第4話 第一章 出会い③
「そろそろ、到着しますよ」
先導するレアに言われ、物思いにふけっていた黒羽は顔を上げた。
「おお」
遠目で見た時から大きいと思ってはいたが、近くで見ると迫力は段違いだ。
――商業都市フラデン。ここは、トゥルーのあらゆる国々と貿易をする商人の町である。砲弾が直撃してもびくともしない分厚い市壁に周りを覆われており、等間隔に真四角の穴が穿たれている。緊急時には閉まるその穴は、普段は陽光を取り入れ、壁に囲まれていても解放感を感じさせるものだ。
だが、その市壁の一部分である南門は、太くて長い丸太を並べて作った扉によって固く閉ざされていた。
「あれ、レアちゃんまだ帰っていなかったのか?」
門を守護する兵士らしき男が、陽気な声でレアに話しかけてきた。
「お客さんを探すのに手間取っちゃいました。申し訳ないんですけど、開けてもらって良いですか」
「もちろんだとも。ここで門前払いをしようものなら、エメさんにどやされてしまうよ」
門番の男が愉快そうに笑いながら門に手をかざすと、〈魔力放出〉と唱えた。すると、手から霞のような光が生み出され、扉へと吸い込まれた……かと思うと派手な音と共に扉が上へ持ち上がっていく。
「あ、あんなに重そうなのに」
「黒羽さん、そんなに驚いてどうしたんです? あの扉には浮力石が埋め込まれていて、特定の魔力に反応して浮くんですよ。大きな都市ならどこにでもあるでしょ?」
しまった、と黒羽は苦い顔をする。異世界の事情が分からない以上、正体をばらすのは得策ではない。そう考えていただけに、よくない反応だったと反省する。
「い、いや。俺は田舎の出身でさ、初めて見たよ」
「そうなんですか。……確かに変わった服装ですものね。それ、民族衣装なんでしょう」
「ッ!」
黒羽は笑いの衝動を抑えた。せっかく都合よく勘違いしてくれたのだ。それらしく振るわなければならないだろう。
「そ、そうだよ。ジャージっていう民族衣装さ。動きやすくて着心地が良いんで気に入ってる」
レアは頷きで感心を示し、ニッコリと微笑んだ。
「良いですね、それ。フラデンでも売れそう。――さあ、お二人とも、どうぞ中へ入ってください。ここが『花と笑顔が咲き乱れる町フラデン』です」
門をくぐり、黒羽は初めて異世界の文化が作り上げた町を目撃する。感想は
「ああ、すごい。……なんて……幻想的な町なんだ」
気の利いた言葉など不要だ。この町は、幼い頃絵本で出会える夢の世界そのものなのだから。
色鮮やかな花と目に心地良い緑の木々が、町の至るところに植えられていて、それらに溶け込むように二階、もしくは三階建ての建物が大通りを挟む形で整列している。
街路樹のように、町に付随する形で自然があるのではない。町と自然が絶妙なバランスで存在し合っているのだ。通りを駆け抜ける風に乗って揺れ動く光の玉が、幻想的な雰囲気をより強調して魅せている。
「これは何だ?」
「ああ、この光ですか。ライト・フラワーと言う花の種子ですよ。フラデンはこの種子のおかげで、夜でも比較的明るいんです」
「なるほど。私の生まれた町では光源石などが用いられていましたが、これはこれで便利ですね」
襲われたショックからか、口数の少なかった薬草学の研究者ニコライは、やっと口を開いた。
「黒羽さん。レアさん。今日は本当にお世話になってしまいました。この御恩は必ずお返しします」
深々と頭を下げる男に、黒羽は首を振る。
「いいえ、あんなに泥臭い助け方をしなくとも、レアならばもっと素早く助けられたでしょうに、差し出がましいマネをしてしまいました」
「どうしてそんなことを言うんですか!」
レアの突然の大声に驚く黒羽。見れば、頬が赤くなるほど興奮している。
「私、感動しました。魔法が使えない状態だったのに、助けに行くなんてなかなかできません。凄いことしたのに、そんな、そんな……自分を貶めるような言い方をしないでください」
「そうですよ。恐らくナイフや剣で戦う武術を習得しているんでしょうけど、だからって普通は助けにいけませんよ。どうか、ご自身の行いを誇ってください。少なくとも私は、あなたのおかげで助かったのですから」
レアとニコライに言われ、黒羽は赤面した。
「そ、それはどうも。……ハハハ、照れますね。とにかく行きましょうか」
この場の雰囲気から逃げ出すように、黒羽は歩き出した。背後から二人が笑う声が聞こえたが、気にしないことにする。
「黒羽さん、待ってください。宿まで案内します」
レアが前に出て、先導する。黒羽は彼女に付いて行きながら、周りを見渡した。さすが商人の町と言われるだけあって、大通りに面した建物はほとんどが店舗だ。服、食べ物、アクセサリー、靴、武器、防具など、様々な品が目を楽しませ、大声で叫ぶ商人達の声が耳を驚かせた。
「変わった品が多いでしょう?」
振り向いた彼女は、誇らしげに語り始めた。
「フラデンは大国に通じる街道と幾本も流れる川のおかげで、森の中という立地でありながらも絶えず世界各国の品々が輸入・輸出され、あらゆる文化と人々が混じり合っているんです」
彼女の言う通り、肌や髪の色が違う人々が通りに行き交い、店頭で扱っている品々も店ごとに、異なる文化の物を販売しているように見受けられる。
「なるほどね。トゥルーの文化を学ぶなら、フラデンに来るべしって言葉を聞いたことがあるけど、そういう事情があるのか」
細い腕を組み、ニコライは得心顔である。
「それでですね。……あ、何だかんだで到着しましたね」
レアが指差す先には、茶色いレンガの建物があった。二階建てで、白枠の窓からは温かな光が漏れ出ている。
「さあ、どうぞ。ここが南通り唯一の宿『憩いの宿アルシェ』です」
白く塗装されたドアをくぐると、人々の活気が黒羽達を出迎えた。丸型のテーブルがざっと九つほどあり、沢山の人々が酒を片手に大騒ぎしている。入り口の正面奥には二階へ続く階段、左手にはカウンターが見えた。レアは客の合間を縫って、左手のカウンターへと歩んでいく。
「すいません、ちょっと通りますね。わっとと。ふう、やっと着いた。ねえ、ニコライさんを見つけてきたよ」
カウンターには、レアをそのまま大人にしたような女性がいた。色白で金髪のロングヘアが眩しく、レアと同じ澄み切った青い瞳が魅力的である。
「あら、お帰りなさい。大丈夫だった?」
「うん、何とか。ニコライさんが三匹の狼に襲われていてね、結構あぶなかったんだけど、こちらの黒羽さんが助けてくれたの」
大人びた青の瞳が黒羽を捉えた。
「あらまあ、そうなんですか。本当にありがとうございました」
「いいえ、とんでもありません。って、ちょ、ちょっと!」
カウンター越しに女性が、黒羽の手を両手で握ってきた。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐり、ドレス越しに流れる女性らしい魅惑的なラインが、黒羽の心臓を高鳴らせた。
「大したおもてなしはできませんが、今夜はぜひ当店で疲れを癒してください。お代は結構ですので……あ、申し遅れました、私の名はエメ・アルシェ。この宿の経営者であり、レアの母親です」
「僕は黒羽秋仁と申します……え? 娘って」
目を見開き驚く黒羽に、エメとレアは視線を交わして微笑んだ。
「お母さん、見た目が若いでしょう。だから、黒羽さんみたいに、姉妹だと勘違いしてしまう人も多いですよ」
母親と聞いた後でも信じられない。二人を見比べても、とても親子ではなく、美人姉妹と呼んだ方がしっくりくる。
「へえ、本当に親子なんですね。って痛!」
「ニコライさん。あんなに遅くなってはいけないと忠告したじゃありませんか。もういい大人なんですから、しっかりしてくださいな」
エメに怒られて、子供のように落ちこむニコライ。笑いを誘う場面だが、ふいに魔法に対する恐怖が再燃する。……上手く笑えなかった。
「すいません、疲れたのですぐに部屋に案内してもらえますか?」
「あらまあ、それはいけませんね。レア、二階の一番手前の部屋が空いているわ」
「分かった。黒羽さん、どうぞこちらへ」
騒がしい一階を置き去りに二階へ上がると、レアは黒羽を部屋へと導く。
「あ、トイレとお風呂はお部屋にはありません。廊下に出たらあの方向にありますからね。何かご質問は?」
「いいや何も。レア、今日は君に助けられたよ。ありがとう」
花咲くように笑ったレアは、頭を下げてから部屋の外へ出た。黒羽は肺に溜まった空気を重々しくはき出すと、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。
(疲れた)
ぼんやりしながら、黒羽は部屋を眺めた。右から左に流し見ると、右からテーブルとイス、ドア、タンス、そして背後には窓がある。部屋にライト・フラワーの種子はないが、完全な闇ではない。オシャレなガラス瓶の中で光り輝く鉱石が、テーブルの上でほのかに部屋を照らしていた。
「綺麗な月だな」
窓から見える月は、黒羽をいたわるように美しい。そこだけ切り取れば、異世界にいることを忘れてしまいそうだ。
「ハア、横になっとくか」
慣れない世界に、魔法を操る人々。とても寝れたものではない。そう予想した黒羽を裏切り、疲れの魔の手は深い眠りへと彼を誘った。
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