幕間(ⅱ)
紅蓮の炎と硝煙の匂いが燻る暗い通路に、少女は一人佇んでいた。彼女の周囲には、意識を失った黒ずくめの追っ手たちが転がっている。
消化用のスプリンクラーが作動し、噴出した水で濡れた髪が肌に張り付く。邪魔な前髪を払う。先ほどまで続いていた銃撃音のせいだろうか。耳鳴りが止まらない。
周囲では爆破がいたるところで起こっていた。火災探知機が異常を検知し、消火機能が機能してはいるものの火の勢いが強くてなかなか鎮火までは至らない。
派手に立ち回り過ぎてしまった、と少女は表情を曇らせる。
「……」
少女は大きく息を吐くと、周囲に敵が無いことを確認してから水溜まりができている通路に腰を下ろした。安堵から緊張の糸が切れてしまったのだろう。呼吸は乱れ、満身創痍で全身から汗が噴き出す。体調は芳しくない。
体の小さな震えが消えるのを待ちながら、呼吸を整える。同じくして、ようやく全てのスプリンクラーがフル稼働を始め火は鎮火へと向かっていった。
「……もう少し。もう少しだけ、もってちょうだい」
少女は自分の震える体を両手で抱きかかえた。前髪の下に隠れた顔は蒼白で苦痛に歪んでいる。
しばらくの間、じっと耐えながら腰にある装置の表面をそっと撫でた。先の戦闘で破損してしまったらしく、現在はその機能を完全に停止している。
「……バックアップはなし。はぁ……こんな体たらくでどこまでいけるのかな」
少女は着ていた上着とシャツを脱いで上半身が下着一枚になってみせた。そして、腰にある装置から伸びるケーブルを指で辿る。ケーブルは彼女の背中、脊髄に直接繋がっていた。
「……ッ!!!」
下唇を噛みながら、彼女は勢いよくすべてのケーブルを引き抜いた。軽い出血はあったが、痛みは一瞬だった。びしょ濡れになったシャツを着なおすと、そのまま少女は体を小さくして丸まった。
不安に、彼女の心は押し潰されそうになっていた。身体は擦り傷だらけで、銃弾の雨の中で負った剥き出しの傷が消火用の水に沁みる。
傷ついているのは身体だけではなかった。
孤独。心も限界まで擦り切れていた。不安が重圧となって襲ってくる。
回り続けているスプリンクラーを無心で浴び続ける少女。弱った心身をなんとか落ちつけようと、動悸が正常に戻るまで座り込む。
あらかた周囲の消火が終わり、放水の勢いが弱まってから彼女は大きく息を吸って吐き出した。
「……もう一度、『ゲート』まで行かないと」
少女は長い前髪をそっと脇に避けた。
今まで隠れていた、整った綺麗な顔が現れる。
漆黒の髪の下にある白く美しい顔。仄かに輝く綺麗な紅い瞳は、まだ死んでいない。僅かにまだ希望の光が残る瞳は生気を宿していた。
顔色は依然悪いまま。息も必要以上に乱れている。だがしかし、無理をしてでも少女は再び立ち上がらなくてはならない。
残された猶予は少ないのだ。
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