定められた最悪
かきはらともえ
第一章『宙ぶらりん』
第1話『後日談』
1.
桜庭谷川高校連続殺人事件は解決した。
県立桜庭谷川高等学校で起きた連続殺人事件。あの事件に身を投じていた僕の脳裏には、ひとつの素朴な疑問が浮かび上がる。
まるで、算数でもしているみたいに。
どうしてあんなふうに人を殺すことができるのだろうか。
「――さあね。人を殺したいって人の気持ちはわかっても、人を殺した人の気持ちばかりはわからないわね」
僕の正面に座る
そう言われてしまえば、もう何も言い返せない。
その通りだ。
人を殺したいと思うことはあっても、実際に人を殺したことのある人間のほうが数は遥かに少なく――人を殺した人間の気持ちなんて、殺していない人間には、たとえひと断片として、理解が及ぶことはない。
一体何があれば、あんなふうに人の道を踏み外せるというのだろうか。
「そんなのは些細なきっかけだよ」
衣織せんぱい。
「殺人にはいろいろあるよね。結果的に殺人になってしまうケースもあれば、意識的に人を殺したケース。事故だったり、故意だったり――そんな中で、桜庭谷川高校で起きた連続殺人事件は、間違いなく故意によるものだよね」
あの殺人事件に。あの連続殺人事件には事故なんていう要素は一切含まれていない。あの犯人は明確な殺意を抱いて、殺意を持って殺している。
「故意にしても、殺す動機は様々だ。衝動的だったり、計画的だったり、いろいろだ。こんな中で、ひとつ共通して言えることがある。それはわかるかな?
…………。僕は沈黙する。
衝動的な殺人、計画的な殺人。
この共通点。それは殺意というものだ。事故ではなく、殺すという意識を明確に持って殺しているのだから。
それは殺意を持って殺している。
「惜しいね。生き物を殺すときに、生きるため以外に殺すのは人間くらいなものだ。唯一、種を絶滅させたことのある生物。それが人間だ。衝動的にしても、計画的にしても、殺意の根底に必ず生じる方程式があるんだよ」
方程式、ですか。何だか胡散臭い言い方だ。勝利の方程式や、幸せの方程式なんてよく言うけど、そんな言葉を実際に言われると、ちょっと恥ずかしい。
「あはは。まあ、我ながらちょっと痛々しい言い回しをしたけどね。間違っていないんだよ。もっとわかりやすく言えば四則演算だ。その基礎。計算する際にある基礎。それは算数だ」
算数? 算数って、あの算数だろうか。小学校で習う、あの算数。
「そう、あの算数だ。衝動的にしても、計画的にしても、そこには必ず算数――引き算が関係していると私は思うんだよ。自分にとって害になるものを、自分の周りから間引いているのだから」
言うことはわかる。でも、間引いた結果、余計なマイナスが自分に降りかかってきているのではないだろうか。
「それはもっともなお言葉だね。殺人なんて法を犯せば、社会的な死が待っている。一度してしまったことを、たとえどれほど後悔し、反省しても、そういう人間として見られてしまう。人間は生きるため以外の理由で殺すと言っただけどね。私はあまりそう考えていない。感情で殺すのも生きるためだと考えているんだよ。だって、そうしないと駄目だと当人は判断したから殺したのだろう? 生きるために血肉を貪る獣と、生きるために環境を整える人。この連続殺人事件は、そういうことだったんじゃないかな?」
衝動的にしても、計画的にしても、そこまで割り切って犯行に移れる人間なんて、そういないだろうけどね――と、衣織せんぱいは言った。
県立桜庭谷川高等学校連続殺人事件。これは僕が在学している高校で、十月から二月にかけて起きた殺人事件である。事件を終えた今だからこそ思うのは、あの事件は様々な偶然が、数奇な運命の元で絡み合っていたからこそ起きた事件なのだと。僕は思う。
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