2012.10.31 疾風③ 01

 MR2はミッドシップと呼ばれるエンジン搭載形式を採用している自動車だ。

 Mid-Ship(船体中心)という言葉が示す通りで、エンジンが真ん中に載っている。そのため、バケットシートにとりかえる前から、リクライニングの自由度は低かった。


 つまり、MR2の車内は狭いのだ。

 だが、それゆえのメリットもある。エアコンの効きがいい。すぐにいい匂いが充満する。

 さきほど、駐車場の精算機を操作するために窓を開けた。

 窓を閉めたのは、いま車内で流れている曲がはじまった頃だった。

 二番のサビが流れている現段階で、車内には朱美の匂いが充満している。速さを追求して、乗り心地が悪くなったものの、この点だけは最高のメリットとして、ずっと残っている。

 朱美を初めて助手席に乗せたときから感謝している。


「趣味、変わったよね」


「ん? 好きな曲に変えていいぞ。いつも、同乗者に任せてるからな」


 シフトレバーから疾風は手を離して、FMトランスミッターのケーブルをたぐりよせる。ケーブルで繋がっている音楽プレイヤーが助手席の足元から引っ張られてくる。


「嘘でしょ、これ懐かしい。まだ使えるんだね」


 喜々として、朱美が音楽プレイヤーを拾い上げた。


「電池の消耗がやばいけど、まだまだ現役よ」


「何年前の誕生日プレゼント使ってんのよ。買いかえたらいいのに」


「朱美がくれたやつだから、大事にしてんだが」


「ばーか」


 慣れた手つきで音楽プレイヤーを操作して、朱美はバカに送るナンバーを選んでくれた。引き込まれるようなイントロの伴奏に、懐かしさを感じた。


『小さな朝の光は~♪』


「やっぱり、オレのイメージは尾崎なわけか」


「あとは、実写ヒーロー物ね。どっちも歌ったら下手くそだけど、拳はきいてるのよね」


「言っとくけど、その二つはいまも好きだからな、別に趣味変わってねぇぞ」


「いや、音楽の趣味に関して言ったんじゃないよ。雰囲気? 目に見えるとこなら、服装とかに変化があると思ってさ」


「まぁ、サングラスかけることは減ったな」


 初めて朱美と出会った頃の疾風は、高校の制服かジャージ姿のローテーションで、ファッションにうとかった。

 本格的にMR2をころがすようになった頃に、革ジャンと迷彩服に出会った。当時のロックな時期と比べて、いまはずいぶんと落ち着いている。


「全部、彼女の影響でしょ?」


 朱美の読みはあたっている。いま疾風が身につけているものは、上着から靴まで全部、彼女の中谷優子に選んでもらったものだ。


「いよいよとなれば、MR2を廃車にするんじゃないの。ファミリーカーとかに乗り換えたりして。牙を抜かれちゃってまぁ。あの頃のシップーをもう見えなくなるんなら、忘れないようにしっかり覚えとかないとね」


 朱美に好き勝手言われるのを聞き流していると、尾崎豊の歌が耳に残る。

『君が教えてくれた花の名前は~♪』

 歌詞のとおり、朱美に花の名前を教えられたことがある。街にうもれそうな小さなわすれな草ではなかったが。


「にしても、朱美は変わってねぇな」


「なにそれ。バカにしてんの」


「むしろ、喜んでるんだけど」


「どゆこと?」


「俺と別れてから綺麗になられてたら、なんか悔しいって話だ。わかってる。男の身勝手だってことは」


「いまの発言で一番身勝手なのって『別れた』ってとこなんだけど。そんな話をあたしとシップーの間でしたことないはずでしょ?」


「てことは、まだ俺らは付き合ってるのか?」

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