第23話 休み明け、上司の前
FSO開発部改め、解析修正部の自動ドアが開き、やけにツヤツヤした顔色のノブヤ・カトーが入ってきた。
「やあみんな、長らく抜けてすまん。つまらない物だけど差し入れだ。休憩時間にでも食べてくれ」
手土産の菓子箱を、部屋の隅に設置されているドリンクテーブルに置く。振り向いてチームの面々に顔を向け、ノブヤは自分に多数の恨みがましい視線が集まっているのに気がついた。
「……な、何かな? えっと……今回の休暇は半ば強制で、休み中もそれなりに手伝いのメールを送ってたと思うんだけど……」
「ノブ……ゲームの開発やってる連中ってさ、大半が多かれ少なかれゲーム好きでこの業界に入ってきたわけよ」
アイラ・パルミラがジト目のままでノブヤを諭す。
「それでもねぇ、FSO開発に関わったメンバーは、原則としてプライベートタイムにこのゲームをプレイしちゃいけないってルールがあるの。これはFSOに限った話じゃないんだ。ゲーム製作では常識と言っていい。開発情報を持ってるヤツが一般プレーヤーと一緒にゲームしたら、不公平に決まってるでしょう? うっかり漏らしちゃならない情報をもらす事だって考えられるんだし」
「カトー博士、FSO開発セクションは生体認証でセキュリティ対策が組まれています。つまり開発に関わっている人物の生体データは全て登録ずみですから、VRギアを使ってFSOの一般サーバーに接続すればわかるようになっているんですよ」
「え、ええ?! やっちゃいけなかったの? でも、あれ、なんで付属病院の遊戯施設にFSOが入ってるんだよ!」
自分の行動が筒抜けになっていた事の驚愕も含み、思わず弁解口調になるノブヤ。
「職員専用の限定サーバーにつながるようになってたでしょう? ほとんどクローズドの、一人用RPGになっちゃうわけだけど。それをあんたが一般サーバーにつながるように書き換えたから……」
「は?」
「……は?」
◇
場所は変わって会長室。正式な会長室ではないのだが、FSO開発部局の中でウォン会長用にしつらえられた一室である。最近ではパンフィリア本社の会長室より、こちらに入り浸っている時間が長いデービス・ウォンだった。
「……つまり、普通にVRギアを起動してゲームを始めただけなのに、一般サーバーにつながってしまったと?」
「はあ、信じてもらえないかもしれませんが、事実でして」
「別にノブの言い分を信じてないわけじゃないのよ。となれば、ノブの直前にVRゲーム室を使った誰かがそれをやったろうって事で。……『メルクリウス(ゲーム内調査用AI)』の調査だけでは誰がやったかわかりませんでした。恐らく使用記録自体消されてますね。今、シェリーたちを付属病院に向かわせて調べさせています」
卓を挟んでウォンとノブヤ、アイラが向き合っている。ゲーム経験の浅いノブヤが、ちょっとした勘違いでやった逸脱行為だと皆は思っていたのだが、どうもちょっとした逸脱では済まされないらしい。一報を受けたウォンに二人は呼び出され、頭をつき合わせていた。
「ちなみに、メルクリウスが送ってきた使用記録にはバッチリノブの名前が載ってたわ。つまりノブが設定書き換えをやったなら、書き換えの痕跡を消しながらプレイ記録は消さなかったアホという事になる」
「アホ……」
「あなたはアホじゃないから無実ね。うん、論理の示す所」
腕組みしながらうんうんとうなずくアイラ。探偵ごっこが楽しいらしい。
「ふーむ……詳しいことはシェリーくん等の報告待ちか。ではカトーくんのログイン資格について先に済ませよう。率直に言って、ワシはキミのFSO参加を認めようと思う。必要な処置を施した上で、ね」
「……そうなさいますか」
どこか喜色を感じさせるウォンに対し、アイラは軽く眉を寄せている。ノブヤのプレイ自体は大きな問題はないと思う。しかし「自分もプレイしたい」という若いスタッフが出てくることは必至だろう。社内の公正という観点からはいかがなものか。
「まずゲーム慣れしてないから、運営側知識を利用してゲーム内で無双しようなんて事は考えないだろう? さらに、ゲーム期間中に送られてきた修正指示は、正直目覚ましい物があった。『最小限の作業で最大限の効果があがる』と修正班が狂喜していたね。まあ、それが目的みたいになっては、仕事から離れた息抜きとは言えなくなってしまうが……」
「ええ、自分で実際にプレイしてみて、初めてわかった事が多かったです。個別のプログラムを、ゲーム本編という〝文脈〟の中に置いてこそ本当の意味がわかるというか。頭だけで考えていては、どうしても一つの不具合には一つの修正をという個別対応になっていたでしょう」
淡々と答えるノブヤだが、エドワードが残したロック部分の解析だけに取り組んでいた頃に比べると、随分明るい表情だった。自分の仕事がどのように結実するかに明確なイメージが与えられ、陶芸という趣味にも手を染めて、以前より心にゆとりが生まれていた。今さらながら「遊び」というのも侮れないものだと思う。幼い頃には、誰に教えられることもなく知っていたはずなのだが。
「しかしうっかり秘匿情報をしゃべってしまうという懸念はあるからね。次回以降のログインは検閲システムをつけさせてもらうよ。当該情報を口にしたりメールに書いたりすると、その部分を削除する専用ツールだ」
「必要ですよね。しかし会長、問題はノブ一人の話じゃなく……」
「わかっとるよ。そろそろ社員の参加も、同様の措置をした上で順次認めようと思っていた。単純に言って、料理人と作り上げた料理の関係だと思うんだ。自分の作ったものを味見して見ないことには、料理人の経験値にならんだろう」
ほう、もうそこまでやるかという表情のアイラ。そのままウォンと、社員が参加する場合の資格や制限について話し込む。
そこに通信のコールが入ってきた。ホログラム・ディスプレイにアイラの部下の緊張した顔が投影される。
「ハロー、シェリー、首尾はどう?」
「アイラ主任、具体的には何も出ませんでした。VRゲーム室の記録だけ見れば、カトー博士が使うまで数カ月間、誰もFSOをプレイしていません」
「設定書き換えの痕跡はどうだった?」
ノブヤの問いに、少し表情を曇らせ
「当然と言ってはなんですが、書き換えた者の情報は消されていました。それにその……手順に迷ったりトライ・エラーを繰り返したりという痕跡がありませんでしたので、怪しいツールを使って力尽くでというより、正規の管理者権限で遂行されたように思われます」
返された答えに、三人の表情もまた硬くなる。それは末端の作業員ではなく、相応に権限を与えられた責任者の仕業という事だ。
「施設の職員に、開発の主任以上の顔写真を見せながら聞き込みをしてみたのですが、特に怪しい行動を見たとか変な印象を持ったという情報はありませんでした。正直これだけでは絞り込みようもありません。ただ……」
それはそうだ。パンフィリア社の付属病院であり福利更生施設なのだから、そこに顔を出しただけで容疑者扱いできるわけがない。……いや、「ただ」とは?
「……複数の職員が、エドワード・レノックスと施設内で会ったと証言しています。が、しかし、病院・アスレチック・娯楽施設含め、彼の使用記録が見当たりません」
三人の間に、音のない衝撃が走った。
「公正に考えれば、状況証拠でしかありません。ですが……カンで言わせてもらえるなら、非常に怪しいと思います」
「……わかったわ。ありがとう、戻ってシェリー」
「はい、では」
通信は切られ、三人は懸念に満ちた視線を虚空に向ける。
「まだ……エドワードの仕業と断定するのは早いと思うが……」
感情をあえて押し殺し、論理的であろうとするノブヤ。「施設使用記録が残っていないのは、後から消去されたからだ」それは証明するのがほとんど不可能な命題である。
「あたしには、どうにもハマって見えるけどね。何がって、書き換えをやって、それを元に戻しておかなかった事が」
「む? どういう事かな?」
ウォンの反問に、アイラは立ち上がり卓の後ろをウロウロ歩きながら語った。
「自分の使用記録を消せば隠蔽には充分かもしれない。しかし書き換えを元に戻しておけば、そもそも問題自体に私たちが気づくこともなかったはずよ。合理的な推論というより習い性のレベルだと思う。公共物を使った後、戻しておくような習慣。そしてレノックス氏、どうもそういう他者を
彼女の推論、いや、プロファイルと言えるだろうか。ノブヤとウォンをも納得させるものがあった。だがしかし、それならば……
「……それが事実なら、なぜエドワードは一般サーバーにつないでFSOをプレイしたんだ? ヤツはいわゆるゲーマーじゃない。開発に参加した動機は、FSOというゲーム自体ではなく、金かAI開発者としての功名心だと思っていたんだが……」
ノブヤの自問に近い問いに、アイラも答えを持たなかった。
ノブヤはFSOのゲーム世界を思い浮かべた。感覚全てがそなわった〝現実〟を演出してくれる別世界。あそこで自分が陶芸に熱中したように、エドワードもそれ自体が目的となるような〝遊び〟に心を解放したのだろうか? そのイメージは自分が知るエドワード・レノックスに、どうしようもなく「ハマっていない」ように思われた。
ふと、ノブヤの脳裏をケリー・バラキレフの言葉がよぎった。
『そもそも、彼はなぜゲーム製作などに関わったのか……』
彼女は何を語ろうとしていたのだろう。頭が冷えて思い返すと、どうも話の方向はFSOというゲームよりも、エドワード自身だったような気がする……
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