう。
そこでは純粋な力の差がものさしとなり、暴力的に私の矮小さを露わにする。
そこにだけは絶対に行きたくない。それならば井の中の蛙のままで生きていたい。小さな村でひっそりと、村一番の何かを自慢できる存在でいたい。でも私が生きているのは、外がいつでも見えてしまう便利な世界の中だった。
そんな答えの出ないことを考え込んでしまい、気がつくと一時間あまり時間が経っていた。
このままじゃ何もできない。提出日が目の前に迫っている課題も終わる気がしなかった。
負のループをなんとか断ち切ろうと、顔を洗いに洗面台へと向かった。真冬の水道水の冷たさは流石に私の目を覚ました。さっきまでの押し問答に対する情熱は冷やされたが、冷えた感情で鏡越しに見た私はやはり平凡以下だった。それは、なんとかして普通を目指しているんだな、と強く自身を目差していた。
ふと、大学入学祝いに祖父からもらった万年筆が頭に浮かんだ。貰った当時は嬉しくてたまらず、机の上の目に入る場所にいつでも転がっていたが、日が経つにつれて特に書くことも無いことに気がつき、机の引き出しの奥底に寝かせることにしたのだった。
デスクに戻り、早速引き出しを漁ってみた。予想通りそこに万年筆はいたが、思ったよりも手前にいた。勢いよく引き出しを引いたせいか、万年筆よりも奥の方で何かがカラカラと虚しく音を立てていた。何の音だろうか、と少し気になって奥を覗き込んだが、音の主は不在だったのでそれ以上探すのは諦めることにした。
久方ぶりに手に取った万年筆は、相変わらず程よい重さだった。
特に書くこともなかったが、生存確認でもしようかと思いコピー用紙を一枚取り出し、
万年筆のキャップを取り外して、用紙の上で手を止めた。もう頭の中には何も無かった。
鋭利なペン先からボトリと黒い雫が滴り、真っ白な紙に黒い点がジワジワと大きく広がっていった。その染み行く様子から目を離すことが出来ず、万年筆を宙に浮かせたまま時がしばらく止まっていた。黒点が広がりを一切やめたころ、ふと我に返りノートに文字を書こうとした。ペン先は乾いてしまっていた。
万年筆 つぐお @tsug_o
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