第5話 夏野 夕葵

 買い物かごを持ちながら適当に野菜やら肉、魚などのコーナーを回りながら手頃なものをかごに入れていく。

 いつも来る時間ではないので、まだ惣菜物も結構売っている。ちょうど揚げたてのコロッケが店頭に並んだ。

 それを見ているとコロッケとか揚げ物が食べたくなってくる。


 ――今日は、コロッケにたっぷりソースをかけてビールにしますか。なら、添え物のキャベツも買わないと。


 自分の中で今日の夕飯のメニューを思案し、惣菜コーナーへと進んでいく。


「歩先生」

「ん?」


 呼ばれそちらを振り返ると俺が担任を受け持っている生徒である、夏野 夕葵さんがそこにはいた。

 制服ではなく着替えており、ラフな格好で買い物に来ていた。


「あ、申し訳ありません。こんな格好で」


 服装を見ていたことに気が付いたのか、恥ずかしそうに自分の恰好を手で隠す。


 別に変な格好ではないと思う、そのままデートと言われても納得できるくらいだ。まあスーパーでデートなんてそうそうないだろうが。

 でも今日の対面式のように、虫の居所が悪いようでなくてほっとした。


「いや、学校も終わったし、どんな格好をしていてもいいよ」

「あんまりオシャレじゃありませんし」

「そうかな? 十分に似合ってると思うけれど?」

「そ、それはお前みたいな男勝りな女はそれくらいがお似合いだということでしょうか……?」


 ええー…そう捉えちゃいますか。

 結構な落ち込みようだ。学校での落ち着いた彼女が嘘のようだ。


 特に弓道場で弓引く彼女の横顔を見た時には真剣な凛々しい瞳、すらりと伸びた鼻筋、彫刻のような佇まいに息を飲んだ。


 そんなことはないと説明し、ようやく落ち着いてくれた夏野さんが、俺の手に持っている買い物かごを見て尋ねた。


「先生はお買いものでしょうか?」

「ああ、夕飯というより今週分の食材の買い込みかな。夏野さんも?」

「はい。祖母が腰を悪くしてしまったので代わりに」

「ああ、そういえばお婆さんと2人暮らしだって言ってたね」

「覚えていて下さったんですか?」


 結構印象深いできごとだったからよく覚えている。


 1年ほど前、彼女の祖母が道端で倒れたのを俺が見かけて、救急車を呼び病院まで同行した。

 比較的丈夫なお婆さんらしいが孫の受験のを案じていたらしく気が抜けたとのことだそうだ。助けた礼にと頂いたおはぎはとてもおいしかったんだよな。


 コロッケを取ろうとしていたら、あと少しでタイムセールが始まると夏野さんに教わったので、日用品の買い出しを先に済ませることにした。


 そのままの流れで、夏野さんと一緒にスーパーを周ることになった。


「あ、これよりもこっちの方が安いです」

「そちらは賞味期限がこっちよりも早いようです」


 手に取ろうとした商品をかごに入れる前に夏野さんが指摘してくれる。

 1人暮らしの俺としては安く入手できるのはありがたい。けれど、カップめんを買おうとしたら怒られた。太りますよといかにも女子高生らしい指摘だった。


「夏野さんは買い物上手だな」

「そんなことないです。小学生ころから祖母に連れてこられただけで」


 買い物は時間がある時は夏野さんが来るようにしているみたいだ。家事も基本的には分割して行っているようで、ある程度の家事はできるらしい。


「へえ、小学生からずっとやってるんだ」

「はい、私に教えてあげられるのはこれくらいだって」

「十分すごいよ」

「私もそう思います。両親と離れて暮らすようになってから、おばあさ……祖母は、私が弓道をしたいってわがまま言った時も、背中を押してくれましたし、いつも私の事を応援してくれているんです」


 嬉しそうにお婆さんのことを話す。本当にお婆さんの事を大好きなんだろうな。


「良いお婆さんだね」

「でも、結構怖いところもあるんですよ。昔、一喝された時は震え上がりました。それで家にある蔵に半日放り込まれたこともあるんですよ」


 俺は夏野さんのお婆さんを思い出す。

 入院中に改めて話をする機会があった。

 確かにかなりしっかりとしたお婆さんだったな。

 年齢にそぐわず、まっすぐとした背筋に目をしていた。若いころはさぞかしデキる美人だったのだろう。


「ははは」

「笑いごとじゃありません! 本当に怖かったんですから」

「……まあ、子どもの頃のトラウマはなかなか消えないよね」

「本当です。おかげで今もお化けとかそういう類いの物がダメで」


 へえ、それは意外だ。

 むしろそう言う非科学的な物は否定しそうな感じなのに。


「涼香には昔っからこのことでからかわれてるんですよ」


 ここで桜咲さんの名前が出て一瞬動揺したが、すぐに打消す。


「桜咲さんとは、昔からの知り合いなの?」

「はい、小学校より入学する前からの幼馴染です」


 そういえば、いつも一緒にいることが多いな。

 2人が並んで歩いているとよく生徒たちが全貌の眼差しで見ている。

 男女問わず絶大な人気を誇る美少女たちだから、仕方がないかもしれない。


「へえ、そんなに……」

「あの子って、面倒見がよくって責任感も強いから学年を問わずよく頼られるんです」

「……それって夏野さんもじゃないかな?」


 よく弓道部の部員や上級生にも頼られているのを見ている。


「わ、私は目付きが怖いので、話しかけるのを躊躇われるんです」

「目付きが怖い?」


 夏野さんがそう言うから彼女の顔を改めて見る。


 確かに目尻が切れ込んでいる、奥二重まぶたの涼しげな目の形をして、切れ目でクールな印象を与えるが瞳はどこかやさしげなため、凛々しいという印象は与えるかもしれないが怖いとは思えない。


「あ、歩先生?」


 あ、今度は丸くなった。


「別にそんなことはないと思うけど。猫みたいで可愛いくらいしか」

「か、可愛いですか!?」


 夏野さんの凛々しい顔がカアアッと赤くなる。


「あ、ゴメン。セクハラかこれ」


 これから、女子生徒相手には気を付けないといけないな。

 「距離が近すぎるのでは?」と指摘を受けたことがあるんだよな。


「い、いいえ。可愛いなんて男性に言われたことが無くて」


 何やら驚いたように夏野さんは反応する。

 夏野さんくらいなら別に「綺麗」や「可愛い」くらいの賛辞の言葉は常日頃から言われ慣れてると思っていたのだが。


 でも、「可愛い」か「綺麗」かと聞かれれば「綺麗」という表現が彼女には似合っている。女子にしては高い身長、スラッとした長い脚に服越しにでも分かる胸部の存在感……わがままボディというやつだろうか……観月とは大違いだな。正直アイツが憐れに思えてくる。


 ――っと危ない。こっちの方がセクハラだ。


 俺は心の中で自分をぶん殴る。


「だから涼香がちょっと羨ましいって思うんです」

「羨ましい?」

「誰からも好かれて、女の子らしいところです」


 女の子らしいか……確かに桜咲さんはかなり可愛い容姿をしている。並みのアイドルなんかでは比較にならないくらいだ。どうやら少し桜咲さんにコンプレックスを感じているみたいだ。


 なら、そのコンプレックスを少し解消してみよう。


「別に夏野さんも同じくらい魅力的な女性だと思うけど?」

「え……」


 俺は思ったことをそのまま口にした。

 うん、ベクトルは違うけどかなりの美少女だ。


「――ッ――――歩先生!」

「はい!」


 少し大きな声で俺の名前を呼ぶものだから一瞬、ドキリとした。思わず返事をしてしまう。夏野さん、顔すごく赤いけど大丈夫か?


「あ、あ、あまり女の人をそう言う風に言ってはいけませんよ!」

「え、なんか不味かった?」

「そういうもの人によってはセクハラと思われるかもしれません」


 うわ、気を付けたつもりなんだけど。

 俺は早速、セクハラという地雷を踏み抜いたらしい。人によってそのあたりは感覚違うからな。


「わかった。夏野さんがそう言うのならもう言わないから」

「……いえ、でもそれは……私は大丈夫です。他の子に気安くそんなことを言ってはいけませんよ」

「ん、気を付けよう」



 そして、夏野さんの言っていた通りにタイムセールが始まり、いつもより安く入手することができた。


「なら俺は今日はこれくらいにするよ。荷物は大丈夫?」


 彼女のエコバックに大量の食材が入っている。

 そこまで送ろうかと思ったが彼女から「世間の目もありますし」と断られる。

 それもそうかと納得し、車に向かおうとすると背後から声がかかる。


「歩先生。1年間よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

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