第6話 2年前 前編

「これは…?」


映し出された映像。そこに写るのは間違いなく俺。だが、俺はここに存在するし、死んだ筈は………。いや、俺には異世界に召喚される前の数年の記憶がない。ともすればその間に何かされたのか。


「君の失われた期間の間に何かがあったかもしれない。偽者の線もある。それらは一先ず置いてくれ。君に関することは、我々の権限が及ぶ範囲においてではあるが、既に最大限の調査が行われ、ある程度の結論が出ている。例えば今出されている映像は一般社会における君の扱いだ」


「俺の、扱い、ですか?」


この言葉が真実ならば、俺は死亡したことになっているらしい。では、誰がそんなことを。俺が死んだことになっても何が得になるのだろうか。


「そして、ここからが本題。君に説明すると言った題目の一つ。君が深く関係しているとされる、とあるプロジェクトのことだ。詳しくは追々話すが、このプロジェクトが判明した事が発端となって、こうして特安が公に設けられる事となった」


稲村はそう言って沢山の書物が詰め込まれた棚から一冊のファイリングノートを抜き出しこちらに手渡してくる。


「これは、その資料の一部だ」


受け取ったファイリングノート。その背表紙に印字された文字に目を奪われる。


「対象に関する情報偽装及び対象の関係者らの対応・その後の経過について………」


「調査の結果、君のような案件が多く報告された。例えば、昨日まで元気に学校に通っていた少年が突然行方不明となり、その後死亡したとされた。死体はご家族すら見せてもらえず、その家族も数日経てば何事も無かった様に生活している。無論、周りもだ」


「それは………」


あまりにも、異質。


同時に、自らのことを忘れたように振る舞い、あまつさえ、攻撃してきた渚を思い浮かべる。


ちらりと視線だけをずらすと、当の彼女はほかの隊員らと共に壁際でじっと直立している。手には何も持っていないようではあるが、警戒心に満ち溢れた瞳がこちらに向けられている。


「勿論、本当に死亡したのかも知れない。見せなかったのは、家族が拒否したから。何事も無いように振る舞っているのも悲しみから目をそらす、あるいは乗り越えようとしているからであり、周りもそれに合わせている。少し考えれば、いくらでも可能性は出てくる。故に、それが数件であれば我々も怪しまなかった。だが、入念に調べていくと、その数は数百件にものぼった」


「そこまで大事になれば、流石に警察も動くのでは?そうでなくても、関係者以外で不審に思う人も出てくるでしょうし。メディアも取り上げるかも」


「普通ならば。けれど、どこも動かなかった。裏で手を回していたのか。あるいは大規模な洗脳か。謎は深まるばかりだった」


「…………」


大規模な洗脳。話を聞き、資料をざっと読んだだけだが、その精度はもはや支配の領域だったみたいだ。俺が召喚された異世界の様な、魔法の存在する世界ならともかく、科学が席巻する地球においては、どこか非現実的な出来事のように感じた。


「過去に携帯電話による会話のみで子供たちを洗脳した、集団で不可思議な行動を起こした、といった事例は存在する。だが、今回の『洗脳』はその比ではない。それこそ、人智を超えた力が使われたか、それと同等の機構が生み出されたか。そう言われても信じられるほどに」


この仕組みに関してだけは、今も全くと言っていいほど分かっていない。稲村はそう零しつつ、額に手を当てる。


「2年前。全ては2年前に起きたとある事件が切っ掛けだった。」


「2年前?」


2年前。俺が異世界に召喚された日。


「欧州の山奥で大規模な火災が発生した。そして、そこから幾多の死体が掘り起こされた。それらの多くは先程話した調査で死亡したとされていた者達だった」








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