第3話 シャムレナ
それからヴェルムは踵を返し、
ただの事務所である
ここはリクシーナ金融社の腕力、剣と槍の中枢なのだ。
「シャムレナはいるか?」
ヴェルムが室内に声をかけると、中から舌打ちする長身の女が立ち上がる。
「んだよ、昼一から気分悪いのが来やがって」
あからさまに不機嫌な態度の彼女は、シャムレナ。
リュークスをまとめる正式名称、
陽光を浴び続けた褐色の肌に、グレーのロングヘアは、あまりにも違和感がある。
だが、それに士官の礼服のような上着とスーツとマントに軍帽、更にホットパンツという、これまたアンバランスな服装をすることで、全体として妙にマッチしていた。
鍛え上げられた肉体は、女性ホルモンによって、シェイプアップされた抜群のスタイルを形成している。
その美貌と、快活にして豪放な性格、そして、誰よりも強いその騎乗の槍での戦闘力により、
その彼女が最も嫌うもの、それがヴェルムだった。
「で? 何しに来たんだ?」
不快を隠さず、ヴェルムに歩み寄るシャムレナ。
「何故、城門に来なかった?」
「ああ、それか……」
面倒くせえな、と言わんばかりの態度。
「あー、
まるで台詞を棒読みするように、そして、ヴェルムを、嘲笑するかのように言うシャムレナ。
「……で、本当の理由は?」
「てめえが嫌いだからだよ」
はっきりと、そう言った。
指示者が嫌いだから、職務を放棄した、と。
「誰がてめえの手柄のために尽力するかよ。兵が出るってのは、常に死の危険があるんだ。気軽に出せなんて言うな」
「ならば上を通してそう進言すればいいだろう。勝手に兵を出すことを拒否すれば、お前の昇進にも響く」
「私は今の地位を気に入ってんだ。しばらくはこのままでいいと思ってる。誰もがてめえと同じ価値観を持ってると思うなよ?」
シャムレナは、平然と、挑発するかのように言う。
「理解出来んな。そうすることでお前にどんな利益がある? 場合によっては不利益になりかねないだろう」
「誰もがてめえみたいに利益だけで動くと思うな? 私はてめえが困るならそれで満足なんだよ!」
列強国も恐れる巨大企業の課長が、極めて個人的な好き嫌いで組織を動かす、という行為がいかに愚かだということか、誰にでも理解できるはずだ。
そして、おそらくシャムレナにも分かっていることだろう。
それでも、出来うる限り、協力をしない。
ヴェルムにはそれが理解出来ない。
きわめて合理性を欠いた行動だ。
「お前がリュークス師団長──
「てめえの! そういうところが大嫌いなんだよ! てめえには感情ってものがないのかよ!?」
まるで
「感情はある。だが、表に出すのは合理的ではない」
「……っ!」
今にも殴りかかりそうな形相でヴェルムに掴みかかるシャムレナ。
喧嘩など日常茶飯事の
だが、それでもヴェルムは一かけらも怯えることはなく。
「……ふん」
シャムレナはヴェルムを離す。
「てめえが私を嫌いだと言ったら、少なくとも今よりはてめえの事が好きだっただろうな?」
「…………」
ヴェルムは何も応えなかった。
言おうと思えば「お前を嫌いになることに、何の合理性も見つからない」と言えたが、それを言うことすら、合理性を欠いていると判断したのだ。
「それよりも、引っ越しだ。本社を西半島に移動することになった。ここに残す部隊と移動する部隊を決めて準備しろ」
「何だよ、いきなり引っ越しとか、面倒なんだよ。あー、じゃあ、私を含めて全員がここに居残りでいいだろ? その方がちょうどてめえとも離れられるしな」
明らかに合理性を欠いており、同部署の、連動即応が求められる課同士が離れた場所に存在するもいうことはあり得ない。
それを分かった上で言っているのだ。
「お前は移動だ。部長の命令だ」
「ちっ、部長の命令なら仕方がねえな。分かった、準備しとく」
シャムレナは、用が済んだらさっさと帰れと言わんばかりに、ヴェルムの存在を無視して席に戻る。
ヴェルムとしても、連絡事項は伝えたので、詰め所を後にする。
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