2012.10.31 風見② 04
「決めました。コーヒーのブラックにします」
「大人なチョイスだね」
「でしょ?」
得意げになった楓は、歯を見せて笑う。
ちょっと褒めただけで、ちょろいもんだ。
思い返せば、カレンのときも大人扱いして色々したのだった。客観的に考えて、ロリを抱くために頑張っただけだな、あれは。
だとしても、胸をはろう。
大恋愛だったのだ。
カレンと過ごした時期は、どんな些細なことでも宝物のような幸せな思い出だ。たとえば、カレンとよく冬場に暖かいココアを飲んでいた。あれも、幸せなひとときだった。
自販機でミルクココアを購入すると、楓がクスッと笑う。
「風見さん、お子ちゃまですね」
「美味いもの選んで、なにが悪いの。まぁ、思い出補正かもしんないけど」
「さぁ、今回は当たりますかね。ルーレット」
「ちょっと楓ちゃん。話を聞いちゃいないのかな? 思い出補正って、その」
「あー、また外れた」
風見がせっかく秘密を安売りしたのに、楓は別のことに集中している。自販機のルーレット結果に劣るような話を掘り下げるつもりはない。
自販機地帯から窓の外を眺める。
ちょうど、女医が白衣をひるがえして中庭を横切っていた。
黒髪を束ねた後ろ姿に、声をかけるのはおじさん連中が多い。対して、彼女の近くを歩く子供達では、声をかけにくいようだ。
女医が手に提げている袋の中にお菓子が入っているかもしれないのに。
龍浪先生は注射をさすだけで、お菓子なんてくれないとか思われていそうだ。
「あ、そうだ。楓ちゃん、お菓子食べる?」
「え、いいんですか?」
子供に配っていたお菓子の余り物だ。残りを袋ごと全部あげたからか、どの子供よりも喜んでくれている。
「これ、ギンギンと一緒に食べますね」
彼氏が見舞いに来てくれると、信じている。
風見とは前向きさがちがう。
岩田屋町から一時的に離れると決めた日、カレンは高校進学をやめて、ついていくと言ってくれた。あなたとならば地獄に落ちてもいいと覚悟を見せた女性を置き去りにし、風見はひとり旅立った。
後悔している。
いまみたいに、ジャーナリストとして食っていけるようになると、はじめからわかっていたら、カレンを連れていった。
オカルト映像が番組で使われて、定期的にボーナスが入ってくる生活を、誰が予想できただろうか。都市伝説を追いかけながら、キャンピングカーで旅に出て、悠々自適に生活できるなんて想像していなかった。
楓もいま、ギンギンとやらにこだわるべきかどうかの選択に強いられている。
どの選択が素晴らしい未来に繋がっているのか、風見にはわからない。
だから、楓に身勝手で偉そうな助言はできない。
いまの風見にできることといえば、せいぜい目先の手助けぐらいだ。楓がブラックのコーヒーの苦さに手間取っているのならば、なんとかしてやれる。
「こっちは甘いよ。交換する?」
「そんなことしたら、間接キスになるじゃないですか」
この年頃の子は、そんなことにこだわりますか。カレンも同じようなことで照れていたのを思い出した。
カレンと楓で重さるところがある。
二人とも、柔らかな心を持っている。だから、この子にも幸せになってもらいたい。
にしても、ギンギン――
たしか、銀河とかいう名前だったか。楓みたいな子に好かれているのならば、さぞいい奴なのだろう。
同い年で付き合える相手がいるのならば、それが一番なのかもしれない。
中学生のカレンを救ったのは風見だ。
そして、カレンの青春を壊してしまったのも、風見だ。
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