第1話 ヴェルム
「お久しぶりです、陛下。ご機嫌はいかがでしょうか?」
慇懃に頭を下げる長身。
身の丈に合わせて誂えたスーツを着こなし、一切の乱れも許さず刈り込まれたブラウンの髪。
ぴん、とした立ち振る舞いに、常に周囲を観察しているように時折視線が動く。
如何にも「出来る」と思わせる男だった。
「うむ……あまり良くはない。最近どうも腰が痛くてかなわん」
「それはそれは、ご自愛くださいませ」
男の口調は重く、目の前の陛下と呼んだ一国の王に対し、最大限の礼を尽くしている。
だが、その口調には何の感情もこもってはいないように、少なくとも国王には思えた。
「さて、国王陛下。私共が陛下にご融資いたしました五億セルの返済期限となりましたが、本日ご用意はいただけましたでしょうか?」
「う、うむ……それなのじゃが。もう少し待ってはくれんか? 今年は作物の出来が悪く、作物からの税収が思った以上に少なかったのだ……。ら、来月には川魚が獲れる! それで何とか返却する!」
国王は落ち着きなく視線をあちこちに移しながらも、状況を説明する。
男は表情を一切変えることはなく、じっと国王を見ていた。
「残念ながら、御国の例年の川魚の漁獲量収入では、利息すら賄えません」
「分かっておる! じゃから──」
「陛下、残念ながら、時間切れです」
無情にも、男はそれ以上の話を遮る。
「ど、どうするつもりか? 儂は国王だぞ?」
「どうするも何もございません。我がリクシーナ金融社は担保、または精密で実現可能な事業計画があれば、国家様でも
男は、一旦言葉を止める。
「ご返済いただけない場合は、お相手が神様でも、
「待て! それは無理だ! 我が国の西半島はわが国固有の領土なのだ! 住民だって帰属意識があるのだぞ?」
「そうですか。ですが、私共にとってあの半島は、担保以外の何物でもありません」
徐々に感情的になっていく国王。
それに一切引きずられることなく、慇懃な態度を続ける彼は、淡々と話を進めて行く。
「そんなことが許されると思うか! それは我が国への、いや国王たる儂への反逆と見るぞ!?」
「私は、御国の国民ではありませんので」
「やかましい! こ奴をひっとらえよ!」
怒鳴る国王。
駆けつける、衛兵。
彼は武器を持ってはいない。
そして、戦う術を修得していない。
だが、それでも一切の動揺はなく。
「──陛下は
「な……ぬ……」
激怒していた王の表情が一転、焦りの表情となる。
「わが、リクシーナ金融社が誇る私兵軍で、その規模は国家にも勝りますが──」
悠然と歩き、駆け付けたが動けない衛兵を押しのけ、出口に向かう。
「御国の軍に勝算はございますかな? 新たな担保を頂ければ、充分な軍資金をご融資いたしますが」
「ぎ……ぐ……」
言葉にならない。
それ自体が雄弁だった。
「本日は
既にこの国は融資が返せないことを知っていた上で、彼は最初から準備をしていたのだ。
ここに来た時点で、既に勝負はついていた。
それを粛々と実行したまでだ。
「では、御国の領地であった、西半島は本日より我がリクシーナ金融社の領土となります。当分、御国との行き来は自由といたしますので、完全引き渡しのご準備をお願いいたします」
もはやぐうの音も出ない国王を背に、彼は宮殿を出た。
こうしてリクシーナ金融社は、西半島に領地を手に入れた。
「まさか、誰もいないとはな……シャムレナの奴」
ある程度諦めてはいたが、それでもため息を吐く男。
城を出て辺りを見渡すと、城下町であるにも関わらず、人通りは少ない。
この国の景気をそのまま表しているようだ。
そして、城壁の周りにも誰もいない。
先ほど彼が国王に啖呵を切った、
それではただ、彼ははったりをかけただけになるが、彼にそのつもりはなかった。
もちろんその可能性も想定はしていたが、本当に一人もいないとは、さすがに思わなかった。
「あいつが私を嫌いなの知っているが、業務依頼の無視はさすがに理解出来んな。奴の昇進にも響くはずだ」
つぶやくも、応えを返してくれるものはそこにはいない。
彼は一人、帰ることにした。
彼の名はヴェルム・エルマ。
十八歳にして、リクシーナ金融社の融資の営業から回収までを行う窓口課、通称カスタマーの課長だ。
実力があるなら年少でも管理職に投入するリクシーナ融資営業部において、彼と競争しているのは、
彼女は十九歳にして荒くれ者が集まる
強く豪快で明るい女性ではあるが、好き嫌いも激しく、特に感情を表に出さないヴェルムを嫌っていた。
ヴェルムはそれを知っているし、別に他人の好き嫌いには何の興味もなかった。
だが、業務依頼・指示まで無視する意味が、彼には理解できなかった。
「今はそんな乙女の感傷に付き合っている暇はない。これからは引っ越しに忙しくなるのだからな」
一人、そうつぶやいて歩きだした。
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