2012.10.31 疾風④ 02

 仕事で県外に行って、女性との関係が切れていた時期に出会ったのが、風俗嬢のももちゃんだった。

 偶然、店の外で再会した際には、酒の勢いもあって、生で挿入してしまった。あの一発から風向きがおかしくなり、最終的に疾風のせいで店を辞めた女の子だ。


 退職理由に関して心当たりはいくつかある。店に行くたびに本番をしていたのがばれたのかもしれない。

 中出ししたのが原因かもしれない。

 あるいは、ももの愚痴を聞き、夢を叶えるために女子大生になれと助言したせいかもしれない。


 なんにせよ、ももが店を辞めた後も、疾風とももの関係は続いた。会えば食事とセックスをして、互いの欲求を忠実に満たすだけの付き合いだった。

 薄っぺらい間柄なくせして、好きな食べ物と好きな体位だけは把握している。

 本名さえ知らないし、年齢も年上だということしかわかっていない。

 人と深く関わっても意味がないと腐っていた時期だから、ああいう関係が心地よかった。


 よくぞまぁ、正義が服を着て歩いているような、中谷優子と付き合えるまでに社会復帰できたものだ。

 いまだからこそ切に思うのだ。年上のポンコツ・ももちゃんの力になってやればよかったと。

 あの頃は、そんな心の余裕がなかった。


「で、勇次。なんの力になればいいんだ?」


「病院に送ってもらいたい奴がいるんだ。そいつの気晴らしも終わったみたいだからな」


「タクシー代わりにはなんねぇぞ。それよりも、安くて速いからな」


「最高かよ。入院してるのに病院から抜け出してきたからな。最悪な場合、死ぬかもしれねぇんだ」


「風邪ひいても、最悪な場合は死ぬからな――まぁ、勇次の話が冗談じゃないんなら、さっさと連れてこい。最速で目的地に連れてってやるよ」


 嬉しそうに笑って、勇次は車から降りる。助手席のドアをしめずに口を開く姿は、年相応の高校生だ。


「話が早くて助かる。しかも最速ってのが、実にいい。監督にとっても最高の経験になると思うしよ。この前、守田と話したんだ。日本国民は兄貴が運転するMR2に、一度は乗るべきだってな。死ぬような思いしたら、世界は広がるだろ?」


「死ぬような思いってなんだよ。俺としては、普通に車を転がしてるだけなんだぞ」


「あれが普通になるって、どんな人生を送ってきたんだよ」


「ああん? 最速で走る際に、グラサンをつける人生を送ってきただけだが?」


 最速で走ると約束したから、ダッシュボードを開ける。赤いサングラスを取り出すのをみて、勇次は嬉しそうな声をあげる。


「よっしゃ、監督を連れてくる。兄貴の最速には敵わないけど、それなりに急いでくる」


 触発されたように、ユウジが走っていく。さすがは脳みそまで筋肉の男だ。凄まじい速度で駆けていった。


 疾風の人生がさも濃密かのように、勇次は語る。

 だが、羨ましがる必要はない。勇次がいまの疾風と同い年になる頃には、もっとえげつない経験をしているだろ。どうせ。

 期待を寄せて勇次の背中を見つめていると、あつもり食堂から出てきた朱美とすれ違う。

 未来と過去が交錯する瞬間を目の当たりにした気分だ。

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