第109話 教師たちのクリスマス

 年内最後の学校行事といってもいい定期考査も終了し、テストの採点も終わった。俺たち教師も生徒もようやく一息つけるようになった。


 涼香たちの協力のおかげもあってか、歩波は補修を何とか免れることができていた。あいつは今日仕事ということで学校を休んで地方に営業に出ている。


 色々と慌ただしかった今年も秒読みとなってきている。

 今日はこの冬一番の冷え込みになるということから、行き来する人たちの装いは完全に冬物となっている。

 俺も朝はトレンチコートを着用してマフラーを巻いているが、それでもちょっと寒かった。

 夜となればますます冷え込む。吐く息は煙でも吐いたのかと思うほど白い。


「すいません。高城先生、お待たせしました!」


 水沢先生がこちらまで走ってやってきた。

 着ている服はふんわりした雰囲気のコートを羽織っている。水沢先生の素材の良さもあって全体的に柔らかい印象を受ける。


「いえ、さほど待っていませんよ」


 今日は水沢先生に誘われてイルミネーションを一緒に見に来ることになっていた。

 イルミネーションは毎年12月の1週間だけ商店街から駅までの道のりを使って催されるものだ。結構、規模も大きい。


 しかし、水沢先生は12月25日――クリスマスという貴重な日を俺なんかと一緒でいいのだろうか。


「すいません。お忙しいのに誘ってしてしまって」

「水沢先生はイルミネーションがお好きなんですか?」

「は、はい。昔はよく友達と見に来ていたんですけど……一人では……」


 男一人で遊園地に行くみたいなものか。


「高城先生はいつもクリスマスはどのように過ごしていたんですか?」

「去年は特に何もなく」


 正しくは去年“も“だが……。

 大家さんに頼まれてサンタとして陽太の枕元にプレゼントを置いていたのは話さなくてもいいだろう。


「あ、でもちょっとした夢が叶いましたね」

「夢ですか?」

「ええ……ケーキをワンホールを誰にも分けることなく食べました」


 子供のころならだれもが夢に描いたことだろう。

 ワンホールケーキを切り分けもせず、フォークをそのままケーキに差して蹂躙するように食べた。幸せだった。


「あ、ふふふ、子供みたいなことされるんですね……でもちょっとうらやましいかもしれません」


 水沢先生は一瞬呆気に取られて様だったがクスリと笑い出す。


「水沢先生ならわかってくれると思いました」


 水沢先生もケーキ大好きだからな。

 さすがに生クリームを食べ過ぎると気持ち悪くはなったのが、気持ち的には大変満足のいくものだった。そのケーキは百瀬に頼んでいて今年のケーキも百瀬に頼んである。店が終わり次第、届けてくれるという。向こうとしても捨ててしまうより食べてもらった方が言いということだ。


「俺としては、今年はいい思い出ができそうです」

「わ、私もです……」


 ……

 ………

 …………


 近くのレストランで食事を終えると、俺たちはイルミネーションの行われている会場にまで足を運んでいた。


「わぁ、すごいです!」

「すごいな」


 商店街から駅前までの様相がまるで変っていた。

 まさしくクリスマスムード一色だ。


 色とりどりの光に照らされた町並みを見て、思わず2人してみとれてしまった。

 こころなしか俺の足取りも軽くなる。まるで光の中を歩いているようだった。


 イルミネーションを見ている人はやはりといっていいのかカップルが多い。

 駅から続いているイルミネーションもあり、雰囲気も抜群だ。

 恋人と歩くならこれ以上のない環境だろう。イルミネーションの陰でイチャイチャしているカップルも視線に入ってくる。


「あ、高城先生!」

「「!?」」


 俺の名前を呼ばれて思わず体が反応して振り返ってしまった。

 そこには静蘭の制服を着た女生徒がいた。

 何度か顔を合わせたことのある生徒だ、確かこの子たちは弓道部だったはず。


「あー、水沢先生も……もしかして、デートですか?」

「ち、違います!」


 水沢先生は大きな声で否定する。


「弓道部は全国大会で今日は休みなんじゃないのか?」


 夕葵も22日から休みをもらって学園には来ていない。

 ここに居るメンバーは弓道部の子たちだろう。

 そこには以前、夕葵との一件で色々やらかしてくれた夏野……美幸さんの姿もあった。不機嫌そう顔で俺とは視線を合わそうとすらしない。結局、あれから夕葵とはどうなったんだろうか。


「あれは任意ですよ。選手以外は実費になっちゃうんで、学校にいきました」

「それで、応援メッセージとここの写メを送ってあげようと思って!」


 スマホをイルミネーションに向ける。

 帰ってくるころにはイルミネーションも片づけられているからせめて写真だけでもということだろう。あの子たちはクリスマスを捨てて大会に出ているのだ。高校の時は「なぜサッカーの国体は冬にあるんだ!」とサッカー部の仲間が嘆いているのを聞いた。俺も嘆いた。涼しい顔をしていたのは透だけだったな。


「あまり遅くならないようにしろよ」

「うえー、今日くらい大目に見てくださいよー」


 今日くらいは別に見逃してあげてもいいのだが、立場上は言っておかなければならない。


「じゃあ、気をつけてな」

「先生もデート頑張ってくださいねー」


 最後に余計な一言を残して彼女たちはイルミネーションに携帯を向けて写真を撮り始める。でもそうか。人によってはデートに見えてしまうのかもしれない。


「……なんかすみません。俺なんかとデートしてるって思われて」

「いえいえ! 私がお誘いしたんですから!」


 なんだかお互いが妙に照れくさくなって、会話はなくなってしまう。

 俺と水沢先生は駅前にあるツリーのところまで移動する。


 駅前に植えてある大きなツリーは今日のために植えられたといっても過言でないほどのものだった。

 宝石色をイメージしたツリーは幻想的な空間の中で最も輝いていた。


「あのサンタ。まるでツリーを上っているみたいですね」

「本当ですね」


 写真を撮ろうかと思いスマホを取り出す。

 水沢先生も同じようなことを考えていたのかスマホを取り出すと、ちょうど着信があった。


「あ、すいません。ちょっと電話が……」


 水沢先生は俺から少し離れたところへ移動して電話に出る。

 人が電話しているのを見ているのはなんだか急かしているように見えてしまうので俺は視線を再び、ツリーに移した。


 数分もしないうちに水沢先生は戻ってきた。


「……高城先生。申し訳ないのですが、父が私を向かえに来たらしくて……」

「お父さんがですか?」

「門限を過ぎているからと……何度も説得してみたんですけれど」


 門限といってもまだ夜の8時前だ。今どきの高校生はまだ遊んでいる時間だと思うのだが。どうやら、水沢先生のお父さんは随分と過保護のようだ。親からすれば子供はいつまで経っても子供なのかもしれない。


「わかりました。お父さんを待たせてはいけないので、帰りましょうか。今日はお誘いくださってありがとうございました」

「わ、私の方こそお付き合い頂いてありがとうございました!」


 水沢先生のお父さんは車で迎えに来たらしい。

 このイルミネーションイベントの影響で駅周辺には交通規制がかかっている。駐車スペースは駅からかなり離れた場所になるので、そこまで送ろうかと思ったのだが、申し訳ないからと断られてしまう。

 水沢先生は最後まで申し訳なさそうに頭を下げていた。


 1人になった俺は何気なしにツリーを見上げていると鼻の頭に白い物が落ちた。


「雪か……」


 羽毛のような軽やかな雪が舞い降りた。

 地面に落ちた雪は地面に吸い込まれるかのように消える。

 この雪では積もることはないだろうが、演出としての役割は十分果たしてくれている。予報にもなかった突然の空からの贈り物に周囲の人たちは嬉しそうな声を挙げる。


 何気なく周囲を見ると俺の目はある人が目に入った。


 雪の降る町並みにまるで雪の妖精がいるようだった。


 ベンチに座っている少女に声をかける。


「カレン?」

「……センセ……」


 俺の声に気が付いた彼女は顔を挙げる。

 カレンはクリスマスという特別な日に似つかわしくない涙を目に浮かべていた。


「……どうしたんだ? 昨日から海外へ行っていたんじゃないのか?」


 歩波からカレンはどこかの家のクリスマスパーティーに招待されていることを聞いていたのに、なぜこんなところにいるのだろうか。


「センセ……私、わたし……」

「お、おい!」


 透明な二粒の水滴が瞬きと一緒にはじき出される。


「家に帰れなくなっちゃいました……」

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