第2話 エトセトラのポールダンスで精神力を消費する

「おはようございます、旦那様。無事に意識を取り戻されて安堵いたしました」

「おはようございます、ご主人さま。……こ、このたびの、ごおーん、一生忘れません」


 メイドの作法にのっとり。


 うやうやしく頭を下げ、早朝の挨拶あいさつをした。

 

 彼女のちを考えれば、自然な行為だけれど。


 どうにも、挨拶あいさつとしては、硬い表現だな。


 一方、妹さんの謝意に関して言えば。


 背伸びをして難しい言葉を使っている所が、純粋に可愛いと思った。


 ごおんと言う発音を録音して、リピートしたいくらいに。


「はい、おはようございます」

『ハロー。昨夜は凄くワタシタチ、モエアガッタヨネー』


 そして、俺に憑りついてるエトセトラからも。


 熱烈な愛の挨拶あいさつを。


 内容が下品すぎて聞き流すのが賢明。


 あえて、返事はしない。


「その、自己紹介もまだしてないな。俺はソージと言います。異国からこの地に来たばっかりです」


 昨日は互いの名前を確認する余裕が無かった。


 いつまでも、メイド呼ばわりをするのも失礼に当たると。


 やっと、まともな社交辞令を言えた。


「失礼いたしました、旦那様。ハーフエルフのリナと申します。こちらは妹のカナ。辺境の村から仕事を求めてこの街に」

「街についてね、急にお腹が痛くなっちゃって。じゃない、痛くなりましたです」


 異世界から来たばかりの俺には。


 エルフとハーフエルフ差違さいが分からない。


 リナさんとカナさん。


 情報としては、それだけ認識していれば問題無し。


「医者に見せようとしたのですが、恥ずかしながら持ち合わせが無かったもので、その、あのような事を……」


 今時分になってみずからの痴態ちたいを思い出したのだろう。


 リナさんは、目線をそらしつつ、言いよどんだ。


「まあ、大体の事情はそれなりに。そうだ、この魔石、価値分かるかな?」


 そんなリナさんの様子を観察するのも心苦しい。


 やや唐突に話題をこの魔石にらした。


 別に魔石の価値が分からなくても、構わない。


 こんな方法でしか、彼女をフォローする事が出来ない自分は。


 やはり、コミュニケーション能力が未熟なのだろう。


「純度が高い魔石。それも複数。……小さな村が買えてしまう程ですね」


 意外にもリナさんは、この魔石の価値を知っていた。


 ただ、その価値を知った時には。


 思わず魔石を床にぶちまけそうになった。


 イノセントの金銭感覚、彼女を責めるのは筋違いだけど。


 想像以上の魔石の価値。


「そ、そう。ありがと。この魔石は貨幣と交換できる?」

「魔石を貨幣に交換する場所がありますわ。よろしけれは、ご案内いたします」


 平静をよそいつつ、質問する。


 いつまでも魔石の状態で所有するのは危険だ。


 いっその事、貨幣に交換した方が、何かと安全だろう。


「それから、朝食を食べられる所も。お腹すいちゃって」

「かしこまりました。旦那様」

「ご、ご案内いたします、ご主人さま」






「パンとスープとお肉にミルク。質素だけどそれが良い、いただきます」


 無事に魔石を金貨ならびに銀貨、銅貨に交換してもらった。


 しかしながら、魔石はまだまだある。


 当分は、金銭的に困る事はなさそうだ。


 そして、朝食には街の酒場? みたいな所に案内された。


 夜は酒メインで、昼間は普通に定食屋みたいな所なのか。


 朝のにぎわいの時間帯なのだろう。


 人々が朝食にありついている。


「旦那様? こちらの分は一体?」


 不思議そうなまざなしで。


 首を横に傾けるリナさん。


 ようやく、彼女の可愛らしい仕草を見られて。


 なぜだか安心した。


「リナさんと、カナさんの朝食だけど? もう、朝食済ませてた?」

「わ、わたしたちの朝食!? ご主人さま、ほんとですか!?」


 カナさんの目が輝いて見える。


 そんなに空腹を我慢していたのだろうか?


「旦那様、お心遣いは大変ありがたいと思いますが……その」

「あー、ハーフエルフも野菜だけしか食べないのかな? 野菜が足りないのかな?」

「なんでも食べます、ご主人さま! いただきます!」


 こういう時のカナさんの素直さに助けられる。


 小動物を愛でるように。


 彼女の頭を無意識にでてしまった。


「えへへへ! ご主人様に撫でられちゃった! ひゃうう!」

「貴女という人は……」


 姉のリナさんは朝食をごちそうになるのが心苦しいらしい。


 あきれた表情でカナさんを見つめ。


 また、困惑の表情も。


「街を案内してくれた報酬みたいなものだから。気にせずどうぞ」

「……では、頂戴いたします」

『わらわの分は? ねえ、ねえ』

「姉さま、久しぶりのごちそうです! えへへへ!」

「こ、こら、静かになさい。みっともにゃい!」


 リナさんがカナさんの粗相そそうを注意するはずが。


 自身の発言が文字通り。


 みっともない事になった。


「……ご容赦して下さい、だ、旦那……さま」


 恥ずかしさのあまり、消え入るように呟きつつ、上目遣い。


 またもや、脈が乱れてしまう。


「さ、さあ食べようかな。ミルクも飲もう」

『酒場での突然のポールダンス』

「がはっつ!? げほっ、げほっ。ミルクが気管に!?」


 エトセトラが踊り子の姿でポールダンスをし始めた。


 場違いな感じがはなはだしい。


 思わず、ミルクを吐き出す所だったよ!?


「旦那様!? まだ体調が!?」

「ご主人さま!?」

「だ、大丈夫。ちょっと、勢い良く飲んだからかな?」

『どうじゃ? わらわのポールダンスは? そそられたか?』


 朝っぱらからポールダンスするなよ!


 あくまでダンスの一種だからな。


 最近では運動の為に習う人もいるらしい。エクササイズ。


『日本人にはなじみが無かったか。ぺっ、チップもケチるチェリー野郎が』


 なんで、お前、海外基準なの!? 


 海外ドラマ好きなの!?


 しかも、ディスりやがった!?


 ……お前の朝食か? 実体が無いんだから我慢しろ。


『感覚を共有しておるから。お主が食べれば味覚も満腹感も伝わる。しいて言えば、よく噛んでじっくり味わって欲しいのじゃ。処女の体を味わうように』

「ごほっ、ごほっ」

「ご主人さま?失礼します。体温は……平熱です」


 カナさんが額で熱を測ってくれた。


 大胆な行動に熱が出そうな感じであるが。


 ひんやりと冷たい。


「心配してくれてありがとう。むぎゅーとハグしちゃう!」

「きゃん!? ご、ご主人さま!? その……はい。どうぞ」


 現実世界で女性に抱きつくのは犯罪である。


 が、カナさんの魅力の前に、規則だとか倫理は無意味。


 謎の論理で行動を正当化する始末さ。


「だ、旦那様、わたくしも体調の確認をいたしますわ。念の為に」


 リナさんの方が心身に負担をかけていないか心配だな。


 それにしても、首筋がセクシー。


 【スキル発動 親愛なる人へのキス 体力回復 少。リラックス効果 小。キスした者に効果発動】


「あん!? だ、旦那様!? そのような所に!? 旦那様が、け、けがれてしまいます!?」

「リナさんにけがれなんてないよ。どう? スキルを使ってリラックス効果があればいいのだけど。効果あったかな?」


 リナさんの首筋に軽くキス。


 エルフ特有の長い耳がピクピク震えている。


 ……調子に乗り過ぎた。


 自己嫌悪の感情が。引かれちゃったかな?


『精神力を消費した影響で、マイナス思考になったか』

「体が軽く、気分も落ち着いてきましたわ。 わたくしの為にお力を使用させてしまって、申し訳……」

「リナさん、気に病まないで。勝手に俺がやったことだから、怒っても良いんだよ? 優しいリナさんに甘えさせてもらって、ありがとう。むぎゅー」


 精一杯の感謝のむぎゅー。


 リナさん、ありがとう。


「……心からの親愛を旦那様に。……あの、その、スープが冷めてしまいますので!?」

「姉さま挙動不審です。ふふふっ。初めて見せます。そんな表情」

「よ、余計な事を旦那様に吹き込まない!」


 和気あいあいと朝食を囲んでいたのだった。


 ……この時までは。



 

 

 

 


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