2012.10.31 疾風④ 04
昔ならば、愛していると言っただろう。でも、いまは無理だ。
その権利がない。
だからこそ、まっさらな気持ちで言葉を生み出す。
「なぁ、朱美? 俺なしでも生きてけるかい?」
強がりなジョークはきちんと相手に届く。朱美は疾風の髪をくしゃっとするようにして、頭を撫でてくれた。
「あんたさ。もしかして、いまの彼女とエッチしてないんじゃないの?」
どこからその発想に至ったのだろう。女の勘はおそろしい。当たっている。
「何年来の付き合いってだけはあるな」
「そうよ。誰よりも濃密な時間を過ごしてきた自信はあるから。決して、里菜やももに劣るとは思ってないからね」
「ももちゃんのことまで、把握されてるのか。あれ、知ってるのってキヨと勇次だけのはずだぞ。まさかとは思うが、キヨと寝て情報集めてねぇだろうな」
近いうちに、近藤旭日と飲みに行こうと、喋っている間に疾風は決意した。
「するわけないでしょ。気持ち悪いこと言わないでよ、ばか。たださ、近藤はあれでも、あたしやシップーのこと気にかけてくれてるのよ。責任感じてるだけかもしんないけど」
「責任って、なんのことだよ。詳しく話してぇから、とりあえず助手席に座れよ」
「遠慮しとく」
「なんでだ? 理由を言えよ」
「言いたくないのよ。なんか乙女チックなことだって笑われそうだし」
「話が見えんぞ?」
「あたしが助手席に乗り込んだのが、すべてのはじまりだったでしょ」
「そうだな。横にいるお前の存在は、俺の中じゃ、でかすぎる」
「いまだって、そうじゃないのかって、思ってるの。だからさ、これ以上はダメ」
「うぬぼれるなよ――まぁ、そのとおりなんだがな」
得意げな朱美の表情は、出会ったときと変わらずに輝いている。
「どんな状況になっても、あんたにとって最高の理解者の座を譲るつもりはないっての」
朱美をもっと近くで見たくて、疾風は居心地のいい運転席から飛び降りた。
「教えてくれ朱美。お前には、いまの俺がどう見えるんだ?」
値踏みするように、下から上まで観察される。その流れで朱美は空を見上げた。
釣られて疾風も見上げると、ハローウィンの空に浮かぶ、お化けの風船をみつける。
「高一のあたしが会ったら、好きになってるよ」
高校時代、出会ったときの朱美は美少女だった。
「あの美少女が、こんなオッサンに惚れるかね」
まばたきをする度に、朱美の成長していく過程が空に浮かんでは消えていく。
いまや美少女は美女に成長している。
「ただしい方向に導いてくれる気がするからね。川島疾風には、そういう才能がある」
断言されたところで、納得はできそうにない。
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