第17話
「いらっしゃいませ、アテラ水族館へようこそ」
気勢の良い声に迎えられながら水族館の中へと入って行く。時刻は午前一〇時を回った頃。
僕と彼女は横に並ぶようにして建物に入り、中を見回していた。
「賑わってるね」
「そうですね、少し予想外です」
「ふふ、はぐれたら危ないね?」
(……何が『ね?』ですか……)
意図する先は何となくわかるけれど、だからといって実行する義務は無い。そんな理由付けを内心でしつつ、本心はといえば。
(間違っていたら、最悪待った無しですからね……)
ただのヘタレである。本当に、僕自身が驚くくらいに変な調子だ。そんな僕を横から見て、彼女は小さく微笑んでいる。
「さ、それじゃあ行こうか?」
「ッ、はい、そうですね」
反論は無しだ。また弄られる未来が見える。
結局彼女の手の上で踊らされたという事実に、若干テンションの下がりを感じるとともに、ため息を吐いて彼女についていく。
――そして。
「いらっしゃいませ、ご予約はお有りですか?」
「はい」
「え?」
――僕と彼女の声が重なった。
「……あ、すみません。実は先に予約してました」
「……ふ~ん? わかった」
「ええ…………」
何だか微妙に機嫌の良くなった彼女は受付から一歩下がり、僕の斜め後ろ辺りに立った。代わるように僕が前へ出て、話をする。
「二次コードの確認をさせて頂きます。お手元の端末にコードを1字ずつ入力してください」
「……。……できました」
「ありがとうございます。……確認ができました」
そう言って、受付の方は一度だけ間を開け――。
「ようこそ、お二人のお幸せと、楽しんでくださることを祈っています!」
そう言って、チケットを二枚、僕に渡した。
礼を言いつつ受け取り、その足で館内への改札に向かう。若干、僕と彼女の足取りは不安定だ。
先ほどの一言に、何だか色々と気を使った。彼女の機嫌が悪くなれば、僕の学生時代は混沌と終わってしまう。
せめて白紙のページで進めるようにしていけたらな、と思う。
「……」
無言を貫く彼女を不思議に思い、僕は視線だけ彼女の方に向けてみた。そうすれば、少しだけ何かを躊躇いつつ、僕に何かを言おうとする彼女の姿がった。
思わず、その姿にドキリとしてしまったことを隠しつつ、僕は彼女の言いたいことを何となく考えてみる。
先ほどまでそんな予兆が無かったということは、間違いなく先ほどの言葉が原因だ。ならば、何か。
恋人というワードに反応したのだと考えるのが順当で、それでいて恥ずかしがるということは嫌悪系のものではない。
となれば、答えは一つだろう。
けれど、それを僕から言い出すのは中々にハードルが高い。しかし、僕の視線の先で恥ずかしそうにする彼女を見ておくだけでは、男が廃るような気がしないでもない。
(……女性に恥ずかしい真似はさせられませんよね)
結局、僕はそうやって自分の中で言い訳を考えてから行動する。臆病な僕の、精一杯の抵抗。
「……恋人として入ってきて、素っ気ないだけだと詐欺だと疑われると思いませんか?」
「!……、そうね」
「…‥で、ですので……」
躊躇いつつ、僕は右手を彼女の方に少しだけ差し出した。その先の言葉を紡ごうとするが、上手く口が回らない。
何てことだ。僕が日頃鍛え上げてきた読書による活舌と知識という力はまったく力になっていなかったようだった。
しかし、それでも彼女には伝わったようだった。
少しばかり頬を赤くしながらも、僕を見上げ、そして嬉しそうに左手を伸ばしてきた。
その手を、僕はなるべく優しく握りしめる。小さく、とても柔らかく温かい手だった。
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