夏の終わり
富田 うさぎ
夏の終わり
幾度も自殺を試みた母親は
ある日ようやく意識がなくなった。
人工呼吸器に繋がれて
まるで機械の一部かのような息をした。
目を瞑ったまま
開けることはない。
頭元に置かれたモニターに
一定の波が
無機質な音を立てて
流れてる。
「ごめんね、お母さんおかしいよね。」
そう言いながら何度も何度も
同じことを繰り返す。
遂にそんなお母さんの思い通りになった。
「何度も自殺を繰り返してきた妻です。
出来るだけ自然な形で看取りたいです。」
父がそう医師に伝えたのは
運ばれてすぐだった。
病院のベッドに寝ている母を
猫が日なたで昼寝をしている風景みたいに
虚無感と安堵の気持ちを巡らせている
父と私と弟が見つめていた。
生暖かな夏の終わりだった。
後日、足の悪い祖母が田舎から
額に汗を垂らしながら病院にやって来た。
その日から全てが変わった。
「私の大事な娘なんです。出来ることは
全てして下さい。お願いします。」
説明をする医師の話を遮る勢いで
強く言い放った。
その日から母のカラダには
沢山の薬が投与された。
意識が戻る見込みはない
誰もがそうわかっていた。
そんな私たちをよそ目に
思いがけないプレゼントを
もらったかのような
そんな光らせた目で母に話しかける祖母
自分が冷たい人間なのか
何度もそう思った。
緑の葉が色を変えようとそわそわしている
そんな時期だった。
最後の自殺から4週間が経った。
母の兄弟や姪、
他の親戚たちに囲まれながら
母の心臓は力尽きた。
私は仕事で間に合わず
急いで駆けつけた頃には母は
青い浴衣に変わっていた。
母のカラダに効きもしなかった
薬のおかげか
日頃ほとんど食欲のなかった母の顔は
4週間前よりも艶が出ていた。
いつも通り瞼を閉じて
ただ眠っているだけのように見える母が
本当に死んだのか。
もう本当にお別れなんだ。
そう思った途端
母との思い出が蘇った。
私は子供の頃から
家族で過ごす夏が大好きだった。
日差しの強い空の下
部屋の電気もつけず、外の光だけを頼りに
夕方までだらだら過ごした。
リビングに集まる私たちに
母は果物をたくさん切ってくれた。
少し皮が残った
母の剥いた梨が大好きだった。
病室の蛍光灯の青じろい光が
母の頬を照らしていた。
窓辺に張り付いた黄色く色づいた葉が
風が吹くと同時に
薄暗い何処かへと飛んで行った。
夏の終わり 富田 うさぎ @tomochansan
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