第99話 文化祭 エピローグ
窓の外はいつの間にか暗闇に覆われていた。
今までキャンプファイヤーの灯りと賑わしさで気が付かなかった。
「……………ふう」
締めの一文を書き終えると、俺は走らせていたペンを無造作に机の上に放り投げる。
おわった、俺の中でようやく文化祭が終わったという実感があった。
賑やかな外と違って教室の中にはにはカラカラとペンが転がる音だけが響いた。俺は文化祭のレポートの提出ということで今ようやく書き終えることができた。
涼香は文化祭の片づけをしているときに終わってしまったと切なそうにしていていたが俺には達成感と解放感の方が大きかった。多分、生徒と教師では価値観が違うのだろう。
――やっぱり、あの子たちとは違うんだよな。
生徒との価値観の違いにちょっとした寂しさを覚えた。
「疲れた……」
俺はその場から動くこともなく、ただ上を向いて天井を仰いでいた。
教室の飾りつけも片づけられており、いつもの教室と何ら変わりなくなっていた。ただ黒板には今日の喫茶店の看板アートが残っており、今日のことを実感させられる。
「でも………楽しかったよな……」
制服を着させられたことも、パレードのことも色々あった。
内心辛かったと思っている傍ら、終わってみると楽しいと思っている自分がいたのだ。
窓の外ではキャンプファイヤーを囲み、賑わいを見せている生徒たちがいる。
時間は午後8時。
盛り上がっている生徒たちには申し訳ないがそろそろ解散させなければならない時間帯だ。
俺は先生方にキャンプファイヤーのことは完全に預けているので、こうやってレポートに集中することができた。
キャンプファイヤーが終わればそのまま解散となるので誰かが教室に戻ってくることはないだろう。
「……ふあぁ……」
全身がやり切った感のような気怠さもあり、眠気が襲ってくる。
そんな眠気にも抗うことができず、俺は腕を枕に机に突っ伏すようにして眠りについた。
◆
キャンプファイヤーが終わって教室に入ると生徒の机ですやすやと眠っている人を見つける。
それが片思いのあの人だとわかると不思議と笑みがこぼれてきた。
考えてみれば今日の文化祭の準備でここ数週間まともに眠っていないと聞いている。
机の上を見ると書き終えた日誌が開いたまま置かれていた。眠気も限界が越えて今までは何とか気力で持たせてきたけれど、眠ってしまったんだろう。
喫茶店の時、客に使ったひざ掛けがあるのを思い出して、風邪をひかないように彼のそっとかける。
「……」
むにっと頬を指でつついてみる。
「……ん……」
むず痒そうに反応するけれど、わずかに顔が動くだけで起きる様子はなかった。
指先で頬や前髪を撫でる。
それでも起きない。
「……」
どれだけ顔を近づけても彼が起きることはない。
吐息で前髪が揺れる。
「……ん……」
そっと意識のない彼の頬に「お疲れ様でした」という意味と「愛情」という2つの意味を込めた唇を落とす。
いつまでそうしていたかはわからない。
している間は息もしていなかった。
そっと唇を離して先生が起きていないことを確認する。
片手で触れていた唇に触れる。
――卑怯……
そんな単語が脳裏をよぎる。
けれどもしてしまったことに後悔はない。
半ば逃げるように、教室から出ていく。
心の中で友人たちに懺悔しながら何食わぬ顔でいつものメンバーと合流する。
「あ、きたきたー」
彼の妹と友人たちが自分を待っていてくれた。
先ほどのことを思い出すと罪悪感が湧いてくる。
けれど、そんなことを顔に出さずに今日のことを話しながら、仲間たちと帰路へ着いた。
◆
「高城先生、高城先生!」
「んあ……」
声をかけられて目を開けると、眩しさで目が痛くなる。
キャンプファイヤーの明かりも消えていた。
明かりの正体は教室のライトのものだった。
「……あれ? 水沢先生?」
「はい。職員室にも見えなかったので、他の先生方も探してましたよ」
「ほんとですか? ああ、しまった……」
レポートを書き終えて、油断してしまったようだ。
まだ頭が正常に働いていない。
慌てて立ち上がると肩にかかっていたひざ掛けがはらりと床に落ちた。あれ? こんなのかけてなかったよな。誰かがかけてくれたのか? 水沢先生ではなさそうだし、一体誰だろうか。
「な、何か用事ですか? あ、キャンプファイヤーの後片付け」
「終わってますよ」
うわ、しまった。
後片付けにも参加できないくらいに寝入っていたとは。
「すいません」
「随分とお疲れだったんですよね。ぐっすりでした、まだお疲れですか?」
「いえ、寝て大分すっきりしました」
「それならよかった」
「……もしかして、俺たちが最後ですか?」
「ええ、まあ………」
学園の施錠のカギは俺が文化祭前夜まで俺が管理をしていたので俺が持っている。
「すいません。よろしかったら駅まで送らさせてください」
「いいんですか? ありがとうございます」
施錠を確認すると俺は水沢先生を駅まで送り届け、家にまでたどり着いた。
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