第7話 (休題)とあるフォーラムでの質疑応答から抜粋(寛治)

三田にある有名な私立大学でのフォーラム。

寛治は数寄屋に来る前に、講演をする様に頼まれて一時間半ばかり話した後、少し休憩を挟んで、また約一時間ばかりの質疑応答の時間を持った。

数人から現在のアメリカの内政についての質問が出て、それに答えた後、どこか別の大学で教授をしているという、寛治よりも歳上…そう、だいたい神谷と同い年くらいの人から質問を受けた。


「…とまぁ、日本政府というのは今に始まった訳では無いですけど、腑抜けにもほどがありますよね?首相、政治家、そして外交官…これらの状態を、アメリカに住む佐藤さん(寛治の事)から見て、どういった感想を持たれているのか、是非開かせて頂きたいです」

それを聞いた寛治は、見るからにイラついて見せつつ答えた。

「僕はー…日本で保守と自称している人達が大っ嫌いで、…あ、いや、神谷先生は違いますよ?神谷先生は、このフォーラムの最初の方で紹介しました様に、本当に僕と仲良くして下さって、僕の方でも駒場の学生の時から尊敬を申し上げていたので、今こうして仲良くしているのが未だに不思議な感じなんですけれど…っていや、何が言いたいかっていいますと、神谷さんは僕から見ると”リアリスト”なんですよ。国際政治学の中で僕が所属しているのは、十九世紀以来の、数カ国の間でパワーバランスを保ち勢力均衡するのがノーマルな状態だと考える”リアリストスクール”という学派なんですけれども、神谷さんもこっちなんですよ。まぁ、神谷さんはご自分を保守だと仰ってますから、僕なんかが否定するなんて事は出来ませんので、そうなんだと受け入れている訳ですけど、そうなると、まるっきりタイプが違うのに自分を保守だと名乗る人が多過ぎるんですよねぇー…ってまた逸れちゃった。何が言いたいかといいますと、日本の月刊誌の外交欄や政治欄とかを読むと胸がムカムカしてイライラしてくるので読まないことにしているんですね。日本の自称保守派というのは、南京問題とか慰安婦問題とか、首相が靖国に行くかどうかになると頭がカーッとなるでしょ?そんな瑣末な事をしている間にも世界情勢は刻一刻と動いている訳ですよね?でね…本当に頭が痛くなるけれども、イラク戦争の時、彼らはアメリカの”ネオコン”に賛成したでしょ?ネオコンみたいなバカな連中に賛成しときながら、保守マスコミ人は中国とか韓国、朝鮮人に対しては威勢が良いんだけれど、アメリカに何か言われると、ピューっと何処かに逃げちゃうのね?『…何だこいつら?』と。アメリカが例えば今世紀に入ってやった侵略戦争に対しておかしいと言わなかったじゃないですか。日本でアレに対してオカシイと論陣を張っていたのは、僕が知る限り神谷先生と、その周りのお弟子さん含む関係者の極一部だけだったんですよ。とにかくもう…日本の自称保守は全然ダメですね!故人なら名前を言っても良いだろうと…まぁこのフォーラムは、大学のホームページでしか見れないらしいから、生きてる人の名前を言っても良いんでしょうけど、岡崎久彦だとか、渡部昇一だとか勘弁してくれって感じでね、全然考えてないよねあの連中ね!もうねー…いや勿論首相含む政治家のレベル、外交官を含む外務省も酷いけれど、言論の自由が許されているはずの言論人がこの低レベルな訳ですよ。アレで知識人と言えるのかと。んー…七十年代に僕がまだ日本で大学生をやってた頃は、田中美知太郎とか、小林秀雄とか、福田恆存なんかがいて、とても立派な事を書いたりして論陣を張っていたんですよ。でその後僕は八十年代はアメリカに行ってまして、その十年間は日本の書籍や雑誌を一切読まなかったんですよ。で、それがあるきっかけで神谷先生と付き合う様になりまして、それをきっかけに九十年代に入って日本の保守雑誌を読み始めたんですよ。そしたらもう…繰り返しますけれどヒドイのね!?もうね、バカみたいなことばかり書いている訳でしょ?彼らにとっては左翼の悪口を言ったり、中国人や朝鮮人の悪口を言っていればそれで済むんですよ。そういうもう…大衆に受けそうなゴミみたいな事を書いて人気稼ぎをしている訳ですよ!それによってますます保守論壇の知的レベルが、どんどん落ちていく訳ね?…ちょっと自己宣伝になってしまうかも知れませんけど、僕も寄稿している神谷先生が顧問の雑誌”オーソドックス”は違いますよ?」

「ははは」

「だからもう平和主義でお花畑の左翼がバカなのは分かってますけれども、だからといっていわゆる保守陣営の知的レベルの貧困化は…本当にヒドイですよ!」



もう一人、最後の質問者の男性だ。

「先ほど先生はネオコンの事を話されました。前のお話の中でも、ネオコンのバックにはウォール街がいて、それらが色々と好き勝手やるたびに、アメリカ社会に徐々に歪みを与えてきたという話だったと思います。それはよく分かりました。で、ですね?ついこないだの大統領選挙で、保護主義を訴える人が当選した訳ですけれど、これはもうグローバリズムに疲れたというアメリカ人の本音が現れた結果だと思うんです。それでですね、何が言いたいのかというと、それなりにアメリカでの選挙で、民主主義が働いたのかなと…。でも問題はこの後で、今までの勢力…ネオコンも含めてですね、この新大統領を何とか引き摺り下ろそうという流れが出来ると思います。そうなると、もしそれでこの大統領が辞める様なことになると、そもそも民主主義が機能しなくなっているというので、私はそれをかなり危惧しているのですが…先生はどうお考えでしょう?」

そう問われた寛治は、少し苦笑を浮かべつつゆっくりと口を開いた。「んー…ちょっと根本的な事を言ってしまいますけれど、僕はー…民主主義に対して悲観的なんですね。だからー…僕がアメリカに対して批判的なのは、僕自身が民主主義に対して好意的ではないからだと…。でもだからといって戦前の様に軍国主義や天皇主義に戻せなんて事は思わないんですけれど。あのー…トクヴィルが”democracy in America”を書いて、アレは1835年に出た上巻と、1840年に出た下巻とがあるんですけれど、この二つは全く違う本なんですね。僕は1840年に出した本の方が優れていると思うんですね。でもその本は、1835年に出した本の十分の一しか売れなかったんですよ。で、ところが最初に出した本の方は一年くらいで書き飛ばして、それがベストセラーになったんですけど、下巻の方は五年間試行錯誤して苦労して書き上げたんですけど売れなかったと。それにガッカリしたトクヴィルに、友人だったえっと…そうそうJ.S.ミルが『下巻の方が良いよ。大体ね、昔から良い本というのは売れないんだから』ってね」

「ははは」

「で皆さんご存知の通り、下巻の中でトクヴィルは有名な”the tyranny of the majority””多数者の専制”と、そこまで言ってるわけですよ。要は、少数の意見を聞こうとしないで、ただ多数決で全てを決めていこうとする事。トクヴィルが書いているのは、普段大衆というのは仕事をしたりと忙しくて考える時間がなくて、いくら自分たちで意見を持ちましょうと言われても結局持てずに、多くの意見が集まる方に吸い寄せられていく…その状態を危惧していた訳です。政治が大衆のその時の気分に流されてしまい、物の考え方の自由まで終いには無くなってしまうだろうと、そこまで書いてる訳ですよ。それだけ大衆社会というのは怖いものだと。で、トクヴィルというのは、あのフランス革命とかいう馬鹿騒ぎの後で外務大臣をやった訳ですけど、その当時のフランスですら民主化が進みすぎていて、その国民世論を気にせざるを得なくて、まともな外交が出来なくなっていったんですよ。外交というのは言うまでもなく、数年先どころか、二十年、三十年、いやもっと先のことを考えてするものですけど、大衆なんていうのは、その時その時の気分で動くものですから、世論なんてものなんかに振り回されたら、まともな外交なんか出来ないんですよ。それに民主主義の外交政策というのは、好き嫌いで進んだりするんですよ。『あの国は嫌いだからやっちまえ』だとか、『最近あの国が経済発展して生意気だから、懲らしめてやろう』ってな具合で。だから民主主義と、まともなプロフェッショナルな人らがやる外交政策というのは相性が悪いんですよ。両立しないんだと。もうその事実が、1840年の時点で問題提起されている訳ですね。で、僕はあの冷戦構造を作った大外交官のジョージ・ケナンが大好きで、日記なり何なりまで書籍しているものは、ほとんど全て読んでいるんですけれど、その中身を見てみると、やはりアメリカ人で、そんな政策のトップにいた様な人でも、民主主義についてボロクソに書いているんですね。せっかく色々と将来を見据えた外交の道筋を立てても、世論に誑かされた議員さん達が勝手に進路を変えたりして、その度に自分たちがその尻拭いをして、そしてまた新たに道筋を立てると。でね、んー…だから僕はー…これは言っちゃいけないよと言われているんですけど、まぁこういった場なので敢えて言ってしまうと、僕は本当は民主主義が大嫌いなんですよ。大嫌いなんですけれど、それは言っちゃいけないという建前で普段は何も言わない様にしているんですけど、ズバリ言ってしまえば、民主主義を続ける限り、まともな国家運営は期待出来ませんね。これで終わります」

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