偽物の黄色いレンガ道

和泉瑠璃

偽物の黄色いレンガ道

 きいろいレンガのみちはどこ、と私は尋ねる。父も母も怪訝な顔をした。私はドロシーが魔法使いに会いに行ったレンガの道だと説明したけれど、呆れるほどに話がわからない。私は地団太を踏む。すると母は苦りきった顔で、それはお話のなかの話でしょう、わがままを言わないで、となだめにかかった。ちがうちがう、と私は泣く。

 レンガの道のことなんか本当にはなにひとつ知らないくせに、お話のなかのこと、と言い切ってしまうのが恨めしい。私は分からず屋たちに腹を立てて癇癪を起こし、きらいきらいと泣き続けた。

 するとそこへ近所に住む従兄弟のはるにいがやって来た。はるにいは私よりもずっと大きい。けれども、お正月にもらった干支の飾りは同じで、一緒だねと笑ったはるにいに、私は変なの、とはしゃいで飛び跳ねた。

 私は母の腕を振りほどいて、はるにいに駆け寄って抱きつく。わんわん泣いている私に苦笑して、はるにいはどうしたの、としゃがんで尋ねた。はるにい、ドロシーのきいろいみちをあるきたい。それでね、ライオンとブリキのきこりとかかしにあって、エメラルドのみやこにいくの。

 なるほどね、とはるにいはすぐにわかってくれた。私の頭を優しくなでると、おいで、と手をつないでくれる。

 はるにいは、私を銀杏並木に連れて行った。ここをまっすぐ行けば、広いグラウンドがあって、私はよくはるにいとそこで遊ぶ。

 はるにい、きいろいレンガのみちはどこ、と聞けば、ここだよ、とはるにいが言う。私はもう一度並木道を見る。たしかに季節で色変わりした銀杏が降り積もって、やわらかな黄色い道になっている。でも、これはいつものはるにいと私の散歩道であって、物語でドロシーが歩いた黄色のレンガ道ではない。

 はるにい、これじゃないよ、と私が心細く言うと、はるにいは私を見下ろして繋いだ手をぎゅっと握り、ごめんね、と言った。そして、くしゃりと笑った。はるにいはたまに、こんなふうに笑う。笑っているのに、大人に謝る顔とよく似ている。

 はるにいはそっと私の手を離すと、近くのベンチに腰かけた。私ははるにいの足元にしゃがみこんで、銀杏の葉を拾って扇形のそれをさきさきとちぎった。指先がかすかに濡れて、葉っぱのかおりが鼻をかすめた。

 はるにいは少し冷たい風に髪を揺らして静かに座っている。しばらくそうしていた後で、ぽつりとまたごめん、と小さく言った。私は立ち上がり、はるにいの顔を覗きこむ。はるにいは、どうしていっつもすぐにあやまるの。するとはるにいは、またあのさみしい笑い方をした。

 普通の人ならね、学校なり仕事場なり行くところを、僕はどっちにも行けないからさ。

 私は知っている。パパやママ、そしてはるにいのパパとママが、いつもひそひそと、あの子はだめねえ、どうしてこうなっちゃったのかしら、と話しているのを。

 たしかに、はるにいは学校に行っていないし、お仕事もしていない。だけど、私に物語のおもしろさを教えてくれたのは、はるにいだった。はるにいが絵本を読む声はとても優しい。それに、きいろいレンガのみち、と言ってわかってくれたのは、はるにいだけだった。

 それ、どうしていけないの。はるにいずっといてよ。それでまたおもしろいおはなし、たくさんして。はるにいじゃなきゃいやだよ。はるにいがいなかったらやだ。

 はるにいは優しい手つきで私の頭をなで、髪をすく。でもそれきり、なにも言ってくれない。はるにい、なに考えてるの、と訊くと、少し間をおいて、いつまでそう言ってくれるのかな、っていうこと、と答えが返ってきた。ずっというよ、と言ったら、でも僕は黄色い道に連れて行ってあげることも出来ないんだよ、とはるにいが苦く微笑んだ。

 私はそんなはるにいの膝に手を乗せる。いいよ、はるにい。だってね、オズはまほうつかいじゃなくて、ほんとうはただのペテン師だったけど、ドロシーはちゃんとおうちにかえれたもの。

 黄色いレンガの道のかわりに、銀杏の葉に覆われて黄色くなったいつもの散歩道に連れて来てくれた、はるにい。オズとはるにいは、ほんの少しだけ、似ているのかもしれない。

 はるにいはふと目を伏せる。私は、あのね、とはるにいに顔をよせる。

 はるにいのことがね、いっとうすき。

 そのときのはるにいの顔に、私はどうしようと思って、はるにいかなしいの、と尋ねた。そしたらはるにいはそっと腕を差し伸べながら、ううん、嬉しいんだ、と言った。

 不思議だなぁ、と思いながら抱きしめられていると、すぐそばでありがとう、とはるにいの声がした。それを聞いたら、なんだか嬉しくてたまらなくなって、うん、と笑った。

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