第72話 読書の秋
「来週から読書週間が始まるので、各自で本を用意しておくように」
読書の秋。
静蘭学園では”秋の読書週間”というものがあり、2週間ほどだが朝のSHRと1時間目の間の15分ほどを読書時間に使用している。持ってくる本は図書館から借りてもいいし、自分で持ってきてもいい。
「先生~漫画はだめですか」
「だめー」
一部、例外はあるがとりあえず、活字主体の本であれば大体のことは認められている。連絡事項を伝えて帰りのSHRが終える。多くの生徒は鞄をもって明日から読む本を探すため図書館へ向かうようだった。
俺もどんな本を読もうかと思案していた。
そろそろ、自分の本棚に新しい本を加えたいと思っていた。これを機に何か新しい本が読みたくなった。
教室を出てから、社会科教員室のカギを教室に忘れていたことに気が付いて、教室へ戻ると、男子生徒たちが空き教室に残って話をしていた。
「だ か らぁ! 至高は俺が持っている“放課後の女教師~教壇からのローアングル~”だって言っているだろっ!!!」
「ちがいますぅ! 俺の持っている“俺を誘惑してくるとなりの幼馴染”だ!」
「馬鹿どもが、“青春くず野郎!~女王様先輩編「あなたが泣くまで踏むのをやめない~」”こそがだなあ」
「まあまあ、みんな熟女が好きなのはわかるけど“兄と幼い妹の十の秘めゴト”のほうが……」
「「「てめえは黙ってろ! ロリコン!」」」
男子たちが自分たちの持っているであろうエロ本を競い合っていた。
頭痛くなってきたな。
「お前らはさっさと帰れ」
「げえ! 高城!」
「盗み聞きとは卑怯な!」
お前らが勝手に始めてたんだろうが。っていうか呼び方。
「……まさか、このことを公表して俺たちの女子の人気を下げるつもりですか」
「なんと鬼畜な」「もしかしたらいままでもそうだったかもしれん」「いや、そうとしか考えられない!」
相沢たちがそんなことを言うが、元から存在しないものをなくすことはできないよ。
「さっきの聞かなかったことにしてやるから」
「んだよっ! 自分だって読んだことあるくせに! 大人ぶりやがって!!」
18歳未満は閲覧禁止の類の本は男子としては常識的なことだ。
同じ男ということから、その点に関しては目をつぶるしかない。
「元はといえば先生が読書週間だっていうから、こんな話になったんですよ」
俺にせいにするな。
「どうせあんたの家にも何冊か隠してあるんだろ! そうなんだろぉ! な、言っちまえよ」
それを言ったらお前ら嬉々として女子に話すだろう。その下種顔に書いてあるぞ。
「あのなぁ、俺の家には年頃の妹がいるんだぞ。もし見つかったらどんな目で見られるか……」
想像するだけで嫌だ。たまにあいつ怖い目をするときがあるからな。
「ほ、歩波ちゃんから……」
「いいじゃないですか! うらやましいですよ!!」
えぇー何想像しちゃっているんですか。ドン引きですよ。
「というより、よく売ってくれるな。最近は年齢確認とか厳しいだろ」
その点を考えればネット通販や配信とかのほうがいい気がするのだが。
そこで矢口がきらりと眼鏡を光らせて、ドヤ顔で答える。
「それに関しては問題はありません。商店街にSAKURAという本屋あるんですよ。あそこなら何も言わずに会計してくれます」
――それは罠だっ!!!
そう叫びたかった。
あの店長は誰がどんな本を買ったか覚えているくらいの記憶力の持ち主だ。
さすがは涼香さんのお母さんなだけはある。
俺はこの男子生徒たちに何も言うことができなかった。
◆
その週の土曜日、昼食を済ませた俺は自分の本を探すべく商店街のSAKURAへと足を運んでいた。
「へぇ、外から見たことあったけど入るの初めて」
自分も本を買いたいというより、ちょうど昼食時だったので、タダ飯にありつこうと歩波が付いてきた。
歩波はこの本屋に来るのは初めてのようだった。そういえば花火大会のときは店の前に来ただけだった。
「じゃあ、適当に見て回っているから」
「エロいの買うの?」
「買わねーよ」
歩波と離れて俺はいつも通りにおすすめのおいてあるコーナーへと足を運んだ。
ここにはSAKURAの店員が面白いと認めた本が置いてある。
最近は店長が置いているであろう、BL系の本が視界に入ってくるようになってきた。その本のタイトルだけで区別がつくようになってきた俺はだいぶヤバいみたいだ。もしかしたら店長の洗脳が効いているのかもしれない。
本を物色していると――
「高城先生、こんにちは。いつもありがとうございます」
「こんにちは、涼香さん」
今日は家の仕事を手伝っているので店名がかかれたエプロンをつけて、髪を三つ編みに、黒縁眼鏡をかけたバイトスタイルだ。ぱっと見地味な女の子だがよくよく見れば並みの女子なんて目ではないほどの器量がある。
「読書週間の本を買いに来たんですか?」
「それもあるけど、新しい本が読みたくなってね」
よく彼女からはおすすめの本を紹介してもらっている。
最初は俺が日本史教師をしているからか日本の歴史小説だったが、最近は涼香さんが年頃な所為もあってか恋愛主体の小説が多い気がする。
涼香さんとは本の趣味が合うのか、どれも楽しめる作品ばかりだ。よく感想を伝えあったり――
――先生は私だけを見て話してくれるから。
涼香さんが書いたラブレターの一文が脳裏をよぎった。
「高城先生?」
「……ああ、ゴメン。これなんかは面白いかな」
動揺を表に出さないように、適当に本をとると誤魔化すように話題を振る。
「面白いですよ。けど、それシリーズなので読み始めるとちょっと長くなります」
「そっか……ちょっと、今はそんな時間はないかな」
「あっ、そういえば“夕顔”が映画化するの知っていますか?」
ラブレターが挟まれていた本だったのでドキリとした。
「……知ってる。主演が上代 渉になったみたいだね」
「“夕顔”つながりで、この作者さんの作品はどうでしょうか?」
「なら、それを買わせてもらおうかな」
「内容確認しなくてもいいですか?」
「涼香さんのお勧めなら大丈夫だよ」
現に、今まで彼女からの勧められた本はどれも楽しませてもらえた。
「あ……ありがとうございます。この作者さんのファンなので、また別の本を紹介しますね。このまま会計しますか?」
「いや、歩波も付いてきているから、一緒に会計するよ」
となれば、歩波を探さないとな。
「にいさーん!」
職業柄か特徴がある声がしたためすぐに見つかった。
どうやら向こうも俺を探していたようだった。
……けど、なんでお前は成人誌コーナーに向かって俺を呼んでいるんだろうか。
ほかの男性客がめちゃくちゃ気まずそうじゃないか。というより、お前は恥かしくないのか。
涼香さんはちょっと苦笑いで歩波を見ており、俺は頭が痛くなった。あんな妹ですいません。
「あ、なんだそっちにいたのか。てっきりここにいるものかと」
「失礼すぎるぞ」
「巨乳好きでしょ」
「少し黙れ」
「歩波さん。いらっしゃいませ」
「ん?」
涼香さんに名前を呼ばれたが、歩波は首をかしげて涼香さんの顔を見ていた。
「ゴメン。学園の人かな?」
「私だよ、涼香」
「え?」
涼香さんにそういわれると改めてまじまじと涼香さんをみる。
たしかにこの姿だと、同一人物だと気付かれないだろうな。
「……驚いた。本当に涼香さん? ここが家だって知っていたけれど、学園と全然印象違うからわからなかったよ」
「よく変な人から声かけられるから、店に出ているときはこうしてるの」
「なるほどねー。名乗ってくれなかったら気が付かなかった」
「そう? 高城先生は気が付いてくれたよ」
確かに気が付いたけれど、あまり自信はなかった。
自分でもよく気が付くことができたと思うよ。
涼香さんはもうすぐ手伝いが終わりらしく、歩波もこのまま涼香さんと遊んでいくとのことでここで別れた。
歩波が引っ越してきてからまだ日も浅いのでこのあたりの道案内をしてくれるそうだ。
「あら、先生。いらっしゃいませ」
歩波から本を受け取り、そのまま会計にまで足を運ぶと、店長がいつもの笑顔で俺から本を受け取った。
「いつもありがとうございます。そういえば、娘から聞いたんですが、妹さんが転校してきたそうですね。さっきのお嬢さんがそうですか?」
「ええ、おかげで毎日大変ですよ」
どうやら、レジから俺たちのやり取りを見ていたようだった。
涼香さんとも仲がいいようだし。歩波と話すこともあるだろう。
「あら、この本……」
店長は何かに気が付くと、「少々お待ちください」と前置きして店の奥へと戻っていく。だが、すぐに戻ってくると俺に一枚のチケットを手渡した。
「これ明日だけなんですけれど。この作家さんの記念展が駅前のショッピングモールで行われているんです。よろしければどうぞ」
「明日、ですか?」
「はい。どうしても都合が合わなくて、ご迷惑でなかったら」
映画化も決まった作家さんの記念展か。ちょっと面白そうだ。
明日は特に予定はない。
いつもなら、そのショッピングモールでフットサルをしているのだが、透は部活、大桐は試合、百瀬は仕事があり時間を持て余していたところだった。
「ありがとうございます。なら行かせてもらいますね」
「はい、楽しんできてください」
にっこりとほほ笑む店長にお礼を言い、俺は店を後にした。
◆
涼香
歩波さんに商店街を案内して、お別れした後まっすぐに家に帰ってきた。
家で勉強をしているとすぐに夕飯の時間になった。
キッチンには妹の美香がもう席座って私を待っていた。
「お姉ちゃん遅い~」
「ごめんごめん」
「お父さんは今日は遅いみたいだから。先に食べちゃいましょう、いただきます」
「「いただきます」」
いつも通り食事の合間にたわいのない会話がはじまる。
「そういえば、お姉ちゃんが仕事が終わってからあの人が来たよ」
美香が嫌そうに今日あった出来事を告げる。
「あの人って古市君?」
「うん」
店を早めに切り上げてよかった。
「それで、映画の約束とか言っていたけれど。時間の相談がしたいからまた明日くるみたい」
「明日は予定があるから無理です」
というより、映画の約束なんてしていない。
「って、私を伝言板にするのやめてよ。自分で直接言ってあげたら」
「私があの人のこと好きじゃないの知っているでしょ」
「私だって好きじゃないよ。「美香、頼んだよ」って、なんであの人に名前で呼ばれないといけないの!?」
美香が二の腕をさすって気持ち悪さを私に伝える。
姉妹共通で古市君のことは苦手だ。
「あ、そういえば涼香ごめんね。明日いけなくなっちゃった。ちょっと急ぎの仕事が入っちゃったのよ」
「お仕事なら仕方ないよ。なら美香、一緒にいかない?」
「無理。明日は模試がありますので」
中学3年生である美香は受験生ということもあって、最近は塾の模試とかが多い。この子の学力なら塾とか行かなくてもどの高校にも行けるのだけれど。テストか自分の実力がはっきりとわかることが好きだからよく受けている。
――……1人で行けなくはないけれど。
ただ、いつも一人で歩いていると男の人に声をかけられるから、あまり一人では出かけたくない。
「なら夕葵でも誘ってみようかな」
「チケットは人にあげちゃったのよねぇ」
あげちゃったって、お母さんの伝手で手に入ったチケットだから別にいいんだけれど。
「誰にあげたの? 私の知っている人?」
「ええ、とってもよく知っている人よ」
にっこりとお母さんは私を見て笑う。
誰だろう。
私がわからず首をかしげていると、お母さんはますますニマニマする。こういう時って経験上はあまりいいことにならないんだよね。
「変な人じゃないわよね」
例えば古市君とか。
明日は店に出るのと同じ格好で行こうかな。あの姿なら声もかけられないし。
ちょっと私が警戒していると、お母さんは口を開いてその人の名前を告げる。
「高城先生よ」
「え、えぇえええええええええ!!」
「お姉ちゃん、うるさい」
お母さんがとんでもないことを言ったから私は大声をあげてしまった。
美香が煩わしそうに私を見てくるけれど、そんなことはどうでもいい。ちなみに私の恋愛事情はお父さん以外には全部筒抜け。
「で、でも、プライベートで先生と2人っているのはまずくないかな。その、倫理的に」
「あらあら、”偶然”チケットが2人のところにあって、”たまたま”鉢合わせをするだけよ。偶然って怖いわねー」
「そんな偶然があるわけないじゃない!」
「なら、明日行くのやめる? もしかしたら、先生が行かない可能性だってあるし」
確かにその可能性もあるけれど。
「……い、行かないとは言ってないでしょ」
「ならいいわねー。あ、明日は別に遅くなってもいいから。何なら朝帰りでも……」
「するわけないでしょ! ごちそうさま!」
私は机をたたきつけるようにして立ち上がり、自分の部屋に戻った。
「お姉ちゃん、絶対今から、服選び出すよー」
「行動パターンが我が娘ながら読みやすいわ」
「ところで、明日の用事っていうのは本当?」
「あ、その仕事は急にキャンセルになったみたーい」
キッチンからそんな声が聞こえてくる。
はいはい、そうですよ。今から服を選びますよ! あと、お母さんは気を使ってくれてありがと!
先生と出かけられるチャンスなんだから、一番綺麗な私を見てほしい。とりあえず、私は自分が持っている服をタンスから引っ張り出した。
――ちょっとくらい、抜け駆けしたっていいよね。
夕葵たちにほんの少しの罪悪感を覚えたけれど、それでも私は自分の気持ちを優先させたい。それに、観月や夕葵だってしたことだってあるもの。
そう自分に言い訳をして、明日に着ていく服を選び始めた。
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