死してなおも愛し、そして泣く。
とうにゅー
第1話 死と愛
かれこれ数年前、これは私の日記である。
ここに私の愛が込められている。
彼を愛した証拠がある。
やっと、私だけのものになった。
君の心だけじゃない、その肉体も、魂も。全部私だけのもの。これからはずっと一緒だよ。
君のこと好きだったあの子も、君を諦めざるを得ないね。少し前にあの子と私でお話したの。
「私、✕✕くんと付き合ってるんだよ。――ちゃん、いいの? 私のお下がりだよ? あーでも、✕✕くんは――ちゃんのこと好きにならないよ。だって、私のことをとても愛してくれているのだから」
っていったら、あの子はぐしゃって顔を歪めて、私の方が思いっきり睨んだの。涙に濡れた唇を開いて、
「最低」
その後、乾いた音が聞こえて、私の頬に痛みが走ったの。ひどいよね、私をビンタしたんだよ。
あの子の苦しくて辛くて、私を映すあの瞳。憎しみが宿ってた。
あれは笑えたね。滑稽滑稽。
君、ちゃんと話聞いてる?
そうだったね、ごめんね。もう聞こえないね。
体も冷たくなってる。私の腕の中でゆっくりおやすみ。
君が私のものになってから数日。
綺麗な顔をしてる。あ、でも、瞳は濁ってきたね。私のことちゃんと見てくれないと嫌だよ?
血の通っていない青白い肌は、朝日に照らされるといっそ美しさを増す。君は今とても美しい。
朝日が顔を覗かせて、やわらかな日差しが私たちを照らしている。二つの黒い影を作っている。外は静かで、西の空はまだ夜を残していて、私たちしか起きてないみたいだね。幸せな時間だ。
ねえ、覚えてる?
君と初めて過ごした夜を。
君と初めて迎えた朝を。
君との夜は、やわらかくあたたかく、幸せに満ちていたね。
部屋を薄暗くして、月明かりの中、気持ちいいことしたね。
お互いの肌を、血の通った肌を重ねたね。
君とのキスは空気に溶けてしまいそうなほど甘かった。潤んだ唇を押し付けて、唾液に濡れた舌を絡ませる。君の唾液が私の口内に流れてきて、小さく喉を鳴らして君の唾液を飲み込んだ。君の唾液が喉から食道を通って胃に流れ落ちる。
君の唾液は私の体を火照らせるんだよ。君の唾液を飲み込んだって思うだけで、心臓がドクドクを強く脈打って、頭がボーってするの。
君が私のものになってから数ヶ月。
私の心を満たしていた君への愛は、今も変わらない。けれど、時々、君がいるのに……一人になったような感覚になってしまうわ。
最近、君がどこか遠くに行ってしまう夢を見る。
私を置いて、君は背を向けて暗い闇の中へ、まっすぐ歩いていくの。
そんな日の朝は、君をいつもより強く抱きしめる。君は前より脆くなった気がする。君からは異臭がしてきた。
生前、爽やかな匂いがしていたのに。
今は、吐き気がしてくるような匂い、けれど、君の匂いだからそれすらも愛しているわ。
今日、君によく似た男の子を見た。
くりっとした目の形なんてよく似てて、笑ったときにみえる白い歯も、声ですらそっくりで、私驚いちゃった。
君ともう一度、デートできたらいいのにな。
日記はここで終わっていた。
正しく言えば、読めなくなっていた。
私の字は崩れ、ひらがなかカタカナか、もしくは漢字か、よくわからない文字が散らばり始めていた。それは日に日にひどくなり、最後は黒い線でぐちゃぐちゃの線を書きなぐり、ページの一部はちぎられている。
どうして私がこうなったのか、覚えている。
『君ともう一度、デートできたらいいのにな』と書き記したあと、君のことを観察した。
血色の良かった唇は色を失い、血の通った温かな肌はひんやりとして、もう声も聞くこともできなくて、君から抱きしめてくれることもなくて、君と体を重ねることだってできない。
私は君を独り占めしたかった。体や心だけじゃない。魂までも。
君は死んでも、私の心の中で生き続ける。そう思っていた。
けれど、心の中の君は日に日に崩れていく。本来の君は色あせていき、私の理想が混じる。そして、今私の心に生きているのは私の理想と君そのものが混じった、君なんだ。君であって、完全に君ではない。
今、私の腕の中にいる君も、もう君ではない。
死んでいるのだから。
君であることに違いはない。けど、死んだ君は、もう私を愛しちゃいない。
きっと君が、私の腕の中にいることを知らないだろう。
死んでも私だけのものになっているなんて、生前思ったこともないだろう。
君は死んだ。
君は死んだ。
君の体も心も死んだ。
君はもういない。
君はもういない。
君はもういない。
私は、君さえいればいいと思った。死んでも、君さえいれば生きていけると思った。けれど、私は思ったり弱い人間だと気づいた。
私は、君がいないと生きていけない。君が私を愛してくれるから、君が私の名前を読んでくれるから、君の笑顔を見たいから、私は生きていた。
今、君の死にちゃんと向き合った時、私は死んだ。
何かが崩れる音がした。
君の屍を抱いて、抱きしめて、壊れてしまうほど強く抱きしめて、その日私は初めて泣いた。君が死んでから初めて泣いた。
私は君を殺した。
独り占めしたかったから。
でもそれは間違いだった。
君が死んでもなお、君を愛していた。いいえ、今も愛している。
君の慰める声はしない。
抱きしめて、涙を拭いてくれない。
君との思い出をアルバムをめくるように思い出し、声を上げて泣いた。
私の泣き声だけが静かな部屋に響いていた。
死してなおも愛し、そして泣く。 とうにゅー @bookbaby
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