01-16 この、化け物!

 かろうじて操れている闘気は体を守る盾にして、攻撃は自らの手で行うことが今の状況での最善策と察し、リカルドは銃を抜いた。

 まずは目の前の二人を仕留めねば。


 狙いを定められないようにとリカルドの足が地面を強く蹴る。動きながらの発砲は少々狙いにくいが、もともと銃の腕は高い方だ。弾を打ち尽くすまでに一人を無力化し、一人に深手を負わせた。


 リカルドは銃を放り出し、ナイフを手に取って敵に突っ込んだ。闘気の放出を減らされたとは言え、元々俊敏なリカルドの動きに暗殺者が軽く息を呑む気配がする。

 手首に蹴りを見舞う。ひるんだ所に、首元めがけてナイフを振るった。

 確かな手ごたえを感じ、その刹那、生温かい液体が伸ばした手と、顔にも降りかかる。地面に転がり苦しみもだえる男を横目に新手を迎える。


 家から出てきたのは情報通り二人。ハンドガンを手にしている。まだ不利なことに変わりはない。


「もうやられたのか」

「さすがは極めし者と言ったところか」


 暗殺者達は庭に転がる仲間のなれの果てを見てつぶやいた。が、家の窓から漏れる明かりにうすぼんやりと照らされる表情には、言葉とは裏腹に余裕がうかがえる。

 リカルドの体はあちこちが傷つき、闘気は不安定に揺らいでいるのは明らかだ。二人がかりで挑めば殺された同胞達が与えたダメージの分、自分達が有利だと思っているのだろう。


 彼らの見積もりを過信だと笑う余裕はリカルドにない。

 誰かと闘う、あるいは襲撃をしのぐ際はいつも、体に内包する闘気をふんだんに使い、あっという間もなく相手を打ち倒し、身の安全を確保していた。

 今ももし闘気を抑えられていなければとうに新手をたたき伏せ、とどめを刺しているころだ。

 だが今は、少し動けば不安定さを増す闘気をなんとか操れるようにと深く大きく息を整えねばならない。


「なぜ、今になってこちらに情報をよこしたのですか」


 リカルドは静かな声で問いかけた。

 闘気を安定させるための時間稼ぎでもあり、単純に確かめたい事柄であった。


「新たにおまえの暗殺を請け負った。おまえが弱っている間にとどめを刺すのがよい、とな」


 暗殺者の答えに、リカルドは嘆息した。

 感情を見せては弱みを握られるのみだ、と常々父が言っていたのは、こういうことだと実感したのだ。

 彼が正しいと認めるのが悔しくて、リカルドはあえて余裕を装い、笑って見せる。


「弱っているとは見くびられたものですね。不意打ちに失敗している時点であなた方に勝ちはありません」


 呼吸は整った。


 リカルドは目の前の男達に跳びこんだ。乱戦に持ち込めば相手は銃が使えない。

 さすがにそう簡単に食らってくれない。紙一重でかわされ、逆に手にしていた銃をナイフに叩きつけられた。

 指先に思わぬ力がかかり、リカルドの手からナイフが滑り落ちた。しっかりと握っていたつもりであったが返り血のせいで滑ってしまったようだ。


 銃を手放して男が反撃に転じた。右手には大型のナイフが握られている。

 リカルドは軽く後ろへと跳び凶刃を逃れた。


 数発の銃声が響く。気付いた時には肩と腹に熱い痛みが新たに加わっていた。

 見れば二人のうちの一人がいつの間にか距離を取り、ハンドガンを構えている。

 リカルドが後ろに下がるのを待って発砲したのだ。

 見事な連携攻撃だ。リカルドは苛立ちの息をついた。


 とにかく一人ずつ倒すしかない。リカルドが近くの男に再び接すると、後衛の男が挟み込むように斜め後ろから襲い掛かってきた。


 二対一の接近戦では、武器もなく相当のダメージを負っているリカルドはとても不利だ。元々格闘術自体はさほど得意とは言えないリカルドが闘気を抑えられては打開策が見出せない。


 一人に狙いを定め、蹴りと貫き手でダメージを与えて動きを鈍らせる。

 だがその間に背後からの凶刃をすべて防ぐことはできない。致命的な深手を負わないようにするのが精一杯だ。


 明らかに疲弊し、動きが鈍るリカルドに、暗殺者達は喉を鳴らしてひそやかに笑う。勝利を確信しているのだろう。


 残念ながら相手の目算通り、このままではやがてとどめを刺される。

 死ぬのは怖くない。むしろ死んでもいいと思う。だがこの男達を生かしておくわけにはいかない。

 ディアナを殺した者達を許さない。殺してやる。全員殺してやる。

 いつ倒れてもおかしくないリカルドを動かすのは強烈な怨恨だった。


 出血がひどい。体がしびれ、息苦しさを感じる。頭もぼんやりとしてきた。だがリカルドは動き続ける。男達の攻撃を辛くもかわし、ついに一人の腕をとらえた。

 反射的に足をかけ、投げを打つ。幼いころから叩きこまれて体にしみ込んだ格闘術が綺麗に決まった。男は背中から地面に叩きつけられて動けない。


 男の手から零れ落ちたナイフに跳びついた。しっかりと握るとうめき声をあげる男の首を薙ぐ。

 血がしぶき、男が身もだえながら息絶えて行く様を横目に、リカルドは立ち上がった。


 息が乱れ、もう闘気をろくに操れていない。

 体中に銃創と切傷を負い、リカルドはもう闘う力など残っていない。だか彼の目は重篤な状態からは想像もつかないほどに憎しみの光でぎらぎらと不気味なほどに生気をみなぎらせている。

 まるで何かに憑かれているかのようにリカルドは最後のターゲットに壮絶な笑みを送る。


「こ、この、化け物!」


 恐怖に顔をひきつらせた男が罵りの言葉とともに斬りかかってきた。

 リカルドが伸ばした腕と、男の腕が交差した。

 左肩が深くえぐられ、また熱く痛む個所が増える。リカルドはついに片膝を地についた。


 苦しい、吐き気がする。体中をあぶられているかのように熱く、頭の中がかきまぜられているようだ。

 激痛の中で薄らいでゆく意識の隅で、目の前の敵がナイフを構えなおして突きかかってくる姿をぼんやりと認識できた。


 殺される。

 かまわない。

 だがこの男も道連れだ……!


 もはや男の攻撃をかわすこともせず、リカルドも最後の力を振り絞ってナイフをすくい上げた。


 そして、しんと静まりかえる。

 無音の世界だ。もうリカルドに襲いかかってくる気配もない。


 終わったのだ。これで死ねる。


「ディアナ……」


 全身を包む激痛の中で、それでもリカルドは笑みを浮かべた。


「リカルド!」


 突然届いた、彼の名を呼ぶ声はディアナのそれではなく……。


 声の主を確認することもなく、リカルドは力なくその場にくずおれ、意識を失った。




 重苦しく、呼吸さえも困難な中、リカルドはもうこれで死ぬのだと安堵していた。

 なのに、目を覚ますと真っ白な平面が視界の中に広がっていた。


 病室の天井だ、とリカルドはすぐに理解し、なぜこんなところにいるのかと愕然とした。

 体中の傷が痛み、頭痛も酷い。バイタルサインを示す計器の音が煩わしい。


「どうして……」


 弱々しく吐かれたかすれ声は電子音にかき消された。


 死ねなかった。あれだけの傷を負いながらも、自分はまだ生きている。

 リカルドの目から涙の粒が零れ落ちた。


 まだ生きねばならないのか。まだディアナのところに行けないのか。

 もういいだろう。頼むから、どうか解放してくれ。


 リカルドの声にならない渇求が、次々に目じりからあふれた。


 涙がリカルドの意識を奪うかのように、また目の前がぼんやりとしてきた。


 このまま意識を失って、そのまま目を覚まさなければいい。


 心のどこかでは、ありえないと冷静に否定している望みを抱いたまま、再びリカルドの意識は深い闇に沈んでいった。

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