第108話 生徒たちのクリスマス
観月
年内最後の学校行事といってもいい定期考査も終わった。そこからはあっという間に季節は冬になって、もうじき冬休みがやってくる。
年内の憂いもなくなってアタシは気分良くバイト先に向かっていた。
クリスマスは友達で集まることはない。
みんなそれぞれ予定があると聞いているから、アタシは定期考査が終わってから年末までの短期間のバイトを始めていた。
今日はクリスマスで最も忙しくなる日だった。
「おはようございます!」
アタシは店の裏口に回って店の人たちに挨拶をすると既に仕事に入っていた人たちが笑顔で迎えてくれた。スタッフは男女の割合はほとんど同じで年齢も若い人たちが多かった。
「おはよう、観月ちゃん」
「百瀬さん。おはようございます。今日もご指導よろしくお願いします!」
アタシは店の中にある女性更衣室でコックコートに着替える。
アタシは百瀬さんの店――ラ・パルフェの厨房で働かせてもらっていた。もちろん、バイトだから簡単な仕事しか任せてもらっていないけれど、料理に携わる仕事ができるのは嬉しかった。このバイトを紹介してくれた嵐ちゃんには感謝だ。
調理の邪魔や髪が料理に入らないようするためにまとめて頭に巻いたバンダナの中にしまう。
調理場に出るとアタシに割り振られた場所へと移動して食材の下ごしらえをしていく。
アタシはシェフに頼まれた食材を切ってトレイに移していく。
バイトという立場では調理に関わらせてもらえるのは嬉しい。これも嵐ちゃんが百瀬さんにアタシを勧めてくれたおかげだった。
クリスマスともなればケーキを販売しているこの店はもっと忙しくなるんだろうな。少しでも役に立てるように頑張らないと。山のように積んである食材を頼まれたサイズに切っていく。
「観月ちゃん。ここからここまでもうちょっと見直して」
「はい!」
デコレーションに真剣に打ち込む百瀬さんはちょっと見ただけでアタシがちょっと戸惑ったところを見つける。厳しいけれど、本当に勉強になる職場だ。
◆
涼香
「いーいーかーらー、早くネームの続きを送ってくださらないかしら? あなたがラスト書き直し希望したんでしょ?」
書店の職員休憩室で休憩がてら勉強をしていると、お母さんが笑顔で机を指でトントン叩きながら電話向こうの相手に話していた。
指を机でトントン叩くのはお母さんがイライラした時に出る癖だ。ましてやそれが笑顔の時は下手に刺激するとこっちにも飛び火するから何も言えない。
「え? これから? 彼氏と? デート? 関係ないわよね。そういえば彼氏にはこの趣味は秘密って言ってたわよね。なら、早く原稿送ったほうが身のためよ? その彼氏と“さよなら”したくないでしょ? それとも何? 今からクリスマス返上で原稿書かないといけない私たちのことをいったい何だと思っているのかしら」
「お母さん、怖……」
私と同じように休憩していた美香がお母さんを見て恐れおののいている。
「まだあんなのは序の口よ。これから修羅場が待ってるんだから」
さりげなくお母さん、私たちって言っていたから私と美香のことも数に入っているんだと思う。
「私、受験生なんだけど……」
「美香なら大丈夫よ」
受験を理由に逃げさせやしないわ。
私だって、高校受験のときも似たようなことをしたんだし。きっと大丈夫。
「あら? やる気になってくれた? そうねぇ今日の17時まで待つわ。え? 無理? 時間が足りない? この業界、健康より原稿よ。ブラックなんて通り越してダークなのよ。その程度の覚悟で私に作画を頼んだの?」
電話向こうの相手に威圧するお母さんをみてああはなるまいと誓う。
美香が教材を見ながら私に話しかける。
「そういえば、さっきあいつ来てたよ」
「あいつって古市君?」
美香は古市君のことが嫌い過ぎて名前すら呼ばない。現に今も私が名前を読んだだけで嫌そうな顔をする。
「うん。多分、「イルミネーションを一緒に」……だと思うよ。私の店番中ちらちらと店の中を見てた」
私は今日はオフとなっているから店には出ない。特にこの時期はあまり外には出たくない。
昔はよくイルミネーションを見に言っていたけれど、知らない男の人に声をかけられるようになったから行かなくなった。それにイルミネーションは家の窓の外からでも見えるし、近くだから何時でも行くことができる。
「ちなみに、ここ一か月はあいつが来てたんだけど知らなかったでしょ」
「え? そんな前から来てたの?」
この1か月は店に来ていないと思っていたから、知らなかった。
「プライド高い人だから、お姉ちゃんから誘ってもらうのを待ってるんじゃない? で、とうとうクリスマスになっちゃたから、色々焦ってるんだと思うよー」
「……風邪をひく前に帰ってほしいわね」
別に彼が風邪をひこうが知ったことではないけれど、私の所為にされたくないだけ。
文化祭で大々的に好きな人がいるといったのに、他校の生徒ではまだ私に告白してくる人がいる。
迷惑とまではいわない、好きになってもらえること自体は嬉しい。古市君を除けば。
けれども、何の接点もない人にいきなり好きだといわれても困るだけだ。
何も知らない相手から好きだといわれてもいまいちピンとこない。
なにより私は、好かれるより自分で好きになった人と付き合いたい。
いくら周囲が私のことを評価してくれていても好きな人が私のことを何とも想ってくれていないと何の意味もない。高城先生に好きになってもらえるなら私は何だってするつもりだ。
「……恋愛って難しいわね」
振り向いてほしい人は全く振り向いてくれないのに。
高城先生はあの手紙の続きを読んでくれたかな。
◆
夕葵
「「「メリークリスマス!!」」」
かんぱーい、と打ち鳴らされたグラスに入っている飲み物は当然ジュースだ。
静蘭学園弓道部は全国大会が催される最寄りの宿泊施設のホテルでクリスマスを祝っていた。
ホテルの食べ物を食べるほどの余裕はないので、コンビニで買ったお菓子をもって、部屋に集まっていた。規模の小さいパーティーだけれど、高校生がするパーティーとしては十分なものだろう。それにクリスマスに欠かせないケーキは柳先生が買ってきてくれた。
「何で弓道の大会ってクリスマスにあるんでしょうねー」
「一緒に過ごす彼氏もいないでしょ」
明日、明後日ともに大会を控えているのだが、今くらいは息抜きをするようにと柳先生に許可をもらっていた。
「でもさー、好きな人とのクリスマスは憧れるよねー」
「「「それな」」」
やはり部活に集中したいといっていても年頃の女子なのか恋人と過ごすクリスマスにあこがれを持っているようだった。
「そういえば、好きな人で思い出したけどさ。文化祭での桜咲さんの告白はおどろいたよねー」
「あれはびっくりしました。いったいどんな人なんでしょうね」
「きっとその人とクリスマス過ごしているんじゃないかな」
残念ながら涼香は家の手伝いでその人とは一緒にいない。
私たちの誰も先生と一緒にクリスマスを過ごすことはできないのだ。
「夕葵」
弓道部の同級生がこそっと私に耳打ちしてきた。
他の人には聞かれたくないことがあるのだろうか。
「なんだ?」
「美幸のことなんだけど……」
「……ああ」
「そろそろ、話しかけてあげてもいいんじゃないかな」
私は夏の大会での高城先生との一件を機に後輩の美幸とは一切話すことはしていなかった。別に私は無視をしているわけでもない。向こうが私から逃げるようにして去っていくのだ。それに、あの一件について謝罪もない事から私は彼女を許すこともしていない。
「何があったかは知らないけどさ……」
「むこうが避けているだけだろう。私から何かすることはしない」
知らないのであれば簡単に踏み込んできては欲しくない。
部内の雰囲気が悪くなるのはわかるが、私から手を差し伸べるなんて真似はしない。
美幸は今日の大会には参加していない。
大会のメンバーではないというのもあるが、ちょうど陽太くんが学園に迷い込んできた当たりくらいの日に大会の同行を拒否したと聞いている。おそらく私と顔を合わせる機会を減らしたかったのだろう。
「あ、みてみて! 他の子たちからメッセ来てる!」
どうやら、大会に同行していない部員たちから応援のメッセージが送られてきたようだ。弓道部はグループでつながっているから私の携帯にも応援メッセージとともに向こうは向こうでクリスマスを楽しんでいる画像が送られてきた。
写真には駅前のイルミネーションの画像が添付されている。私がよく買い物で使うスーパーでもこのイルミネーションの広告は載っていた。
「……ん? あれ? ねーこれってさ! 高城先生じゃない?」
「ああ! ほんとだ!」
何やらみんなが送られてきた写メに歩先生が映っているようだった。
高城先生の姿がみたくて、私はその写真を探す。
高城先生の映っている写真というのは写真は先ほどの話に出てきた美幸から送られてきたものだった。
高城先生が水沢先生と一緒に写っている写真だった。
「デート中かな?」
「担任と副担任の関係だけじゃなかったんじゃない?」
「イルミネーションデートかな、いいな~」
みんなが高城先生と水沢先生の写真を見て様々な憶測が飛び交う。
「……私は少し早いが寝させてもらおう」
「えー、もう寝ちゃう、の?」
「夕葵はこの2人のことをどう…思……いますでしょうか。なんか話しかけてすいません! おやすみなさいませっ!!!」
「なんか、夏野先輩……怒ってませんか?」
「しまった、美幸の話はまだしない方がよかったかも」
別に私は怒っていない。
だが、これ以上心を乱される前に眠ったほうがいいだろう。
私は自室に戻りいつもより早く眠ることにした。帰ってからこの写真のことを聞かせてもらおう。
――それはもうしっかりと聞かせてもらいますから。
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