第85話 事前説明②

 商店街前のバス停で降りると、俺はまず涼香・・が言っていた骨董品店から向かうことにした。

 名前で呼ぶことを躊躇するかと思ったが、意外とすんなりと呼べたな。


 やはり買い物でにぎわうこの時間帯。多くの人が商店街を行きかう。


 すれ違う人たちのほとんどが俺たちを見て振り返る。

 まあ、すれ違う人が見ているのは涼香なのだろうけれど。

 抜群の容姿に格好が格好なだけに、いいところのお嬢様みたいだ。


 涼香の言っていた骨董品屋は商店街に入ってすぐだった。


 店はお世辞にも人が入っているとは言えなかった。

 閑古鳥が鳴いてるとはまさにこのこと。

 店の前に涼香を待たせて、俺は一人で店の中へ入っていった。 

 棚の中には桁が1つ多いような茶器や壺などが並べられている。こういう物の価値は俺にはわからない。


 店の奥には新聞を広げているおじいさんがいた。

 きっとこの人が店主さんだろう。


「あの、すいません」

「あぁ?」


 俺が声をかけると怪訝そうに俺を見る。

 気持ちはわかる。


「静蘭学園の者ですが、文化祭のパレードの事前説明に伺いました」

「ああ、毎年いつものかい……ところで、お前さん」

「ぶ、文化祭の催し物で使用するものでして」


 この苦しい言い訳、聞いてくれるだろうか。


「こんにちは。お爺さん」

「ん? ……おお、涼香ちゃんかい」


 俺が事情説明する前に涼香が店の中から入ってきてお爺さんの姿を見せる。

 お爺さんも最初は驚いていたがすぐに笑顔を見せる。ご近所パワーおそるべし。


「えへへ。クラスの催し物の宣伝なんです」

「そうかい、そうかい。似合っとるよ。若いころの梢ちゃんみたいだ」

「ありがとうございます」

「今日は、夕葵ちゃんと一緒じゃないんだね」

「先輩のお手伝いです」


 ちょっとした世間話をして俺たちは店を後にした。

 すんなりと用事が済んでほっと息をついた。


「涼香。助かった……」

「お役に立てて何よりです。高城先輩、よろしかったら私もご一緒しましょうか?」


 それは確かにかなり助かる。

 この衣装の説明をするのも俺からだとかなり苦しい。


「いや、涼香の分もあるだろう」

「私はウチの本屋の近所の人たちばかりです。何時でも渡せますし、事情もすでに知っている人たちばかりです」


 その恰好で回らないとなると大変かと思ったが、大丈夫そうだ。


「それに私が一緒だとその……学生の催し物の宣伝だと思ってくれませんか?」


 「その……」の後ろに隠れている言葉は「その恰好を指摘されても」だろうな。


「涼香が一緒だと助かるが……いいのか?」

「はい」


 正直、このまま一人で回ることなんて耐えられる気がしなかった。


「なら、頼む……」


 こうして俺は涼香と一緒に商店街を回ることになった。


「おい、あれ見ろよ」

「うお、すげえ可愛い!」

「どっかのお嬢様かな」


 通りかかるほとんどの男性が振り返り、涼香に見とれる。

 恋人を連れ添っている男性ですら思わず振り返ってしまうほどだ。


 ――なんで、こんな子が俺なんかのことを好きなのか……。


 今も俺の引き出しにしまってある手紙を思い出してしまう。


 ◆

 涼香


「つぎはこの店だな」

「はい」


 先生と並んで商店街を歩くと私たちは一件ずつ店を回り始めた。次は3件ほど離れたお肉屋だった。


「すいません。静蘭学園のものですが、本日は文化祭のパレードの事前説明に参りました」

「はいはい……あら随分と素敵な学生さんね」

「はあ……」


 肉屋のおばさんがうっとりとしながら先生を見る。

 けれど、その隣に並んでいる私を見つける。


「涼香ちゃん。今日は随分とおめかししてるのね」


 先生があいさつをすると肉屋のおばさんの視線が後ろにいる私へと流れていく。


「文化祭の催しで喫茶店をやるんです」


 あらかじめ用意しておいたセリフをそのままいう。


「まぁ~綺麗よ。あ、さっきコロッケが揚がったんだけど食べってって」


 肉屋のおばさんから揚げたてのコロッケを二つもらう。

「食べて、食べて」と目が促すので早速頂く。


 サクッと揚がったコロッケは香ばしくて、具もホクホクだ。先生も美味しそうに大きく口を開けて食べていく。


 ――放課後、一緒に寄り道……まるで放課後デートみたい!


 この瞬間だけかもしれないけれど、先生と肩を並べられた気がしていた。


「旨かったです」

「はい。ごちそうさまでした」


 お礼の言葉を伝えると私たちを見ながら肉屋のおばさんは嬉しそうにほほ笑む。


「ふふふ、いいわね。文化祭かー、涼香ちゃんも青春してるわね」

「そうですか?」

「そうよぉ。いつの間にかこんな素敵な彼氏がいるなんて」

「ええ! あの、その……あの! おばさんっ!」

「あ、デートの邪魔しちゃ悪いわね。おほほほほ」


 私の弁明を聞かず店の奥へと引っ込んでしまう。

 い、今の発言を先生はどう思っているのかな。


「……俺ってそんなに高校生に見えるのか」

「あ、あはは……そっちですか……」


 けれども、ごめんなさい先生。

 正直、私もそう思ってました。

 そうじゃなかったら、先輩なんて呼び方は思いつきませんでした。


 でも彼氏だなんて……なんという嬉しい勘違いをしてくれるのだろうか。肉屋のおばさん。今度、すき焼き用のお肉一番いいのを買わせていただきます。


「涼香。クリーニング屋の人が帰ってくるのは何時ぐらいになる?」

「えっと、ですね」


 いつもは18時には帰ってきているはずだ。

 私は商店街の広場に備え付けてある時計を見ると広間の時計の針は18時5分を指していた。


「も、もう少しかかると思いますので!」

「まだ、この格好か……」


 分かりやすく落ち込む先生に私は心の中で詫びる。

 もう少しだけ、一緒に過ごさせてください。 


 次はその隣にあるパン屋さんへ向かった。

 ドアを開けると焼きたてのパンの甘い香りが漂ってくる。店の中にはお客さんもいて入ってきた私たちに視線を送る。


 レジを素通りして、ガラス越しでパンを焼いているおじさんとその息子さんを見つけると、向こうもちょうど私たちに気が付いたようで店の奥から出てきてくれた。


「すいません。静蘭学園の者です」

「ああ、はいはい。毎年ご苦労様。昨年となにか大きな変わりはあるかな?」

「今年はゲストとともに商店街を歩くことになっているので少々人数が増えますね」


 先生がパン屋さんに説明をしていると、お客さんが私たちの方をじっと見ていることに気が付く。


「あの彼氏、カッコいいよね」

「美女には美男、美男には美女がくっつくもんなのよ」

「でも、彼氏って上代渉に似てない?」

「あんな彼氏のいる高校時代をおくりたかったなー」


 ほとんどが先生に対する話題だ。

 やっぱり、人目を引く。商店街を歩いているだけでも振り返る女の人は何人もいた。

 ちょっとした独占欲に駆られて、私は先生の後ろのそっと寄り添った。

 先生には見えないけれど、周囲にはちょっと見せつけるような位置に立つ。


 その後も私は先生と一緒に商店街をめぐっていった。


 ……

 ………

 …………


「ふう……結局、全部終わったか」

「そうですね」


 私と先生は今クリーニング屋の前にいた。

 私の担当も含めて、商店街の人たちへの事前説明は終わっていた。


 今日はガラスに写りこんだ自分を何度も見ている。

 自分の目ではなく、他人の目として意識してみるとちょっとしたデートにもみえる。


 普段の制服とスーツとはちがうからか学生と教師には見えない特別な関係。


「じゃあ、俺はスーツを取りに行ってくるから」

「……はい。待ってますね」


 けれども、この特別な時間ももう終わる。

 借りている服を汚すわけにもいかないので、何気なしに商店街の天井を眺めて今日のことを思い返す。


 ――一緒に並んでいると恋人に見えたんだ……。


 肉屋のおばさんに始まり、色々な人に先生と私が教師と生徒という関係には見られていなかった。

 対等の関係に見られたのは初めてのことでたまらなくうれしい。


 店のカウンターには先生が自分のスーツが出てくるのを待っているのが見えた。この後着替えもあるから、もうちょっと時間がかかりそうかな。


 ガラスに写りこんだ自分を何度も見る。

 ちょっと髪をかき上げてみたり、回ってみたりして普段とは違う自分に酔いしれる。


「あ、こういう時って何て呼べばいいんだろう」


 接客の時とか、メイド服を着た観月が先生の事をご主人様と呼んでいたみたいに、呼び方を変えてみるのはどうかな。


 この格好の時はなんて呼んだ方がいいのかな。

 和服に袴っていうと明治とか大正時代みたい。それなら――、


「旦那様……」


 先生の事をそんな風に呼べるわけないがない。もちろん先生以外の人にそんなこと言いたくもない。

 でも、ちょっと冗談交じりで呼んでみようかな。驚くかな。


「ふっふふ~ん……♪」


 思わず鼻歌を歌ってしまう今日は本当に気分がいい。


「涼香っ!」


 けれども、私の名前を呼んだ声が聞こえるとすぐに鼻歌をやめた。

 すうっと自分の中の熱が冷めていくのが分かる。


「やっぱり、涼香じゃないか。今、君の本屋に行こうとしていたところだったんだ。でも、どうしたんだいその恰好は?」


 古市君が私の格好をみて尋ねる。


「……文化祭で喫茶店をするからその時の服」

「ふ~ん……まあ、よく似合ってると思うよ」


 何だか上から目線な言い方だ。

 いつもなら、彼から距離を取るところだけれど、先生を待っているから離れることもできない。


「でも、涼香にはもっと清楚な色が似合うと思うんだ」

「私は好きよ」

「……ま、色の好みは人それぞれだよね」


 あ、いまちょっとイラッとしたのがわかった。きっと私が彼の意見に反対したからだ。

 先生、早く戻ってこないかな。

 横目で店の中を見てみると、まだカウンターで受け取りを待っているみたいだった。


「……そういえばさ、さっき変な噂を聞いたんだけど」

「何?」

「涼香がさ、静蘭の男子と一緒に歩いていたって、付き合っているんじゃないかって……ははは、そんなわけないのにさ。文化祭の手伝いか何かだろ?」


 尋ねているけれど、そう決めつけているかのような口調だった。

 そして、どこか不機嫌な雰囲気を感じ取れる。


「そうね」


 人が勘違いするのは勝手だけれど、私が先生の彼女なんて言うことを認めるわけにはいかない。


「やっぱりそうかっ!」


 私の答えを聞いて古市君は大きな声で納得する。まるで自分に言い聞かせているみたい。


「涼香は真面目だね。けれど、あんまり親しくもない男子と一緒にいないほうがいいよ。みんなに勘違いされたら涼香だって迷惑だろ?」

「……私は別にそんなことは」


思わずそんな返事をしてしまった。


「あ……?」


 私としては、そんな勘違いをしてもらえてうれしい限りだ。


「ちょっと待ってよ……え? 涼香?」

「……」

「ねえ? どういうこと? ねえ!?」


古市くんがしつこく私に尋ねる。


「どういうことだって聞いてるんだよっ!」


 私の手首を掴んで自分の方に寄せるので思わずよろけてしまう。


「ちょっと! やめて!」


 私は古市君から距離を取ろうとするけれど、彼は私の手首をつかんで離そうとはしない。とにかく腕を振りほどこうとしたけれど、そうするとますます力を入れられてしまう。男子の手加減なしの力に私は痛みでわずかに顔を顰める。


 痛みだけじゃなくて、なにか得体の知れない気持ち悪さも合わさって、彼に恐怖心を抱いた。


「離して!」

「だったら教えてよ……涼香は、涼香は!!」


「――何やってんだ!!」


 クリーニング屋の入り口から先生が飛び出してきて、私の手首をつかんでいる手を振り払ってくれた。


 そのまま私を庇う様に彼の前に立ちふさがる。

 先生はいつもよりどこか険しい目つきで古市君を見ている。先生に睨まれた古市君は一瞬ひるんだが、歯を食いしばってじっと先生を見据えていた。


「涼香。大丈夫か?」

「あ、はい……ありがとうございます」


 無意識に先生の背中に隠れる。

 そうするとさっきみたいな恐怖心はちょっとだけ薄れて、胸の中に心地いい温かさが加わってくる。同時に嬉しくも思った。


 ――また、助けてくれた。


 何でこの人はいつもこんなにもタイミングがいいのだろうか。


「……ナンパか?」

「な、ナンパだと!? ふざけるな! そんな軽薄なものじゃないっ!!」

「じゃあ、なんなんだよ」

「僕は涼香の幼馴染だ!」


 「どうだっ!」といわんばかりに言い切る古市君。

 先生は私を窺うように視線を送って尋ねる。

 私は正直どう答えていいかわからなかった。

 幼馴染……確かに長い付き合いではあるけれど、私はそれほど親しい仲と思っていないし、私の中で幼馴染といえば夕葵だ。


「強引に彼女に迫っているようにしか見えないぞ」

「なっ……涼香!」

「怒鳴るな。涼香が怯えるだろ」

「ッ……そういうアンタは何なんだっ!」


 先生の一言が聞いたのか少し声を抑えて私に尋ねる。

 ただ、吠えるのをやめて唸っている獣みたいだ。


「………………」


 先生がどう応えるのか悩んでいる。

 今の先生の格好制服で「教師だ」なんて言えるわけがない。それに信じてもらえるかもわからない。


「赤の他人が僕と涼香の間に入らないでくれ。僕たちは幼馴染で家族同然の付き合いを……」

「ッ……私の先輩。ね、高城先輩」


 古市君の話を途中で遮って、先生の隣に立つと私は今日の設定を思い出してもらう。


「あ、ああ……」


 私の意図が伝わったのか、頷いて首肯する。


「今日は一緒に文化祭のパレードの事前説明にきてたの。まだ仕事が残っているから。じゃあね」

「な、なら僕も手伝うよ!」

「他校の生徒に任せられるわけがないでしょ。それに、これは私たちの仕事なの」

「ッ……」


 事前説明はもう私たちの担当は終わっている。

 けれども、まだ仕事中であるという風に伝えて距離を取る。先生は私の手を取ると私たちはその場を離れた。


 ……

 ………

 …………


 彼の姿が見えなくなると、私はほっと一息をついた。

 さっきのこともあるので、このまま先生は私を家まで送ってくれた。


「ごめんな。もう少し早く助けに行けばよかった」

「いえ、私がもっと強く拒めれば」

「助けたけれど、幼馴染だったんだ」

「……小学校と中学が同じなだけです。私にとっての幼馴染は夕葵だけです」


 誰と誰が家族同然の付き合いよ。

 碌にうちの家族と話したこともないのに。


「彼……古市君っていうんですけど、小学生の時によくいじめられてたんです。物を隠されたりとか、些細なことなんですけれど。一度、母に渡そうと思っていた誕生日プレゼントを台無しにされたがありました」

「……」

「当時の先生に相談しても「好きな子にはイジワルしたくなるもの」って真剣に取り合ってくれませんでした」


 そういう男子の心境は本当に理解できない。

 大人からすれば微笑ましいことかもしれないけれど、当事者からすればいい迷惑だ。


「……先輩も好きな人に意地悪したくなりますか?」

「……どうだろうか。小学校はいじめられてたし、そういうイジワルとかよりももっと露骨なことをされてたからな」

「先生がですか?」


 私は先生の言葉に驚いた。


「ああ、子供のいじめって自分たちと違うところがあればそこをよく突いてくるだろ? 俺の場合は人とは異なりすぎてたから。それに態度も生意気だったし」


 先生はちょっと昔を思い出すような顔をする。


「小学校だと上履きが隠されているのなんて序の口、家に石を投げこんでくる奴もいれば、弟をイジメる奴もいた。正直、碌な思い出がないな」


 あはは、と苦笑する先生に私は何も言えなかった。


「……好きな人に対するイジワルは、ちょっとでも自分に関心を向けてほしいからかな」

「関心ですか?」

「どんな形でもいいから、意識を向けてくれると嬉しいんだろうな。大抵嫌われる原因になるから無駄なことだけど」


 それは、私でもわかる。

 夜眠る時とかに先生のことを思い出すと、とても幸せな気分になれるから。


「あ、でも先輩も歩波さんによくイジワルしてますよね。その理屈で言ったら先輩は歩波さんのことが大好きなんですね」

「……俺の方がされていると思うけど?」

「それなら、お互いのことが大好きなんですよ」

「……前から思っていたけど涼香ってちょっとイジワルなところがあるよね」


 ちょっと恨めし気に私の方を見てる先生はちょっとかわいい。

 それに、好きな人へのイジワルという心境もちょっとわかった。

 その人のいろんな顔を見たいんだ。

 けど、まったく興味のない人からされればただの嫌がらせで逆効果。先生は、極端に嫌がっている様子はない。照れているといった方が納得できる。


 そんな話をしているうちに私は自分の家の前までたどり着いた。


「じゃあ、俺はここで今日は助かったよ」

「はい、私も楽しかったです」


 家の中に入ろうかと思った時にちょうど店の自動ドアが開いた。


「あら、涼香。お帰りなさい。どうしたのその恰好は」

「ッ……」


 私が家に入ろうかと思った時にちょうどお母さんが店の中からでてきた。

 多分、外に出してある雑誌を引き下げに来たんだろうな。


「ちょっと、服が汚れちゃって。和久井さんに借りたの」

「そう。汚さないようにしないとダメよ」

「わかってる」

「あら、そちらの……男の子は……もしかして高城先生ですか?」


 お母さんが目ざとく先生の存在に気が付く。

 先生はお母さんの呼びかけには振り返らない。きっとみられたくないんだろうな。さっき息をのんだ音が聞こえたもの。


 先生は立ち去ろうとするけれど、お母さんは素早く動いて先生を正面から見る。


「まあ! やっぱり!」

「あの、これはですね……」


 先生はしどろもどろになりながらも弁明をしようとする。

 けれど、うちのお母さんが手強過ぎた。


「ご趣味ですか?」

「違います!」

「いいんですよ。隠さなくても、よくお似合いです」

「本当に違いますからね!」

「あ、写真撮らせてもらってもいですか?」

「店長、話聞いてます!?」


 お母さんは先生の弁明を聞かずに先生に写真を求めている。

 多分、先生が恥ずかしいの知っていながら頼んでいるんだろうな。写真撮ったのなら私も欲しいな。


 そのあと、私と先生のツーショットをお母さんに撮ってもらうと、先生は逃げるように商店街を後にした。どうせなら、ウチで着替えていけばよかったのに。結局、先生はずっと制服姿のままだった。


「ああ~いいわねぇ。あんな男子が居たら周りの子放っておかなわいわね」


 お母さんはうっとりした表情で先生を見送る。お母さんの気持ちはわかる。今日商店街ですれ違った人たちもそう思っただろうな。


「ね、なんでどういう経緯であんな格好の先生と一緒にデートしてたのよ」

「さっき先生が話そうとしてたのをお母さんが邪魔したんじゃない」

「あら、そうだった?」


 私は家の中に入るとバックヤードで着替えながら今日のことを話した。


「いいわねぇ。私も文化祭の実行委員務めたものよ」

「知ってる。もう耳にタコよ」

「でも、そっか。今年もパレードやるのね。ウチもスポンサーだから楽しみだわー」

「はいはい」

「涼香も何か仮装したりするの?」

「しないわよ。目立つのあまり好きじゃないの知ってるでしょ」

「私の娘がコスプレの一つや二つで恥ずかしがってどうするの!」


 お母さんの怒るポイントはどこかわからない。

 私は店の名前の入ったエプロンをつけて、髪を編み込んでいく。


「それに、先生との距離を縮める絶好のチャンスじゃない」

「コスプレすることのどこがチャンスなのよ」

「わかってないわねぇ。普段とは違う雰囲気に男はドキッとするものなのよ」


 だったら、先生は今日の私の事をどう思っていたのだろうか。悪くはないよね、綺麗って言ってくれたし。


「けれど、そういう学園イベントは一生ものの思い出になるからしっかりと思い出をつくっておきなさいね」


 私からしたらたった3回しかないけれど、先生からすれば毎年経験することなのに……。

 あ、そっかお母さん。先生とのことだけじゃなくて、私のことを言ってくれてるんだ。


「うん。そのために実行委員になったんだから」

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