二十八食目 ビターなの? スウィートなの? どっちが好きなの?(後)

 朝から晩まで働いていて、どうして大事にしてもらっていると感じたのか。それが理解出来ないと言わんばかりに、りっちゃんは大きな瞳をクリクリさせながら智里を見上げた。その理由をりっちゃんの頭を撫でながら、智里は話した。


「朝から重労働してるのに、私が起きたら二人で朝ごはんの準備してて、笑顔で「おはよう」て言ってくれたの。「疲れてるんじゃないの?」て言った事もあるよ。でもね、「アンタの方が今、沢山の人と関わって疲れてるでしょ?」て言い返されちゃった。」


 その質問をした時が、丁度中学二年の時だった。過疎化の影響で、一つの中学校に三校の小学校卒業生が入学していたので、一気に周りの状況が変わってしまった。勿論、小学校の時からの友達も居たが、大半は他校の人と仲良くなってグループを作り、疎遠になってしまったりしていた。なんとか周りに合わせて話をしていたが、どことなく話し辛かった。その後から入学した仲が良かった後輩も、自分達の学年で仲良しグループを作っていたので、話しかける事も出来なくなった。


「環境が変わって大変だったけど、「あ、お母さん達は、ちゃんと私の事を見てくれてるんだな。」って思ったの。だからね、りっちゃん。」

「……。」

「お父さんとお母さん、りっちゃんの事をちゃんと見てくれてるよ。それに、このチョコ渡してあげたら、もっともっと大好きになってくれるよ。」

「……うんっ。」


 目に涙をいっぱい貯めながらも、ニッコリ笑ってくれた。弾ける様に飛び散る涙の粒に、智里も笑った。そして、話をしているのに夢中でガナッシュが絞り出せない程固まってしまい、もう一度湯煎しないといけない羽目になるのに気付くまで、もう少し――……。


「――うわぁ、もう日付変わるんですけどぉ……。」

「そうですね。」

「つまり、日付的には十四日になるって事なんだよなぁ……。」

「そうですね。」


 ――一方、樹と鈴井は、二人で夜食を食べ、またパソコンと睨めっこしていた。集中力が切れてしまった鈴井は、椅子を回転させながら、あーあーうーうー唸っている。樹は、そんな鈴井をやんわり受け流しながら、キーボードを叩いていた。すると、メールが一通届いたので業務の事かと思い、すかさずチェックを入れた。


「(あ、智里さんからだ……。えっと、「お仕事遅くまでお疲れ様です。樹さんの郵便受けに、喜んでもらえる様な物を置いておきました。」)」

「「……――帰ってこられたら、開けてみて下さい。」……はぁー、やっぱピンクだねぇ。」

「!? ちょっ、勝手に見ないで下さいよっ!! しかも、音読しないっ!!」


 直ぐ隣なので、ちょっと椅子をずらせば画面に映っている物の内容は見えてしまう。樹はこの時初めて、鈴井が隣の席で、更に今日二人で残業なのを呪った。


「やっぱ彼女ちゃんは、渡してくるよなぁ。ちっ、毎年義理ばっかだったのに、今年は本命アリかよ。」


 何かを悟った鈴井は、椅子を更に回転させながら面白くなさそうに言った。だが、義理やら本命やら何の事を言っているのか分かっていない樹は、疑問符を浮かべるだけだった。そんな様子を見た鈴井は、更に溜め息を吐いた。


「あーもう、お前の仕事、俺に回してさっさと帰るぞ。」

「え、あ、ちょ……。」

「俺はもう出来てんだよ。後は、お前の分だけ。」


 そう言って、ファイルを半分以上掻っ攫うと、テキストを開き素早くタイピングしていった。呆気に取られていた樹であったが、ジト目で鈴井に見られ、焦りながらもキーボードを叩いた。


「――お、終わったぁ……。」


 日付が変わって半時間後、ほぼ同時位に鈴井と樹のキーボードを叩く音が消え、漸くデスクワークから解放された。バックアップを取って置き、データを主任のパソコンへ送信する。凝り固まった身体を伸ばしてからパソコンの電源を切り、コートを羽織る。


「あーっ、疲れた疲れたっ。さっさと帰って寝るべっ。」

「お、お疲れ様でしたっ。後、ありがとうございましたっ。」

「おー、お疲れさん。お前もさっさと帰って、「本命」を受け取って寝ろよー。」


 そう言って、鈴井は樹と反対方向へと歩いていった。結局、「本命」とは何だったのか聞けず仕舞いの樹は、悶々としながら寒空の下、家路に着いた。そして、アパートに着き、智里のメールの通りに郵便受けを開けてみた。そこには、小さな紙袋が一つ置かれていた。それと、ダイレクトメール等を持ち、自室に戻る。そして、灯りと暖房を点け、鞄とコートをベッドに置き、紙袋を机に置いた。


「……これの事、だよな。智里さんが言ってた、「喜びそうな物」……。」


 ドキドキしながら、紙袋と対峙する。チッチッとアナログ時計の針の音が、静かな部屋に響く。樹は深く深呼吸をし、意を決して紙袋に手を掛けた。


「……ちょ、チョコレート?」


 中に入っていた箱を取り出して開けてみると、可愛い動物の顔を模したトリュフとココアパウダーをまぶしたトリュフが三個ずつ入っていた。何でチョコなんだろうと首を傾げていると、樹の携帯が震えた。ビックリして箱を落としそうになってしまったが、なんとか踏み止まれた。ポケットから携帯を取り出し、画面を点けてみると、メールが一件届いていた。こんな時間に誰だろうと勘繰りながらメール画面にしてみたら、智里からだった。慌てて崩していた足を正し、画面を凝視した。智里には珍しく画像のみが添付されていて、そこには、知らない女の子と智里が手を合わせてハートを作っているのが写し出されていた。そして、その写真には一列の英文が貼られていた。


「えっと、「はっぴー、ばれんたいん」……。バレンタイン?」


 ふと、携帯のカレンダーを見てみると、二月十四日を表示していた。そこで、樹は漸く今日が何の日かを思い出した。鈴井が言っていた事も分かり、写真を見ながら嬉しさを噛み締めていると、また携帯が震えた。


「「樹さんが、ビターとスウィートどちらが好きなのか知らなかったので、両方を入れています。写真の女の子と一緒に作りました。」……あー、そう言えば、言ってなかったなぁ……。」


 メールを見ながら、頭を掻く。付き合い始めたのにも関わらず、樹は味の好みの事を智里には伝えていなかった。基本的に作った物はしっかりと食べるし、甘いのも苦いのも好きなので、特に好き嫌いは無い。


「起きてるっぽいけど、明日お礼を言おう。こういうのは、直接の方が良いしね。」


 トリュフを一つ摘まみ、口に放り込んだ。ココアパウダーの苦味と、ビターチョコのガナッシュのトロッとした苦味と隠し味で使われているシナモンの少しスパイシーな味が口の中に広がる。一つ食べただけで、幸福感に満たされた。樹は、もう一つ口の中に入れると、智里の部屋側の壁に向かった。そして、壁に額を付け、ポツリと呟いた。


「ありがとうございます。貴女と付き合えて、とっても嬉しいです。」


 聞こえない位の声で言ったつもりだったが、いざ声に出してみると、聞かれていなくても恥ずかしくなってきた。何やってるんだろうなと、顔を真っ赤に染めながら自己嫌悪に陥り、それを紛らわす様にトリュフを口の中に放り込んだ。甘いチョコの味が、口の中で蕩けた。


――本日のメニュー――

・トリュフ(ビター・スウィート)






END


追記

 トリュフの作り方ですが、ガナッシュを絞った後、コーティング用のチョコを穴に垂らし、固まるまで冷やします。固まったら、ココアパウダーを塗す場合はコーティング用のチョコに漬けて、直ぐにココアパウダーを塗します。そのままトリュフボールにチョコペンで模様を描いたりしても可愛いですね。

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