だるまさん
東方雅人
第1話 赤い服の女
その女は赤い服を着ていた。ひざ下まで届くロングコート。人目を引きつける鮮やかな赤。
長い黒髪を無造作に垂らし、両腕をだらんと下げ、身動き一つ見せずに突っ立っていた。青白い顔に表情はなく、虚ろな瞳をこちらに向けている。
私はそんな彼女をじっと見つめていた。呆然とその場に立ち尽くしたまま、片時も目を逸らさずに。もう二時間近くも彼女だけを見つめ続けていた。
彼女との出会いは二日前にまで遡る。
最初は赤い点だった。ぽつんと赤い小さな点。それが赤い服を着た女性だと気付くまで幾らか時間がかかった。
その日、私は駅前の人溜まりの中にいた。そこでふと目に留まったのは、50メートルほど向こうに立っている赤いコートの女。
彼女は遥か遠く、駅前の人混みの中にあっても一際目を引いた。人の波に乗るわけでも逆らうわけでもなく、じっとその場に佇んでいる。長い黒髪が顔にかかって表情はよく見えない。
しばらくすると、俯いていた女がおもむろに顔を上げる。そしてこちらを見た、と今にして思えばそんな気がするが、その時は遠くてはっきりとは分からなかった。
私は気に留めることもなく、人波に流されてすぐにその場を後にした。
その二日後。T大学の中央広場。
いつも多くの学生で賑わう、キャンパス内で最も開けた場所だ。中央には噴水があり、芝生の上で談笑する学生や校舎を行き来する学生で溢れ返っている。
この場所で私はまたしてもあの赤い服の女を見かけた。
彼女は激しく行き交う人波の中に誰ともぶつかることなく立っている。周囲の誰もが気に留める様子もなく素通りしていく。
まるで彼女なんて目に入らないとでも言うように――まるで彼女の上をすり抜けていくかのように――。
彼女との距離は10メートルほど。今度ははっきりとこちらに顔を向けている。急に不快な寒気に襲われた私は、目を凝らしてじっくりと彼女を見返した。
目が合った。
いや、そう思っただけなのかもしれない。なぜなら、その女には黒目がなかったからだ。
大きく剥き出された二つの白い目がこちらを向いている。
そこで初めて、彼女がこの世のものではないことを悟った。
全身を貫く鋭い戦慄。心霊現象なんてまるで信じていない私でも恐怖を覚えずにはいられなかった。霊なんてものが実在するのか、あるいは自分の頭がどうかしてしまったのか。自身の命を賭けてまでそれを確かめる度胸はなかった。
それから二時間が経った今、女はまだ5メートル先に立っている。こちらに顔を向けたまま、微動だにしない。この二時間ずっと――。
私もまた動けずにいた。目を背けたい、この場から一刻も早く逃げ出したい。そんな衝動を必死に抑え込み、まばたきすら恐れるようにじっと女を見つめ続ける。
内心は恐ろしくて仕方ないのに、彼女から目を離せない。どうしても目を離すわけにはいかなかったのだ。
それには理由があった。ただ恐怖のあまり立ち竦んでいるわけではない。恐ろしくも奇妙な理由だ。
この赤い服の女は――
見ている間は動かない。
見ていない間に近づいている。
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