第4話 昇進
「どうかね、新部長室は? 元騎士団長の執務室だったらしい」
数日後、引っ越しを終え、リクシーナ金融社は、西半島の領土に本社を移した翌日、ヴェルムは部長に呼ばれ、部長室を訪れた。
「前の比べ、無駄なスペースが多いですね。仕切ってもう数人仕事が出来そうです」
「ははは、君ならそう言うと思ったよ。私も広いのは落ち着かなくてね」
苦笑するのは、社の中枢たる融資営業部をまとめる部長。
四十を少し越えた程度と思われるその顔や体躯は、長身であるヴェルムよりも更に高い。
かつては融資営業課という課をまとめていた課長で、たった一人で営業して、情報分析し、戦って来た歴戦の勇士だ。
その下に、ヴェルムなシャムレナがいて、課が部に昇格し、部長に就任したと同時に、全ての現場業務を部下に任せ、管理のみ行うようになった。
今でもそのスーツの下は、強靭な筋肉に覆われているのだろうと推測できる。
「今回、この半島を手に入れるに当たって、君の働きは目覚ましかった。この功績は役員にまで届いているよ」
「恐れ入ります。ただ、私一人の功績ではありません。部下が私を支えてくれましたし、
「ふむ、それももちろん理解している。その上で、彼らを使いこなせた君の功績も大きいと言っているんだ」
部長は、微笑むが、ヴェルムはもう一度恐れ入ります、と言うに留まった。
「何故、こんなことを言うのかというと、私自身、君たちの功績のおかげで評価されたのだよ。具体的に言えば、役員に名を連ねることになった」
「それはおめでとうございます」
「ま、しばらくは部長と兼任になるんだけどね。とはいえ、そろそろ私も部長としての仕事にかかり切りというわけには行かなくなった。そこで、将来的に私の代わりを出来る人材を探しているんだ。ま、つまり──」
部長は、ヴェルムの目をじっと見る。
ヴェルムはそれをただ、見返し、次の言葉を待つ。
「君を、部次長にしようと思っている」
「はい」
「もちろん
他の二課の課長を考えれば順当であるが、自分の想定よりも早く訪れた機会は、ヴェルムにとっても望ましい。
だが、それでも、早すぎるため、いくつか大きな懸念点があった。
「部長、その話は私にとっても願ってもないチャンスで、ぜひともやらせていただきたいのですが、問題が何点かあります」
「何かな?」
「まず、融資営業部をまとめる、という事ですが、私は
ヴェルムとシャムレナの問題は部長も十分承知なほどに有名で、特にシャムレナがヴェルムの功績を、社に大損をさせない程度に妨害までしていることまでも知られている。
彼女はヴェルムが上司になったところで従うとも思えない。
「そして、
ヴェルムは効率のみを考えるため、部下が失敗すると予想した場合、前もってフォローを入れておくため、失敗を気にしない者や、自分が失敗したことにすら気づかない者までいる始末だ。
失敗は社に損失を与えはするが、将来的にその社員が成長すればその程度の失敗の補填などいくらでも出来る。
だが、ヴェルムはトータルコストと社員の成長後の利益を考察した上で、今のやり方が最も社に利益を与えると考えたのだ。
そして、その予想は、自分が三十歳手前程度で部長になる想定であったのだ。
それは十年後のことであり、現段階において、課をまとめられる者はいない。
「それはもちろん、理解しているよ。だが、それこそが次長としての最初の課題と言っておこうか」
「課題、ですか」
「私が部長に昇進した時、別にまだ現場作業が出来ないほど忙しくはなかったけれど、完全に現場を退いた。その時、君たちは苦労もしただろうけど、何とか乗り越えた。君たちが十分に育っていると考えたからだ」
かつて部長は融資営業課が、融資営業部になった時、別に組織が格上げしただけで、業務が増えたわけではなかったが、一切の現場業務を部下に任せた。
課長になった三人は、いきなり自分の受け持ち業務の責任を負うことになったのだ。
「部長というものは、本来自分では動かないものなんだ。部下を指示し、それを指導し、管理することが仕事だ。君の現場業務は誰もが評価するだろう、だけど、君の欠点を挙げるなら、周囲との調整や人を育てる事を疎かにしてきたことかな」
それは、ヴェルム自身が重々感じてきたことだ。
だが、彼は取捨選択でそれ以外を優先したに過ぎない。
社に損失を出させるよりは、早急に最小限のフォローで済むうちに対応しておいた方がいい。
感情をぶつければおそらく今ほど冷たい関係ではなくなるシャムレナとの関係にしても、その時間を他の仕事に向けた方が、余程利益になる。
人を変えるよりは自分が変わった方が、エネルギーが少なくてすむ。
合理的に考えた時に、それらを切り捨てただけの話だ。
だが、これからは切り捨てて来たそれを拾い集めて大切にしていかなければならない。
そう考えると、次長というものは非常に荷が重い。
「シャムレナちゃんなんて、扱いやすいと思うけどね。彼女はああ見えて、性格的にはただの十九歳の女の子なのだよ」
「そう、ですか……」
あのシャムレナがただの十九歳の女の子、という発想はヴェルムにはどうしても納得出来なかった。
彼の視点には、彼女は年上の荒くれ女にしか思えない。
部長のような大人から見れば、可愛い子供に見えるのだろうか。
部長は確かに、シャムレナをうまく扱っているし、シャムレナも部長の言うことは聞く。
だからこそ、その言葉は重い。
だが、だからと言ってヴェルムに女の子の扱いが出来るかと言えばそれは別の話だ。
「とりあえず、私が部長であるうちは私も指導は出来るさ。やれるだけやってみたまえ」
「分かりました。ありがとうございます」
ヴェルムは頭を下げ、部長室を後にする。
少なくとも、表向きには、部次長に昇格したという感慨もなく。
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