第9話 気に食わない奴
馬車に揺られるヴェルムとメイフィ。
往時と同様、終始無言だった。
メイフィは状況の整理で話をするどころではない。
来る時にずっと苛立っていたヴェルムへの憎悪が消えたわけではない。
だが、今はこいつ性格がどうの、などという問題は、あまりにも些細だ。
とても、気分が重い。
家族が殺された。
復讐も果たせていない。
もちろん、ヴェルムの説得で納得は出来るが、だからと言って感情が落ち着くわけではない。
怒りそのものは落ち着いたが、心の奥底で燻っている。
今はそれを燻らせ続けることが精一杯だ。
ふとすると、燃え上がってしまう。
そうなってしまえば、泣き叫んで復讐、復讐などと叫びまくって、おそらく何か腹の立つことを言うであろう目の前のヴェルムを殴り殺して、そのまま馬車を飛び降りて、盗賊団のところへ走って戻るかも知れない。
だから、そうならないよう、生きていかなければなるまい。
それは、気の遠くなるような話だ。
心の空白。
それが生まれてしまうと、奥底にあった感情が這い出てきてしまう。
だから、なるべく空白を作らないように生きて行かなければなるまい。
何か、打ち込めるものが欲しい。
だが、もう、何もない。
ただの空虚に過ぎない。
家族もなければ、職もない。
鮮やかであったはずの過去も色を失い、輝かしかったはずの未来も光を失った。
この広い世界で、メイフィはただ一人だった。
頼れる親類もいない。
働ける組織もない。
持っている技術は盗賊団で教えてもらったものばかり。
しかも、覚えて数年や数か月程度のものばかりだ。
こんな自分がこれから生きて行けるだろうか?
家族の後を追って、死んだ方がいいのではないだろうか?
「お前はこれからどうするつもりだ?」
涙が出そうになった時、ヴェルムが訊いた。
話しかけられるなどと思ってもいなかったので、少し言葉が遅れた。
「どうするつもりも……何もすることがないわ」
「そうか……」
この人は、何を聞きたかったのだろう?
私の事なんて価値がないとまで言ったくせに。
養ってくれるというのであれば、面構え自体は悪くないし、こんな血も涙もない男でも我慢して慰み者になってやってもいい。
だが、そんな話でないなら、こいつとはもう関係ないし、話す気分でもない。
「それなら、リクシーナ金融社に入社したらどうだ?」
「え……?」
「リクシーナは、能力があれば誰でも受け入れる。それが社会の役に立たないものでも、社の役に立つなら受け入れる。お前の能力は知らんが、社が欲しいと思う人材なら受け入れるのではないか?」
淡々と、という表現が良く似合う表情で、ヴェルムが言う。
この人は自分を認めてくれているのだろうか?
女としての価値はないとか言ったくせに、リクシーナでは受け入れると言ってくれているのだろうか?
「リクシーナなら……私を受け入れてくれるの……?」
おそるおそる、訊いてみた。
「それは知らん。私は採用担当ではないからな」
「は?」
どういう意味だろう?
私を雇用してくれるという誘いではなかったのだろうか?
「私はお前が何もすることがないと言ったので、そう言ったまでだ。採用されるかどうかは、あくまでお前の実力だ」
「はあ? じゃあ、何でそんな思わせぶりなことを言ったのよ!?」
「別に私はお前の人生相談相手ではない」
静かな、いや、冷淡な口調でヴェルムが答える。
「お前がどうなろうと、私は知らん」
そう言っているヴェルムを睨み、いつかこいつを困らせてやりたい、と、シャムレナと同じ事を誓うメイフィだった。
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