2012.10.31 風見① 02

 ちょっと、ちがう。

 正しくは、トリックオアトリートだ。


もっとも、言いたいことは伝わったので、風見はお菓子の用意をはじめる。

 ガサゴソと袋を漁り、箱を取り出す。お菓子ではなくコンドームの入った箱だ。


 なに入れてんだ、あの看護師め。


 見なかったことにして、箱を袋に戻す。

 代わりに他のお菓子を取り出す。巨大なチンコ――ではなく、巨大なカルパスを用意した。


「はい、どうぞ。君にはカルパスだ」


「ほしにく。星? 星! キラッ☆」


「うんうん、キラッ☆」


 苦笑いを浮かべながらも、風見はキラッ☆に付き合った。

 さきほどの二人組と同様に、この子にも撮影を交渉する。

 ハローウィンの雰囲気がそうさせるのか、この子も快く承諾してくれる。


 嬉しそうにカルパスを受け取ると、車椅子少女は去っていった。

 それにしても、クオリティの高いコスプレだった。

 車椅子の小道具も効いているし、ぐるぐる巻きになっている包帯も本格的だ。


 あれ?

 本当の怪我人だったのかも。

 病室を抜け出してきた入院患者の可能性もある。食事制限されていて、カルパスを与えてはいけなかったとか

 ――まぁいいや。

 考えても仕方がない。


 怒られたとしても、明日には退院する風見には屁でもない。

 明日、この病院を去る。

 退院後の予定を立てていないせいで、実感がわいていない。

 高校を卒業して以降の風見は、取材という名目で全国を転々として生きてきた。

 もっぱら車で寝泊りを繰り返し、同じ場所に長期間留まるほうが珍しい。そのような生活のつけが回ったのか、今年の一番暑い日に入院を余儀なくされた。


 カレンが住む町だからという理由が、岩田屋町の病院で入院した決め手となった。

 入院前、風見はカレンが働く定食屋に顔を出した。

 そこで、槻本病院で入院することを彼女に伝えた。いまでもカレンが好きだとか、見舞いに来てほしいとかは口に出せなかった。

 風見が退院するまでに、彼女は病院まで来てくれるのだろうか。


「病室にいないので、探しましたよ」


 トリックオアトリートではない言葉で話しかけられて、風見は腹の底から震えた。大人の女性の声だ。

 舞い上がる。

 姿をみていないのに、来てくれたと喜んだ。


 退院後は、カレンを連れて旅に出る。

 今度は、選択を間違えない。もう二度と離れない。


「来てくれたか、カレン!」


 立ち上がって風見は叫んだ。すぐにまたベンチに腰かける。人違いでした。気まずすぎて、ずれてもいない眼鏡を直したりする。


「えーっと、お菓子たべますか?」


 スーツ姿の女性は、風見が動じているのとは対照的に冷静だ。


「いえ、結構です」


「じゃあ、いたずらのほうが?」


 はい。

 と答えられたら困るくせに、頑張って冗談を口にした。きつい表情のまま、スーツの女性が同じベンチに腰をかけてきた、勘弁してくれ、調子に乗りました。

 謝ります。


「以前よりも冗談が口にできるようになったのですね」


「あれ? どこかでお会いしてますか?」


「風見特派員に、お世話になった者です」


「特派員って呼ぶってことは、仕事関係で面識があるんだよね」

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