第5話 窓口課

「待たせたな」

「は、はい」

 窓口課カスタマーの事務所で待たせていたメイフィは、初日と同じように、居たたまれない様子で立ち尽くしていた。

「今日から二週間は窓口課カスタマーで働いてもらう。これで研修は最後だ」

「分かりました。それで、あの……」

「何だ?」

 メイフィが言いにくそうに、だが口を開く。

「その……諜報課ラクシルでの評価は、どうでしたか……?」

「分析が全く出来てないそうだ」

 聞かれるのが分かっていたのか、間を置かずそう答えた。

「え……?」

 信じられない。

 シャムレナもあんなに仲を良くしてくれたのに、低評価を下した。

 だから、諜報課ラクシルでは一生懸命頑張った。

 きちんと報告も出来ていたし、リーナも褒めてもくれた。

 好評価も約束してくれた。

 なのに、実際は低評価だった。

 何故だ?

 あれ以降、彼女の機嫌を損ねることをしただろうか?

「行くぞ?」

「え?」

 半ば人間不信になりかけているメイフィをよそに、ヴェルムがそう命ずる。

「今日から窓口課カスタマーとしての仕事だ。私についてこい」

「は、はいっ!」

 慌てて用意する、メイフィ。

 ヴェルムがそれを待ってくれるはずがなく、走って追いつく。

 二人は社の馬車に乗り、ヴェルムが運転者に行き先を告げると、動き出す。

「どこに行くんですか?」

「イルキラ魔兵商会だ。新規融資の相談がある。めったにない機会だからちょうどいい。お前がどこの配属になるにしても新規顧客の打ち合わせに立ち会えるのはいい経験になるだろう」

「分かりました。イルキラ魔兵商会……」

 どこかで聞いたことのある会社名だ。

 妙に嫌な気分になる。

 だが、聞いても教えてくれるかどうか分からないし、これまでに聞いたヴェルムの噂では、教えても無駄なことは教えてくれそうにない。

 行けば大体の事は分かるし、大人しくついて行こう。

 メイフィはヴェルムの事を、非常に穏やかな言い方をすれば、あまり好きではない。

 だが、兵装課リュークス諜報課ラクシルに失格の烙印を押された以上、窓口課カスタマーで生き残るしかないのだ。

 彼は、まあ、冷静に考えればいい上司なのかもしれない。

 思えば昔、盗賊団にいた時、自分に命令していた奴は自分の胸とか太ももばかり見ていたし、ボディタッチも多かった。

 辞める前に一度くらい殴っておきたかった。

 それに比べるとヴェルムはそういう性的な目で自分を見ることは一切ない。

 何しろ、自分には性的な価値はないと言い切った男なのだ。

 いや、それはそれで腹が立つ。

 別にこいつに好かれる必要は全くないし、性的な目で見られるのもお断りだ。

 だが、それはそれとして、魅力がないと言われると腹も立つ。

 メイフィは自分を、まあ可愛い方じゃないかな、とは思っている。

 自信満々、という程ではないが、平均以上ではあると自負していて、自分を可愛いと思わない男の方が珍しいとすら思っている。

 もちろんそれをヴェルムに言えば、勘違いだの、自惚れなどと言われるのは分かっているし、自分もそこまで自信があるかと言われたら、胸を張れるほどではないので、口にはしない。

 が、だとしても、言い方というものがあるだろう。

 女の子が可愛くなるために、可愛さを維持するために、どれだけ頑張っていると思っているのだ。

 確かに、結果だけ見れば、あの時、価値があると言われていたより、ないと言われた今の方が幸せだと思う。

 だけど、そういうことではない。

 彼はとても冷徹かつ、公平な人間で、だからこそ、自分の資質を評価してくれて、入社の手助けをしてくれたのは嬉しい。

 だが、その公平な判断で自分が性的に価値なしと言われたのが、心から悔しい。

 いや、彼が自分を女と見ていて、盗賊時代のあいつのように身体を見られたりしても嬉しいわけでもない。

 彼に口説かれたら付き合うかと言われても、付き合うわけでも……それはまあ、その時に考えるにしても、別にそういうことを望んでいるわけではない。

 何と言えばいいのか、とにかくムカつくのだ。

 女としてのプライドなんて、自分にはそんなにないと思っていたのだが、どうも私は女の子のようだ。

 まあ、そんなプライドが何の利益になるのか、などと言わそうなのでもちろん口にはしないが。

「一つだけ忠告、いや、注意しておこうか」

「……は? え?」

 いきなりヴェルムに話しかけられ、心を読まれたのかと慌てて顔を上げる。

「お前は黙っているだけでいい。黙って微笑んでいれば──いや、表情に嫌悪感さえ出さなければそれでいい。商談の邪魔をするな」

 何を言い出すのかと思えば、私は子供か。

「そんなことくらい、分かってますよ。一応、ああ見えて盗賊団ってまともな社会組織でしたし」

 何も知らない世間知らずの子供への物言いだったので、メイフィはむっとしてそう返したが、言ったことを後悔する。

「いや、そういう意味ではない」

「え?」

 意表を突かれた。

 ヴェルムはこう言い返すと思っていた。

 「まともな社会の組織が組織員や他の組織を騙すのか?」と。

 そう言われては何も言い返せないし、それ以上話に深入りすると考えたくないことを考えてしまうので、黙り込むしかないと思っていたのだが。

「私が言いたいのは、お前の正義感など、商売の邪魔でしかないと言いたかっただけだ。分かっているならそれでいい」

 そう言って、ヴェルムはまた黙って目を閉じた。

 正義感で商売の邪魔をする? 一体何を言い出すのやら。

 私を誰だと思っている? あの悪名高い銀の神狼シルバーフェンリル出身のメイフィさまだぞ?

 正義感? 笑ってしまう。

 銀の神狼シルバーフェンリルは別に義賊でもなかったし、自分たち以外にそれを分け与えているのを見たことがない。

 それに、さっきも言ったが自分だって子供ではない。

 自分が今どこに所属していて、誰から給料をもらっているかくらい理解している。

 会社のために働く、という事はまだ出来るかどうか分からない。

 だが、少なくとも自分のせいで不利益になるような事をするわけがない。

 もちろんミスをする事はあるし、そのせいで会社が利益を損なうこともあるかも知れないが、今の言い方は「ミスをするな」ではなかった。

 だから、馬鹿にされているのだと解釈した。

 黙っていろと言われたら黙っている。

 いや、もちろんただ黙っているつもりはない。

 にこにこ微笑んで、ちゃんと声を出して挨拶をして、ジョークには笑うくらいはしてやる。

 情けない話だが、自分が今日、見せられる実力はその程度しかないのだ。

 兵装課リュークス諜報課ラクシルとは違い、自分の得意分野が活かせない部署なのだから。

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