第26件目 1+1の答えを好きな数字に出来るのがクライマックス
「脳波が弱まってる……! 原因もまだ特定出来ない!」
「ベルウッド君! アプリコットちゃんに呼び掛けるんだ! 本名でね!」
「呼び掛け! わ、わかった!」
「確かに有効かもしれないわ。出来ることは全て試しましょう。」
俺にも出来る事が……!
すぐにアンに駆け寄り、地に膝をつく。そして、装置の中で眠るアンの顔を覗きんだ。
「身体のセンサーは全てまだ動いてる! 名前を呼んで心を動かすような事を言って!」
心を……。
「アン! 起きろ! 戻ってこい! 消えるな!」
「その調子!」
お前を失って堪るか! アン!!
*****
「ロッタ……ロッタァ……呼んだんだから出てきてよぉ……うっ……。」
ロッタを感じられない。
孤独。
虚無。
「なんで……? 消えないって言ったのに……。」
悲しい。憎い。寂しい。
此処に向かう先は無い。多分地面も空もない。やっぱり馬鹿な事をした罰が当たったんだ。オッサンもパパももうどうでもいいって。ロッタが消えちゃうくらいなら私なんて要らないって、そう思った。
「ごめん……ごめんってば……。」
もう何に謝っているのかわからない。ただわかるのは自分が全て悪かったという事。
どうしようもない。ホントに自分はどうしようもない。
……どうしようも無いの? 私にもうチャンスは……無い?
やだ……やり直したい。もう一度だけでいい。あんな馬鹿みたいな拗ね方もうしない。もう一度だけ……!
『アン!』
え?
誰かが私を呼んでる声が聞こえた……ような……。
野太い男性の声……もしかして、パパ?
そう言えば、パパも言ってたっけ。許してくれ。チャンスをくれって。私は受験に失敗した。そして、もう一度は無いと思った。パパの期待に応えられなかったし、これ以上パパに苦労して欲しくなかった。だから働くって言ったのに……。
あの日の頬の痛み。まだ、思い出せる。生まれて初めて殴られた。本気じゃない事くらいわかってる。でも、傾いてた自分の心にトドメを刺されたんだよね。どうせならありったけの迷惑を掛けてやろうと思った。そして部屋に籠もって……ドア越しに置かれる食事と謝罪の一言。それが毎日少しずつ。五百円貯金みたいに後悔が貯まっていった。
それからある日ぼーっとネットサーフィンしてたら急に異世界に飛ばされて……。
ロッタと出会った。
ステータスとか勇者とかに会う前に出会ったのが異世界の魔王。私もそれなりのチートスキルを持ってたけど、あの子も敗けず劣らずでピンチになった時は必ず私の力になってくれた。そりゃ、最初はファザコンの我儘娘でこれでもかってくらい困らされたんだけどさ。……私も、パパが好きだったから。
ほんのちょっとだけ、ほっとけない気がしたんだ。
『アプリコットちゃんが一本だけ長い鼻毛が出てるのを見つけて上手く爪で挟めずにバトってたの覚えてるぜ!』
……は?
え? 何?
『ベルウッド先輩を先輩かオッサンかで呼ぶか迷って咄嗟に”そっさん”って呼んだの聞いた事ある!』
『それ、聞かなかった事にしたんだが……。』
『その対応は正解だったと思います。』
『私は以前、猫に変顔して裏声で話しかけてる姿を見た事があるな。』
『それ、俺も見たことありますね!』
な、なななな!? 何の話してんの!?
え? オッサン? ムーンランド先輩にスィトゥーさん、隊長まで!?
どういう事!? なんで私の恥ずかしい話が何処からか聞こえてくるの!?
『ほら、先輩も!』
『お、俺か……俺は、この前お前が切ない目で俺を見ていた事を知っている。』
……え?
『俺の
『先輩! それ絶対違うんで他の話をして下さい!』
『な、何!? あぁ、確かに筋肉に憧れるのが恥ずかしい感情ではないと諭すのは主旨からズレるか。』
『そこじゃないんですけど……。』
『やはりベルウッドには難しいのではないか?』
『駄目っすよ隊長。こういう時こそ決めさせとかないと負け癖がつきます。』
『一理ある。よし、では、強烈なエピソードを頼むぞ、ベルウッド。』
『スィトゥー! ハードルを上げるな!』
『上げたのは隊長で俺じゃねえーよ!』
『いいから先輩! 何か他に考えて下さい!』
『他……しかし……あっ、そう言えば昨日ロッタが……。』
ロッタ? 何か言ってたっけ?
『俺が身につける――。』
身体が、心が、一瞬で沸騰する様な気がした。
昨日の夜、それをバラされてどれだけ恥ずかしかった事か。本人はピンときてなかった様だけど、私としては絶対に知られたくない。オッサン以外にだって。それをロッタが『アンの秘密を教えてあげます!』とか言って、たこ焼きのおかず代わりに話すものだからどれだけ
オッサンもよくわかってないのに話そうとしてんでしょ! そんな事で……!
「やめろぉーッ!」
「ぺぁ。」
喉が震える感覚。身体から何かが剥がれる感覚。突き出した拳が何かを穿つ感覚。明瞭になっていく音と声。仄かにケミカルな香り。
「うわっ!? 先輩!?」
「ははっ! アプリコットちゃん、起きて早速かよ!」
「うむ、任務成功だな。」
「……え?」
私はジンジンとした痛みが残る薄く桃色に火照った拳を見た。研究員がパラパラと拍手を始める。床には目の焦点が合わないオッサンが倒れている。
「起きざまに顎先に入れるってのは運だけじゃ出来ねえ。きっとアプリコットちゃんは大物になるぜぇ。」
スィトゥーが雑にベルウッド先輩を部屋の隅に引きずって行く。
「アプリコットちゃん、大丈夫? 私がわかる?」
「ムーン、ランド先輩……。」
「そう! そうだよ! おかえり! アプリコットちゃん!」
ぎゅっと強く抱きしめられ、私はそれに応えて抱き返す。それで、やっと自分の身体が戻ったんだと実感が湧いてきた。でも、それと同時に強い違和感を得る。此処に私しか感じない。
なんで?
此処にはもう一人居なきゃいけないのに……。
嘘……?
目に痛みの様な感覚がしてジワリと涙が込み上がってきた。
なんでこの人達は笑ってるの? 知らないの? さっきまで此処にいたあの子がいなくなったって。どうして……?
「ねぇ! ロッタが!!」
「あぁ、ロッタな。見ろ。」
「は、離しなさいよゴミクズ! まだ心の準備が……!」
私の険しい声に対して、笑いを噛み殺す様に嫌味ったらしい声でスィトゥーさんが動くフィギュアを見せてきた。
「あ、あうぅ……。」
「……え?」
精巧な作り。声は……萌えボイスって言うの? 聞き慣れない。でも、私が両手を皿に様にして受け止めるとバランスを取りながら動き出したそのフィギュアの細かい仕草には見覚えがある。
「あの……なんていうか……凄い大袈裟な別れ方をした後で申し訳ないんだけど…………私、消えなかった。」
悪い事をしたと自覚してる時にあざとく”えへへ”とはにかむその癖は私にだけ見せる仕草。間違いない。
「ロッタ……?」
「うん。」
「馬鹿……!」
「ごめんね、アン。あんな感じで人格を入れ替えるんだとは知らなくて……。」
「もう下らない嘘吐いたら許さないから!」
「うーん……嘘は時々吐くかも。」
「……魔王の娘だから?」
「覚えてたの?」
「覚えてるけど、許す訳じゃないから。」
「いいもーん! 勝手に騙すから。」
流石に壊しそうで乱暴は出来ない。抱きしめることも。
「どうやら成功みたいね。」
「……久留屋さん。」
疲れた、或いは呆れた様な顔をしながらも微笑み掛けてくる彼女。ひっそりと聞いていたけど、今回の件で色々紆余曲折があったのはわかってる。
「貴方の名前を呼んでって言ったのに、急に電話を掛け始めた時は何を考えてるのかと思ったけど、まさかこんな事をした上に成功までさせるんだもの。私は根性論って嫌いなのだけれどね。」
「根性論じゃないよ。何方かと言えば感情論。」
「それも嫌いよ。」
「ロックキャッスルさん。」
「お疲れ、アプリコットちゃん。悪いけどまた装置に収まってバイタルチェックを再開させてくれないかな。万が一もあるし、データが欲しい。」
「は、はい。」
「御姉様、私はどうすれば!」
「貴方は――。」
「ロッタちゃんは人格との同調率チェックがまだ完全に終わってないからこっちだよ~。」
「あっ! 私の身体に気安く触るんじゃないわよ! それより、不幸な事になられたベルウッド様を手当させて!」
「はいはーい。そっちは
私はこれ以上ない疲労感と安堵感に包まれ、装置の中に再び収まった。
……後で、オッサ……ベルウッド先輩には謝らないと。
「羞恥が心を動かすってまぁ、確かにわかるんだけどねぇ。」
「汎用的とは言えないわね。それでも、成功した前例になりはしたわ。」
「なんでそんな誇らしげなの?」
「それはベルウッド君が……いえ、まず誇らしげな顔なんてしてないわ。上手くいって安心したというだけよ。」
「薄々……でもないか。久留屋ちゃんってブラコン?」
「後で話があるわ。」
「ちょっ……職務に関係ある話だよね? それ?」
「勿論よ。」
「顔と声のトーンが一致してない様に見える。」
「私よりデータを見なさい。でないと次の検体になって貰うわよ。」
「わぁ……。」
あの二人に私の身体を預けていると思うと不安。
「何処触ってんのよ変態!」
「その姿の女の子に罵られるのが好きそうな研究員にやられたくなければ大人しくしてようねぇ。」
「ヒィッ!? へ、変な事したら消すわよ!」
ロッタは何やってんだか……。
「あ、先輩起きた!」
「……う。」
「よぉ、お寝坊さんだな。」
「……汚い顔が……悪夢ぱ!?」
「ちょっと、スィトゥー! なんで叩くの?」
「いや、逆になんで理由がわかんないんだよ。もう一発いっとくかぁ! は!?」
調子に乗ってもう一度頬を叩こうとしたスィトゥーさんの手がベルウッド先輩の手に止められる。
「いっ!? いででデデデで!?」
「何故、仕返しされないと思った……?」
「じ、冗談だって! っつかお前が先に喧嘩売って来たんだろ!」
「隊長。」
「いや、そこまでだ。挑発したのはお前だからな。」
「チッ……今度の新月は一週間後だったな……。」
「常日頃闇討ちの為だけに新月の日を覚えてんのか?」
「スィトゥー、お前の為だよ。」
「笑顔で言われても嬉しかねえよ!」
スィトゥーさんのツッコミが無かったかの様に無視して此方を見る先輩。
目が合うと、ゆっくり立ち上がって此方へ歩いてくる。大丈夫なのかな。
「その、ごめ――。」
言葉を遮る様に頭に熱を置かれた。逞しく大きな手。ふわりと香る甘い匂い。ロッタの隣でずっと感じてたはずなのに。どうしてか久々に感じる。
「心配掛けさせやがって。」
「痛くない?」
「効くかよ。」
……親子揃って嘘つきだ。
「おかえりだ、アン。」
「……ただいま。」
心底嬉しそうに微笑む顔。
悔しいな。
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