第4話 感覚
本日の目標は、渚とある程度打ち解ける事だが、それとは別に外出した目的がある。
先日の襲撃事件に関する処理が一段落したため、間野さん主導で行われることになった、お疲れ様会兼歓迎会。その準備である。
開催場所は本部ビル内のキッチンスペース。お店での開催でないのは情報管理の問題だ。
一応、俺の扱いは最重要機密であり、公安管理下の区域の外へ出る事はおろか、今回の様に区域内を出歩くことも大きく制限されている。THOFや天蒐院との折衝が難航している現状、出来る限り眼だけでなく、文字通り手の届く範囲においておきたいのだろう。
両組織については一通り調べたが、ヴァルキリアのような強硬手段にでるとは考えられない。・・・とは言い難いというのが正直なところ。
特に、THOFは幹部が大きな行動を起こした可能性がある、と耳にしたばかり。異世界にいた頃も、宗教団体にはいろいろと手を焼いた。組織の上層部が邪神に操られていたからだが、利益ではなく、信ずるもの、同一の思考でまとまった者達というのは敵となった時、非常に厄介だ・・・
「・・・・・あの」
渚の声に、思考の海から引き戻される。隣を見れば、カートとカゴを準備した彼女が、スマホのメモを開きつつ、怪訝な顔でこちらをのぞき込んでいた。
「っ、ごめん。少し考え事をしてた」
「いえ、大丈夫ですけど」
どこかあきれた表情の渚に申し訳なく思いつつ、一度切り替えるために頭を振る。今やるべきは、歩みよりと買い物であり、一人の世界に入る事ではない。
「それじゃ、まずは飲み物から見ていこうか」
独りよがりな人。なんとなく
優しい人ではあるのだろう。周囲の情勢について人一倍考えているからこそ、些細なことから、考え込んでしまうのだろう。もしかすれば、緊張しているのかもしれない。
とはいえ、さすが行き過ぎな気もする。
今回のお出かけについて間野さんからお話を頂いた際、彼女はこの人が私と話をしたいらしいことを強く訴えていた。顔合わせをした時の決意した表情からも、何と無く同様の思いがうかがえた。
だというのに、開始早々、声掛けを無視してしまうほど思い悩んでいた。
「会に参加するのは、7人であってる?」
「はい、間違いありません」
「そっか。じゃあこのサイズでいいかな?」
「はい、問題ないと思います」
こちらを全く見ない彼と機械的に応答する私。果たしてこれを会話と呼べるのだろうか。
いや、私自身も大分、コミュニケーション能力に難があるとは思うのだがそれでもだ。それでも、こちらを一瞥もしないのはどうなのか。話がっていたのは嘘なのか。
・・・こうなって来ると、私に兄がいると言われた時から考えていた仮説が現実味を帯びてきた。
2年前のあの日。正確にはそれより前かもしれないが、私はあの事件によって記憶と●●●を失い、力をてにいれた。
私でさえそうなのだ。計画の中心であり、勇者の力を手に入れた彼が●●●以上のものを失っているなんてことも、ないわけではない。
それこそ、雨宮秋ではないナニカになり果ててしまった可能性も・・・
「こんにちは」
突然呼びかけられた声に、それていた意識が戻される。
いったいいつ現れたのか。目の前には、真白のウェディングドレスを身に着けた何かがいた。その顔はヴェールによって隠されてはいるが、声の性質と比較的薄着の上半身から、女性だろうと当たりを付ける。
よく見れば、体の向きがやや私の左側、すなわち雨宮秋へと向けられている。先ほどの言葉も、私ではなく、彼にかけたのか。
「お久しぶりですね」
「えっと・・・」
思いがけない登場と言葉に困惑しつつも、そっと警戒態勢に移行していく雨宮秋を視界の端でとらえながら、こちらも裏手で本部に緊急信号をだす。特別管理区域の中でも端の方に位置するこの施設だが、本部からはそう離れてはいない。そも、周辺には局員が多く存在している。部隊到着までそう時間は掛からないだろう。
そんな私たちの行動を気にする様子はなく、ウェディングドレスの女性は数歩、雨宮秋に近づき手を差し伸べる。
「共に、参りましょう」
「悪いけれど、その手を取ることは出来ない。というより、貴方はいったい・・」
もしかすると、女性は本当に話をきいていないのかもしれない。雨宮秋の問いを遮るように彼の手を握ると、こちらに一礼。
そのまま、2人はどこかへ消えてしまった。
「・・・え」
私が再起動したのは、5分後。本部からの援護部隊が到着した後だった。
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