2012.10.31銀河【最終章】03

「さきほどの質問の答えなら、私でもわかるよ『女の勘』ですよね?」


 小学生でも、処女ではないのは強みだ。一人前のことを口にした後、若菜は艶やかに微笑んだ。

 次の金曜日が楽しみだ。

 銀河がたどり着けるかわからない未来のことを考えている間に、若菜は銀河の腕をふりほどく。


 次の瞬間、頬に痛みを感じた。若菜にビンタをされたのだ。

 いつもならば、この世で一番汚いものをしごき、銀河に快楽を与えてくれる手で、痛みをプレゼントしてくれる。

 いきなりのことに、なぜか銀河は笑ってしまった。


 お見事だ。

 彼女はいま、気まぐれに伸ばした銀河の手から、自らの意思で脱出した。心と体が解き放たれたことで、帰宅時に走り回る子供のように無垢な表情となっている。


「フラれるのは、いやなので。それじゃあ」


 若菜の嫌がらせは、まだまだ続く。携帯電話を返してくれずに、車の往来が激しい駐車場の回転場に投げ捨てられた。

 一部始終を真横でみていた聖里菜が、口笛を吹く。


「ほほう。あれは、今後の伸び代がでかいかもしれんな」


 去っていく若菜の後ろ姿を眺めながら、聖里菜が評論家のようなコメントを出す。あながち的外れではないのが笑えない。ここで関係を断ち切るのはもったいない。若菜とのお楽しみは、これからという部分が大きい。

 これから。


 選択できる未来が、自分に残されているのかは甚だ怪しい。


 もしかしたら、今日にでも死ぬかもしれない。

 そう考えると、死ぬまで電話に縛られるようなことにならなくてよかった。自分では捨てられないものを、よくぞ捨ててくれた。

 本当に、最後の最後で、セフレのためになることをしてくれたいい女だ。

 若菜、最高。次こそは、いい男を彼氏にできればいいな。


 捨てられた携帯電話には、いまもメールが届いている。

 着信の度に電話が震えて、小動物のように動いている。バイブレーション機能のせいで、さっきよりも電話が近づいているようにも思える。

 なんのホラーだ、まったく。せっかく身軽になれたのだから、携帯電話が戻ってくる前に逃げてしまおう。結論が出たならばと、銀河は立ち上がる。


「どっちの回収するか、腹をくくったみたいやな?」


「最初から決めてましたよ。おれは、聖里菜さんみたいな人を選ぶつもりです」


「この状況下でナンパかい」


「あ、いや。いまのは本当にちがいます。弟くんにとっての、聖里菜さんみたいな存在ってことが言いたくて。男としたら、港があるってのはありがたいんですよ。フラフラし過ぎたみたいなんで、おれも最後ぐらいは丘でゆっくりしようかなと思いまして」


「なに言うてるんか、ほとんど理解できんけど。まぁ、でもあれやで。うちのところに有が戻ってくるんは、子供のうちだけやからな」


「意外ですね。弟くんに好きな子ができてまで、束縛するつもりはないと?」


「いやいや、初恋を経験したら、うちがどうこう思おうてても、束縛なんて無理や。せやって、狂うんやから」


「ちょっと待ってください。初恋で狂うって、人によるんじゃないですか?」


「お? もしかして銀河くんは童貞やったんか?」


「いや、ヤリチンですけど」


「精神面はどうやろうなって話や。案外、初恋はまだなんとちゃうか?」


 久我朱美への淡い感情を思ったが、あれはチン毛の生えていない子供の憧れに過ぎないのかもしれない。

 そうなると、聖里菜の言うとおりで、ろくに恋なんてしていない。

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