第117話 家出の終わり
「私も先輩とホテルを利用したことがありますし」
「…………え?」
ちょ! お前何を言っとるんですか!?
「……………ホテル……どういうことですか?」
カレンから絶対零度の視線を向けられる。
その視線から逃れようと成恵さんの方を向く。成恵さんは目を点にして驚いている。
「アタシたちも詳しく聞きたいなー」
「はい、ぜひ詳しく」
「ご説明をお願いします」
リビングでは歩波、観月、夕葵、涼香からもカレンと同じような視線を向けられる。
「………………どういうことかね。君はウチのシルビアとそのような関係なのかね」
お父さんはお父さんで怒りの炎を瞳の奥に宿している。
ここに俺の味方はいなさそうだ。
「いや、それはお前がイベントで売り子手伝えっていうから付き合っただけで、部屋が一緒だったのは金がないっていうから」
「同じ部屋に泊ったの!?」
歩波が俺の発言に食いついてくる。
藪蛇だった。そうだよね。同じホテルに泊まったからといって部屋が違うことだって十分にあり得るんだから。
「それどころか、先輩の部屋に泊ったこともありましたよ」
もうやめてっ! これ以上この場で俺を孤立させないでっ!
「はあ!? ウチのアパートで何やってんのよ!?」
観月が俺に問い詰めてくる。
「何もしてない! こいつがコスプレの出来栄えやアニメのDVDを観ろって言って転がり込んできたんだ!」
しかも終わるまで帰らないしな。
コスプレの細かい手直しを俺の部屋でやるものだから泊まる羽目になったんだ。たまにウィッグをつけたまま来ることがあるから、隣人に毎回別の女が止まりに来る遊び人だと俺が誤解されることもあった。
「うら若い男女2人で一晩過ごして何もなかったというのはちょっと……信じられないわね」
「本当に何もありませんでしたよ!?」
成恵さんまで俺を疑い始めている。
なぜ誰も信じてくれない!
「君のことはシルビアからはただの先輩だと聞いているのだが?」
「そうですよ! だから何もなかったといってるじゃないですか!」
「……信じられん」
「どういえば信じてくれるんですか!? お前だって俺とそんな関係になりたいわけじゃないだろ!」
「当たり前です。気持ち悪い想像しないでください」
「お前が余計なことを話した結果がこれだからな! なんでそんなことを言った!?」
「歩波さんが義妹になってくれるなら……一晩くらいの過ちは……既成事実を、たとえこの身をささげても」
「だから何も起きてないだろ!! それっぽく言うな!」
つか、その時は歩波のことを知らなかっただろうが。
「本当の目的は何だ?」
「…………先輩の困った顔が見ることができて満足です。ただただ私は満足です」
こいつはこういう奴だ。感動した俺が馬鹿だったよ。
その言葉が本当だと信じてくれたのかカレンのお父さんは息を吐いて俺を見る。多分、この人もシルビアに苦労させられているんだろうな。
「まあ、シルビアの件はいい。もう大人だ。男女の付き合いに私が口をはさむことではない」
さっきまで俺のことをごみを見る目で見ていたくせによく言いますね。
「「「「私たちが納得できないです!」」」」
「私だってそうです。先生は男性がお好きではないんですか!? ラブじゃないんですか!?」
「あ、歩くん……とうとうそっちに……」
「由紀恵さん。ちょっと静かにしましょう!? 成恵さんも勘違いしないでください!!」
どんどんカオスをなっていくリビング。
とりあえず、時間はかかったがみんなを落ち着かせる。しかし疑いの目はまだ残ったまま。
一応、事情を説明し終え、カレンの話へと戻る。
「それでカレンのことに話を戻すが……」
カレンの父親が眉間の皺を揉みながら尋ねる。この人も相当苦労していそうだな。
「……はい。お父さん」
「誰がお義父さんだっ!!!!!」
「あー……」
やっちまったよ。
嫁への実家に挨拶に行って男の方がやってしまう古典的かつありきたりなミス。
しかし、俺としてはカレンのお父さんの名前を知らないので、ついつい懇談の時などに使う敬称で話しただけだ。だから、カレンもいちいち顔を赤くしないでくれ。
「すいません。では改めてお名前をお伺いしても?」
「……………………-と、だ」
ん? 今名前を言ったのだろうか?
しばらく渋ってから小さく話されたので聞き取れなかった。
「申し訳ありません。もう一度……」
「
まさかのキラキラネーム!?
「お父さんは名前で呼ばれるのを嫌がるんです」
カレンがそのように耳打ちしてくる。
今後は「美雪さん」と呼ばせてもらおう。
「あなたもいくら高城先生が嫌いだからってそんなに当たらないの」
え? 美雪さんは俺のこと嫌いなんですか?
由紀恵さんの何気ない一言は結構効いた。いや、なんとなくわかってたけどね。
「すいません。カレンから学校のことを聞くたびに高城先生のお名前が出てくるので、主人としては気が気じゃなかったみたいで」
「別にそのようなことは……」
美雪さんは由紀恵さんから気まずそうに視線を逸らす。
「分かりやすい態度ね。この子が高城先生に日本語を教わってることを嬉しそうに話してた時なんてずっと憮然として……子離れできない人だこと」
「ぐ……か、カレンも私を頼ってくれればよかったんだ」
「センセがいいです」
カレン、断るのいくらなんでも早すぎるよ。
君のお父さんが殺意を込めた目で俺を見ているぞ。
「思春期の女の子よ。いつまでもお父さんにべったりなんてするわけないじゃない。むしろ離れていくのが必然よ」
聞いていれば父親としての嫉妬が俺を嫌っている原因のようだった。
「とりあえず、今回のことはこちらがお世話になったんだからお礼は言いなさい。本当にありがとうございました」
「ぐ………娘が世話になった……そのことについては感謝しよう。だが、月夜ばかりと思うなよ」
不承不承ながら俺に礼を言う美雪さん。
後半に言っていた俺を呪う言葉を吐いたのは聞かなかったことにしておきます。ちなみに先ほど美雪さんがぼそりと言った言葉は江戸時代からある言葉で「暗闇に紛れて殺し屋を雇ってあなたを暗殺するかも知れませんよ」という意味だ。この人ならできそうな権力を持っているから怖いんだよな。
この人たちならカレンを見捨てるようなことはしないだろう。
むしろ、過剰な愛情を見る限り美雪さんは手放すことはしないだろうな。
俺は俺で身の危険を感じたほうがいいかもしれない。
……
………
…………
話もまとまったところで俺たちはカレンの家の車でそれぞれの家に送ってもらえることになった。カレンの家族と俺たちを乗せるとなると人数制限があると思ったのだがその問題は杞憂に終わった
マンションの地下駐車場にはそれなりの高級車が並んでいる。しかしその中で1台だけ異彩を放つ車があった。
リムジンだ。初めて見た。
しかも運転手までもが車の前に控えており、美雪家の人間を見ると一礼した。
いざ車に乗り込もうとすると美雪さんから待ったがかかる。
「すまない。このリムジンは8人乗りでね。高城先生には歩いて帰ってもらおう」
うわ! ス●夫みたいな仲間外れだ!
しかも真顔で言っているから嘘でないのは俺にでもわかる。
「ベタな仲間外れしないの! 先生お乗りください」
由紀恵さんに背中を叩かれて、由紀恵さんに車の中に促される。
さすがはリムジン、セレブの乗り物だ。乗車人数は8人どころか10人でも余裕でいけそうだった。
中には冷蔵が内蔵されており、当たり前のようにテレビがある。本革のソファは俺の乗っている車とは比べ物にならないほど座り心地は良かったが、高級感に酔いそうだ。こんな車に乗れるなんて考えたこともなかった。
涼香、観月も乗ったことがないであろうレベルの車に落ち着きなさそうにしているが、夕葵はさすがというか、いつもの凛とした佇まいだ。
リムジンが走り信号に止まるたびに外からの視線がこの車に集まってくるのが分かる。
商店街前につき、多くの視線の中リムジンから降りる涼香は何とも恥ずかしそうだった。よかった、商店街に家がなくて。
夕葵を送り届けると今度は三日月荘へとたどり着いた。。
「センセ……本当にありがとうございました」
車から降りるとカレンも同じように車を降りて再び頭を下げた。
「気にすんな。けど、もう次は泊めないからな」
俺はそのことを固く誓ってカレンの頭を撫でる。
ドンッと車から何かを殴るような音が聞こえた。きっと美雪さんが中で車体を殴りでもしたのだろう。
「じゃ、また学校でな」
「ハイ!」
元気よく返事をするとカレンは車に乗り込む。
車がみえなくなるまで俺が見送るとアパートへと身体を向ける。
「ねえ」
観月に声をかけられ、振り返る。
「どうした?」
「あのさ。歩ちゃんって彼女をこのアパートに連れてきたことってあるの?」
「いきなりなんだ……」
「教えてよ」
なんだ、このアパートで淫行が行われていないかと疑っているのか。
「……ねえよ」
「ふーん……ならさ、アパートに遊びに来たことある女の人ってシルビアさんだけ?」
「まあ、そうかな……「部屋に連れてけー」っていう女は何人かいたけど全部断ってきたし」
思えば、彼女も連れてきたことがないな。
周りの女や当時の彼女の性格ことを考えるとあまり連れ込みたくなかったんだよな。そしてそれが正解だということは後々分かった。
「あ、マジでシルビアとは何もなかったからな!」
「それについてはもう疑ってないよ。けど、あんま連れ込まないでよね。こっちは気が気じゃないんだから」
「はいはい」
観月に「おやすみ」の挨拶を告げると俺は自分の部屋に戻っていった。
◆
カレン
車が動き出してセンセの姿が見えなくなるまで私はずっとセンセの事を見ていました。センセの隣には昨日まで自分がいたと思うと羨ましくも思い、同時にほっと落ち着いてもいました。
「なに!? あの教師の父親があの黒沢景士!?」
「正確には先生の父親というより、妹さんの方ね。先生は養子にはなっていないみたいだけど」
「……………なんでもっと早く教えてくれなかった……」
「残念ね~。いつもパーティーに誘って断られている人なのに」
お母さんはお父さんに今更ながら歩波さんのお父さんのことを教えていました。
お父さんが黒沢監督の映画のファンだということは知っていましたが、会えなかったことを心底悔やんでいるようでした。
けれど、あまり知られていないセンセの情報を知っていることについて私はお母さんに尋ねました。
「センセの事調べてたんですか?」
私はお母さんが持っている電子端末に視線を向けました。
「気分をわるくしてごめんね。先生の事を信用しているしていないとまではいかないけれど、それを断言できるほど私は先生についてそこまで詳しいわけじゃないから」
いつもの私たちとアニメの話をしているお母さんではなく弁護士としてお母さんがいました。
「一晩預けるのだって正直どうかと思ったのだけれど、シルビアが大丈夫だというからね」
シルビアさんを見ると特に反応する様子はなく、何も言わず佇んでいるだけでした。
「けど、珍しいわね。あなたが太鼓判を押すなんて」
「先輩とはそれなりの仲ですから。今まで私に手を出してこなかったのも事実ですし」
まるで、手を出してこなかったことを拗ねてるみたいに聞こえました。
「ふん。あんなの、ただそこそこ顔がよくて背が高いだけじゃないか。教師などせず、俳優にでもなればよかったんだ」
「弟さんが俳優の上代渉です」
「は?」
「運動神経もよく頭を悪くないですね。性格も悪くないですし、教師なので常に安定した収入が見込めます」
「非の打ち所がないわねー」
朗らかに笑うお母さんに対してお父さんはさらに顔を顰めます。
家までの距離ももうすぐになってきました。1日しか家を空けていなかったはずなのに、随分と長い間いなかった気がします。
「さて、もうそろそろ家につくわ」
「はい」
「帰ってからたっぷりと話を聞かせてもらうから。覚悟してね?」
「…………はい」
私はこれからお母さんに尋問じみたOHANASHIがあるのは間違いなさそうです。
「あ、先生の事はお父さんがいないときに聞かせてね」
お父さんに聞こえないように耳打ちされた声は私の気持ちをすべて知っているような声色でした。
家についてから私はお母さんとシルビアさんと一緒に川の字に寝させられて、根掘り葉掘り話をさせられるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます