間食 新年、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

 外は、前日の夜からしんしんと雪が降り、家の屋根や道路が白銀色に染まっている。そこに朝日が照り付け、朱色に染まった。ハクが窓に貼り付いて、嬉しそうに尻尾を振っている。


「では……。」

「……はい。」


 小さな炬燵こたつに、二人が向き合って正座している。そして、小さく息を吸うと、二人同時にこうべを垂れた。窓の外を見ていたハクも、二人の様子に気付いたのか、炬燵の側までやって来て座った。


「「明けまして、おめでとうございます。」」

「「本年も、宜しくお願い致します。」」

「ワンッ。」


 お決まりの年頭のご挨拶を言い終わり、少しの間沈黙が続いたが、智里の方が吹き出し、それが皮切りになって、二人して笑った。そんな二人に、ハクは不思議そうな表情をして首を傾げた。


「それにしても、もう新しい年になったんですね。」

「そうですね。昨年は色々あって、あっという間に一日一日が過ぎ去ってしまいました。」


 テレビを点けると、お正月の特番が流れ始めた。お琴の音色をバックミュージックに、芸能人が談笑している。智里が、炬燵に入りながらそれをボンヤリと眺めていると、台所に立っていた樹がお盆を持って帰ってきた。


「では、どうぞ。お雑煮とお節です。」

「わぁ、凄いっ。ありがとうございますっ。」


 直ぐ様、点けていたテレビを消し、漆塗りのお椀を受け取る。覗いてみると、湯気が発つそこには、色鮮やかな野菜とかまぼこ、そして煮込んだ丸餅が浮かんでいた。ハクの前にも、ペット専用のお雑煮とお節料理が並んだ。置かれた瞬間に、目を輝かせ、涎をタラタラと流しながら待てをしている。


「母親の実家が兵庫県なので、お雑煮は味噌に野菜と煮た丸餅です。白味噌で作るお家もあるそうですが、ウチでは合わせ味噌です。」

「そうなんですね。北海道の実家では、鶏肉のお出汁に、お野菜を入れて醤油で味付けしてました。お餅は角で、焼いてから入れますね。」

「両手で包めるお椀の中にも、色々な県の特色が出るものですね。さぁ、温かい内に頂きましょう。」


 お重を置き、炬燵の中に入って手を合わせた。二人揃って新年初めての「いただきます。」を言い、割り箸を割った。それを皮切りに、ハクも涎を垂らしながらお雑煮にかぶりつく。湯気発つお雑煮に息を吹き掛け、少し冷ましてから一口啜る。優しい出汁の風味と味噌の塩っ気に、身体の内側からホコホコと温まっていく。柔らかく煮込まれた丸餅と、野菜を一緒に食べた。


「ん、私、焼いた餅を入れた、サクサクした所と柔らかくなった所があるのが好きなんですが、煮込まれたのもトロッとしてて、歯応えある野菜とよく合ってて好きです。」

「それは良かったです。根菜を中心に入れていますので、違った食感になって楽しいですよね。」


 暫くお雑煮を堪能し、いよいよメインの物に手を樹が手を伸ばした。机の上に置かれた、三段重なったお重を一段ずつ開けていく。お椀と同じく漆塗りのお重の中から覗く絢爛豪華けんらんごうかな料理に、智里は目を輝かせた。


「はわわわわっ……!! ご、豪華ですねっ!!」

「年末も仕事が重なってしまって、全品を作る時間が無かったので、妹から半分くらいお裾分けしてもらったんです。あの子も主婦歴長いし、実家の店の手伝いをよくやっていたので、味はお墨付きですよ。」


 それを聞いて智里は、兄妹揃って料理が上手いとは、まるで漫画みたいだなと、頭の片隅で思った。


「――さて、お節料理には色々と意味が込められています。いくつ分りますか?」


 意地悪そうな笑みを浮かべて、樹が智里を見た。だが、智里は、こう聞かれるのを予測していたのか、お箸で先ずは数の子を摘んだ。


「数の子は、その卵の多さから【子孫繁栄】。黒豆は、【豆に健康に】。昆布巻きは、【喜ぶ】の語呂合わせから。」

「……おぉ。」


 摘んでは料理の意味を言い、そして食べる。それを繰り返していると、樹の口から思わず声が漏れた。別に、智里を馬鹿にしている訳ではない。お節料理の其々の意味を知らずに、「新年を迎えた、お祝いだから」と言う事で食べている人も少なからずいる。かくいう樹も、父も母も料理屋の仕事をしながら意味を教えてはくれたが、その時は関心が無く、うろ覚えだった。ちゃんと意味を知ったのは、自炊を本格的にし始めた二十代前半だった。


「――……あれ? コレは、何かな?」


 感心していると、智里が指で摘んだ物を目の前に掲げて、首を傾げていた。カップに入ったソレは、他のお節料理とは少し違った。


「それは、私が意味を調べて入れておきました。謂わば、オリジナルの一品です。」

「へぇ、樹さんのオリジナルですか……。」


 繁々とカップを見られ、少し気恥ずかしくなってきた樹は、思わず顔を逸らした。なにせ、樹が得意としているジャンルとは全く異なった分野の物を、図書館にコッソリ通って探し出して作ったのだから。頬を掻きながら、チラッと横目で智里を盗み見た。未だに、カップを上から下、右から左へと、色々な方向から眺めている。その、ちょっと子供っぽい所に、樹の胸が熱くなった。


「ん、コレはお酒のゼリーですね。でも、お酒の苦味の中に、甘さと果物の酸味があって食べ易いです。この上にかかってるシロップも、さっぱりしてますね。」


 一口、スプーンで掬って食べると、智里は頬を緩ませた。苦手だったらどうしようかと思って身構えていたが、気に入った様なので安心した。智里が言った様に、このゼリーは普通の酒ではなく女性でも飲み易いカクテルで作ってあり、加熱してアルコールも飛ばしているので、食べ易くなっている。


「カクテルで作ったんですが、カクテルにも其々意味があるんです。」

「なんて言うカクテルなんですか?」

「え、ええっと……、カクテル名は――……。」


 智里の問いに、樹は目線を右から左へと、何度も泳がせた。どうしたのかと不思議に思っていたら、樹の顔が真っ赤に染まり始め、遂には耳まで真っ赤になった。


「か、カクテル名は、テキーラ・サンライズ……。意味は、……ね、ねね、熱烈な、愛……です……。」


 意味を調べた上で作っておいて、いざ聞かれると恥ずかしくなってしまう。最後の方など、殆ど聞こえていないのではないのかと言っても可笑しくない位、か細い声が喉から出た。暫くの間、沈黙が続き、もしかして聞こえてなかったのかと思い、樹は恐る恐る目線を智里へ向けた。


「……。」

「……――え?」


 すると、樹よりも更に顔を真っ赤にさせた智里と目が合った。口元に手を充て、どことなく目も潤んでいる。よく見ると、肩が小刻みに震えていた。


「あ、ち、智里さんっ!? どどど、どうし――……!?」

「ち、ちがっ、大丈夫ですっ。大丈夫ですからっ。」


 「違う、違う」と何度も言いながら、腕で顔を隠し首を横に振る。何が違うのか分からない樹は、ただただ慌てるしかなかった。暫く、この攻防戦を繰り返していたら、漸く落ち着いたのか、智里が顔を上げた。その顔は未だに真っ赤で、口元はだらしなくニヤついていた。


「あ、あの、智里さん……?」

「……こんな――……。」

「え?」

「こ、こんな、率直な、のは……、初めてで……。」


 未だ半分位の残っているゼリーの器を机の上に置き、恥ずかしそうに口の中で言葉を濁している。だが、樹の耳にはハッキリと聞こえていた。「嬉しい」と――。全てを平らげ、満足そうにクッションの上で丸まっているハクを横目に二人でお重をつついたが、胸の鼓動がおさまる事がなく、美味しく味付けされているお節料理の味が、全く分からなかった二人だった――。


――本日のメニュー――

・お雑煮(煮込み丸餅・人参・大根・鶏肉・かまぼこ・里芋・水菜・味噌)

・お節(数の子・黒豆・昆布巻き・伊達巻・田作り・紅白かまぼこ・煮しめ・栗きんとん・鰤の照り焼き・紅白なます・たたきごぼう・松風焼き)

・カクテルゼリー(テキーラ・サンライズ)

・ペット用お雑煮

・ペット用お節料理





―カクテルゼリーの作り方―

材料(テキーラ・サンライズ編)

グレナデンシロップ10cc/テキーラ30cc/オレンジジュース320cc/アガー8g/グラニュー糖20g/お湯(人肌程度)50cc

①アガーと砂糖を鍋に入れ、よく混ぜ合わせる。

②別鍋にテキーラとオレンジジュースを入れ、フツフツと泡が出るまで煮詰める。(※今回はアルコールを飛ばす為、沸騰してから一分は火に掛けておく。)

③ ①に少しずつお湯を入れ、その都度しっかりと混ぜて溶かし、軽く沸騰するまで火に掛かる。(※アガーはダマになり易い為、水分を一度に入れず、少しずつ入れて溶かす。)

④③に②を入れ、よく混ぜる。

⑤粗熱が取れたら、容器に入れて冷蔵庫で冷やし固める。

⑥固まったら、グレナデンシロップを垂らして完成。


―お節料理の意味―

・数の子……子孫繫栄や子宝

・黒豆……まめに健康・丈夫に過ごせるよう

・昆布巻き……「喜ぶ」と語呂合わせ

・伊達巻……学問成就や文化の繁栄

・田作り……五穀豊穣

・紅白かまぼこ……紅は魔除けや喜び、白は神聖さ・日の出の形に似ており、おめでたい

・煮しめ……家族一緒に仲良く結ばれる

・栗きんとん……金銀財宝

・鰤の照り焼き……立身出世

・紅白なます……縁起物の水引をかたどっている・家族の土台を築く

・たたきごぼう……家業が土地に根付く

・松風焼き……隠し事のない正直な生き方

※地方によって、入れるものは変わってきます。皆さまのお家では、どの様なお節料理、お雑煮を食べられますか?






End

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