鋼に意志を
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永和重工のボンクラ息子
1話
むかしむかし、あるところに、
だから徳栄少年は、入園式の日に、対戦格闘ロボット『アイアン・アンド・スティール』を、幼稚園のみんなにプレゼントしました。
徳栄少年は思いました。
「これでみんなぼくとあそんでくれる!」
ところが、そうはなりませんでした。
プレゼントしてから少しの間、たしかに徳栄少年は人気者になりました。みんながいっしょに遊んでくれたのです。
けれど、徳栄少年は、ある性格上の問題を抱えていました。
徳栄少年のロボ『ビッグマネー』が、がしゃん、とお友達のロボットを壊します。
「ふはははは! みたか! わがえいわじゅーこーのしきんりょくを! つぎはどいつだ!? どいつがつぶされたいのだ!?」
そうです。永和重工株式会社を母体とする永和グループの御曹司である徳栄少年は、わりと腐れ外道じみたやりかたしか、遊びかたを知らなかったのです。
ひとりぼっちが寂しかったのも、お友達が欲しかったのも本当でした。ですが、みんなに配ったのは永和重工が技術提供している会社の製品で、まだ未実装のプログラムも、未発売の増設パーツも、徳栄少年だけが思うままに扱えたのでした。
徳栄少年は友達のロボットを蹂躙しました。ロボットを壊されて泣いている子には、新しいロボットを買い与えます。そして徳栄少年のロボ『ビッグマネー』で粉砕するのです。
あっという間に、徳栄少年はひとりぼっちに戻りました。
園のみんなが『アイアン・アンド・スティール』で遊んでいます。
でも、誰も徳栄少年とは対戦してくれません。
徳栄少年はみんなと遊びたくてたまりませんでした。永和グループから注がれる資金力にものを言わせて友達のロボットを破壊し尽くし、さらに買い与えて希望をみせ、より深い絶望にくれさせたくてたまりませんでした。
でも、みんなは恐ろしく正確にそれを知っていたので、誰も一緒に遊びません。
徳栄少年は教育係に教え込まれた帝王学にしたがい、誰にも頭をさげようとしませんでした。だから、いつも一人で『ビッグマネー』で遊んでいます。
その日も、徳栄少年は一人で遊んでいました。
幼稚園のお庭のはしっこで、背中でみんなの楽しそうな声を聞いていました。
日が暮れて、みんなの声が聞こえなくなっても、誰かが迎えに来てくれるまで、一人で過ごすしかなかったのです。その小さく丸まっている背中に、一人の女の子が声をかけました。
「ねぇ! わたしと『アイアン・アンド・スティール』でたいせんしようよ!」
きた、と徳栄少年は唇の両端を吊りあげました。『ビッグマネー』の出番です――が。
がしゃん、と『ビッグマネー』のパーツが吹っ飛びました。
目をまん丸くしてうずくまる徳栄少年を、腕組みをした女の子が見下ろします。
「どうだぁ! みたか! わたしの、かいはつきかん三しゅうかんぱんちっ!」
徳栄少年は目に涙をためて壊れた『ビッグマネー』抱きあげました。
「……きさま、なまえは?」
「なのるような名はない! ……こともない! せんば! せんばかなこだ! しきんはなくとも、ぎじゅつりょく! それが、せんばぱわーよ!」
「せんばかなこ……おぼえたぞ。きさまは、きさまだけは、ぜったいに、なかすっ……!」
「やれるもんなら、やってみなぁ!」
有限会社仙波工業の一人娘、
めでたし、めでたし――。
――十三年後、横浜バトルアリーナ。
永和ロボティクスが主催する第三回『
その二階席最前列に、スーツ姿の眼鏡をかけた女性と作業服の男が並び立っていた。永和ロボティクス社長秘書・
充満する鉄と鋼と油の匂いに、緋登美は呆然としていた。
飛び散る火花と鉄鋼の破片に、佐伯は感涙していた。
ふたりの視線は、巨大なポリカーボネイトの壁がつくる半透明の檻、その中で対峙する二体の人型ロボット――ゴーレムに注がれていた。
黄金色に輝く流線型のボディをもつ初代『I&S:REAL』王者『ビッグマネー』と、
前大会優勝者でもある、黒鉄の、武骨極まる『仙波マンパワー』の二体である。
闘場のすぐ外で、ビッグマネーの操縦者たる永和ロボティクス現社長・永見川徳栄がゴーレムに命令文を届けるボイスオーダーマイクを通じ、咆哮する。
「いまだぁぁぁぁぁぁぁ! 食らえ! 六億五千万円パァァァァァァァァァンチ!!」
徳栄のボイスオーダーにこたえて、金色のビッグマネーが前傾する。全高九.九メートルというレギュレーションいっぱいの巨体が、仙波マンパワーの拳を掻い潜る。と同時に、踏み出された左足が、こちらもまたレギュレーションの限界寸前となる総重量二九.九トンの躰を支える。
ビッグマネーの双眸が紫電の尾を引き、右腕が爆発的速度で加速する。動作プログラム外注費、右腕の材料費、ならびに人件費の込められた拳――永和ロボティクス社内において社長の徳栄ただ一人だけが誇るビッグマネーの、総額六億五千万円を投入したダッキングからの右ストレートパンチが、仙波マンパワーに猛然と伸びる。
徳栄の対角線上にいる青色の作業服に身を包んだ短髪の少女は、それを予期していたかのように叫んだ。
「左腕パージガードォォォォォ!」
仙波マンパワーが、ビッグマネーの右ストレートに合わせて、左腕を突きだす。黄金の拳と鉄の腕がぶつかった。
同時、耳をつんざくような爆音が轟く。打撃を受け止めた仙波マンパワーの左肩関節部が爆裂したのだ。左腕は原形を保ったまま後方へ吹き飛び、闘場を囲う半透明の壁に叩きつけられた。
鳴り響く打音に大気が震えた。その衝撃に、横浜バトルアリーナの観衆がどよめいた。
戦いの熱に浮かされているのだろうか、徳栄が猛然と吼え立てる。
「フハハハハハ!! 勝機は我にあり! 甘いぞ仙波加奈子ぉぉぉぉ!!!」
「それはこっちのセリフだ! 徳栄ぅ!!!」
仙波工業ロボット開発部部長にして仙波工業創業者の孫娘、仙波加奈子が右拳を握る。
「二万!! 八千!! マンアワー(人時)パァァァァァァァァンチ!!!」
仙波マンパワーの、四角く、太く、ほぼ無塗装による鈍色の、一見すれば素材そのままにもみえる両脚が、乱れた重心を速やかに修正していく。
そして、拳を突き上げるように放った。
全高十メートル総重量三十トンを上限と定める『I&S:REAL』では、総重量二十五トン強しかない仙波マンパワーが力勝負を仕掛けても勝ち目はない。そこで加奈子率いる仙波工業は、防御とみせかけて腕をパージし、相手を引き込んだのだ。
すなわち、相対速度を稼ぎだすことで、衝突エネルギーを確保したのである。
仙波工業ロボット開発部に所属する部員九名と加奈子が、日に二〇時間近くを投じること半年、ようやくにして辿り着いた血と汗と涙の必殺カウンターだった。
仙波マンパワーのカウンターが立てる爆音は、大歓声を呼んだ。
若手の提案を迷うことなく採用した加奈子の英断に、佐伯が咽び泣いていた。
仙波マンパワーの拳が、前傾していたビッグマネーの、黄金に輝く胸部装甲を歪ませていく
――が、しかし。
「
拳を打ち込んだはずの仙波マンパワーが、床を削りながら後退している。不快な擦過音と飛び散る火花に会場がどよめく。対角線上、徳栄が凶暴な笑みを浮かべていた。
打ち込まれたはずのビッグマネーのボディは歪んでいるが、動作に問題はないらしい。速やかに姿勢を回復していく。
「ふははははは! だから甘いと言ったのだ仙波加奈子ぉ!!! これぞ、わが永和ロボティクスが特許買収した新装甲ぅ! 二十七億八千六百万ボディぃぃぃ、だ!!」
調子づいた徳栄は、吼えつつ、自らの拳までも突き出した。
「六億五千万! プラス!! 四億円ローラーダッシュパァァァァァァンチ!!!」
飛ばした命令にしたがいビッグマネーの脹脛部が開放、ローラーが展開した。接地した瞬間から硬質ゴムタイヤが回転、自動制御によりホイールスピンする寸前で床を食む。
耳障りなスキール音を立てながら、ビッグマネーの巨体が滑るように前進を始めた。
ビッグマネーが、再び右腕を引き絞る。
「――ッチィ! お嬢! 六億五千万円パンチが来ますよ!!」
両ゴーレムの交錯を前に、観客席の佐伯が親指の爪を噛んだ。隣で緋登美が呆れ果てたとばかりに顎を落とす。プルプルと首を振り、もうしわけなさそうに言った。
「佐伯さん……また、ご迷惑をおかけします……」
社を代表する謝罪は、会場の大歓声に飲み込まれていった。
永和ロボティクスの開発したゴーレム、ビッグマネーの、六億五千万円+四億円ローラーダッシュパンチが、仙波工業仙波マンパワーの胸部装甲を貫いた。
見れば、ビッグマネーの五指マニュピレーターには、暗器が握り込まれている。その僅かに飛び出た鋼鉄の突起は、さながら大型化した寸鉄であった。
徳栄の、加奈子を嘲笑する声が、インカムのマイクを通じて会場に響く。
「見たか仙波加奈子! わが永和ロボティクスの調達した! 四千万円パイルだっ!」
「――ッ! それでっ……! それで手首が妙な角度だった!?」
加奈子が両膝から崩れ落ち、握りしめた手を床に叩きつける。
「
「ふはははははは! どうだ仙波加奈子! どうだ仙波工業!」
絶望に歪んだ顔を拝ませろとばかりに徳栄はことさらに胸を張り、両腕を広げる。
「これこそが、わが永和ロボティクスの! 永見川徳栄の、資金力だぁぁぁぁぁぁ!!」
天を穿つが如き哄笑が、永和ロボティクスの勝利を高らかに宣言する。
対して、会場は重苦しいため息に包まれた。
なぜなのか。どういうわけなのか。
会場につめかけていた観客のおよそ八割は、健闘したがしかし敗北者であるはずの仙波工業に、エールを送っていた。
徳栄は顎をしゃくり、うずくまる加奈子に人差し指を突きつける。
「次の仙波マンパワーが完成したとき、また、勝負してやろうではないか! また、いまのように! ぶっっっ潰してくれるわ! また! 泣かせてくれるわぁぁぁぁ!!!」
「……次? だとぉ?」
加奈子は油汚れの残る手袋で、ぐいと目元を拭った。
「次は! 次は私が! この仙波加奈子が! そして仙波重工が!! 自社開発能力もないような詐欺集団にロボット開発がなんたるものか、教えてみせる!!」
熱の籠もった宣言に、一拍、会場が静まり返った。
次の瞬間、食い入るように見つめていた観衆が、一斉に口を開く。
割れんばかりの歓声に混じって、怒号が吹きだす。会場を包む怒気を孕んだ熱気は、徳栄に向けられている。
決戦を見届けた人々の熱い視線が、加奈子に刺さった。
「行け」
と、言っているのだ。
会場の期待にこたえるかのように、加奈子は耳にかけていたオーダーマイクを投げ捨てた。
徳栄はそれを挑発と取った。徳栄もまたマイクを床に叩きつける。
「徳栄ぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
吼えた加奈子が、徳栄の元に疾駆する。
「仙波加奈子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
徳栄もまた猛り狂い、突進する。
敗北に放心していた仙波工業の佐伯が血相を変えた。
「緋登美さん! 私が永見川社長を止めます!」
「お願いします! 私は仙波部長を!」
別会社のはずのふたりは、大慌てで相手の代表を止めに走った。
そして。
つかみ合いの場外乱闘を敢行する徳栄と加奈子の姿が、全世界に向けて公開された。
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