2012.10.31 疾風② 05

「つまりさ、もう弁当売るのを手伝わなくていいの? あたしが店番してる間に、交渉は成功したんでしょ?」


「あー、そうです。それです。ひとりで大丈夫ですので、お客様はあつもり食堂までお弁当を取りにいってください。ありがとうございました」


「んなあっさりと。でも、いま投げ出すのは中途半端な感じがしない? ちょっと嫌なんだけど。店員さんが、どうしてもっていうなら最後まで付き合ってもいいんだよ?」


「そもそも、そこまで心配してくださってることに驚きです。いつもひとりで販売していますので、問題ありませんから」


「いや、でもさ。あたしが手伝いに入るまで、ほとんど売れてなかったでしょ。客の中には、ハナから割引まで待とうとしてる奴もいたぐらいだし」


「大丈夫ですから。割引しても利益は出るようにカレンさんが計算してくれてるみたいですから。正直なところ、よくわからないんですがね」


「それは、大丈夫なの? あたしだったら全部を定価で売る自信があるんだよ」


「もういいだろ、朱美。やめろ。お前はこの店員のためを思ってるってのはわかるんだけど、傍目にはいじめてるように見えるから」


「しょうがないでしょ。放っておけないんだから」


「とにかく、落ち着けって」


「そもそもやばいって。天然っぽいところあるでしょ、この子。大人になってそれってさ」


 口で言ってもわからないのなら、実力行使だ。

 後ろに回り込んで、朱美の胸を揉む。懐かしい感触に感動を覚えて、夢中になる。


「ば、ばか」


 朱美はくぐもった声を漏らした。怒っているにしては、色っぽい。

 調子に乗って疾風が乳首を探していると、朱美に手の甲ををつままれてしまう。


「バカばっかしてないで、定食屋に行くわよ。ほら、急いで」


「了解。店員さん、色々とありがとうね」


「いえいえ、お気をつけて。たくさん売ってくれて、ありがとうございました。助かりましたから」


 素直に感謝を口にする店員に対して、朱美も思うところがあったようだ。


「ごめんね。あたしも言いすぎたところあったかも、熱くなってた。とにかくさ、本当にありがとうね」


 名残惜しそうにしながらも、女性陣は手を振ってお別れする。

 店員に背を向けて歩きはじめると、朱美はすぐにたずねてくる。


「それでさ、車どうする? 二台で行く?」


「そんなのガソリンが勿体ないだろ。横に乗ってナビしてくれよ」


「あたしが乗っていいの? 彼女さんの専用シートじゃないんだ」


「え?」


「知らないと思ってたの? この前、近藤に会ったんだけど、シップーに彼女ができたってきいたからね」


「キヨのやろう。なにを勝手に」


「あんただって、あたしの近況を近藤から教えてもらってるらしいじゃん。お互いさまでしょ」


「だとしても、誤解してるぞ。最近、一番よく乗ってるのは、彼女じゃないぞ。チンピラだ、チンピラ」


 だから別に、付き合い始めた中谷優子の専用シートではないはずだ。つまり、朱美が助手席に乗っても。

 たぶん。ほら。ね。


「いまだから言うんだけどね」


「なに?」


「あたし専用シートだって、嘘ついてくれてたのは嬉しかったんだよ」


「あ、はい」


 このまま朱美を助手席に乗せて、理性を保つことができるのだろうか。

 初恋の女性は、相変わらず魅力的だ。

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