第3話 第一歩
渚との外出。改めて考えてみると、一つ大きな疑問に思い至る。
「何をすればいいんだ」
何をするかなんて決まっている。目的は互いの経緯を擦り合わせ現状の把握と理解を進めると共に、それらを基にした今後について。出来れば渚を安全な後方勤務に。もっと言えば、彼女の立場を『特安所属の局員』ではなく『特安保護下の重要参考人』辺りにまで変更したい。
『渚君の安全は無論保障するが、彼女自身が力を求めている節がある。渚君の意思を捻じ曲げてまでは確約できない』
先日、渚の安全を望んだ秋に稲本が返した言葉が頭をよぎる。勿論、渚の意思は尊重するつもりだ。それでもできる限り後ろに下げたい。
戦いに対する価値観が違うからだろうか。はたまた独占欲というやつか。己が感情に若干うんざりしてしまう。精神科に受診するべきだろうか。
そんな非生産的な思考を巡らし、結局は渚の話を聞いてからに落ち着く。
「っと、待ち合わせ場所はこの辺だったか」
場所は、特安本部がある特別管理区域の一角。区域内にて働く人々の為に建てられた娯楽施設の入り口である。外出等と銘打ってみたが、一大案件の中心人物として扱われている秋と渚に外部へ行き来する許可は出されていない。
とはいえ、一週間、復興作業以外は殆ど部屋に缶詰状態であった彼からすれば、自由に外に出られるだけでも、立派な外出である。
「それにしても、話には聞いていたけど、本当に大きい施設だな」
高層マンションが立ち並ぶ中鎮座する大型ショッピングモール。見たことがあるようでないその光景に、どこか異質さすら感じてしまう。
噂では、間野さんと愉快な仲間たちによる暗躍が、事一端を担っているらしいが。真実は闇の中だ。
「ん?」
ふと、首筋に突き刺さるような視線を感じる。殺気ではないが、若干の敵意とこちらを探るような感覚。
振り返ると、少し離れた場所からこちらを見つめる制服姿の少女。
もとい、渚がいた。
「渚」
「・・・お久しぶりです。本日はよろしくお願いします」
咄嗟に何か話そうとする秋にかぶせるように、固い挨拶を告げる渚。
「・・・うん、今日はよろしく」
果たして、これが自分が求めていた家族との会話と呼べるのか。一瞬逡巡しつつ、それでもと、秋は一歩前に出る。
待ち合わせ場所に到着するまで、色々と考えこんでいたが、まだ、自分たちはその領域にまで達せていないのだ。状況を整理すれば当然だろう。渚に過去の記憶が無いように、秋にだって抜け落ちている箇所がある。互いに、自分のことすら明確に把握できていないのだ。
ならば、まずやるべきは言葉を交わすことだ。一言ずつでも、ちょっとした相槌でもいい。ゆっくりと、二人の歩幅を合わせていこう。
決意を新たに、俺は更なる一歩を踏み出した。
「うーん、まぁ確定ですねー」
ノートパソコンに映し出された映像を前に、間野はいつもの調子で断言する。
「では、やはり?」
彼女の間延びした声に対して、こちらは固く、低い。間野の隣に立つ男のものである。
殆どの局員が、部門ごとにそれぞれ、スーツや軍服、白衣だったりと各々の特色がでた服装であるのを勘案すれば、彼の出で立ちは非常に浮いていた。
七色に染められた髪に、七色のレインコート。正面のボタンは留められておらず、中には『全ての道はローマに通ず』とプリントされたTシャツが見える。
そんな奇抜な様相に反し、物腰は丁寧を通り越してくたびれている。というか、目が死んでいた。
「そー。いつもの事ですし、いつもの対応でよろしくお願いしますねー」
「・・・一度その『いつもの』が、本来であれば非現実であるべきという点について考慮するべきでは?」
「そも、世界の現状が異常なんですから問題ないのではー?ほら、マイナス×マイナスはプラスになるー、みたいなー」
「答えになっていませんよ。間野さん」
どこか諦観が漂う男の声は、次の瞬間には機械的なものへと変貌する。
「では、当事案は間野特別現場主任代理が従事するC級対外工作における個人裁量権の行使によって引き起こされた本部と現場の行き違いであったこととする。間野特別現場主任代理は一方的な過失ではないにせよ、瑕疵があったとし、厳重注意とする。以上」
一息あけて、醒めた表情でぽつりとこぼす。
「端的に言えば、異常無しという事です」
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