《勇者》

はじまり



 ここは次元の交差点。

 世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なり合う場所である。


 様々な異世界から紛れ込んできた人々は、この別天地の星をいつのころからか『天地球』と呼んだ。

 この『天地球』では、一度異世界とつながった地域は、その異世界の影響を強く受けた。

 科学技術の進んだ異世界とつながった地域は、科学が発展した。

 魔法の使える異世界とつながった地域は、自然界に魔力が満ちた。

 神と悪魔の異世界とつながった地域は、人々の信仰心の強さが神の奇跡を呼び、悪魔に対抗する力となった。

 例えば、十数年前に筋肉ムキムキの男性型アンドロイドが迷い込んで来たことがあった。彼は、彼の組織の敵対勢力の『いずれ指導者を産むはずの女性』を殺すために、『過去』に送られたはずの暗殺者だったが、『過去』ではなく『天地球』来てしまった。

 が、彼は異世界に侵入したことを、当然だが理解出来なかった。

 彼はプログラムエラーを起こして暴れだした。しかし、そこが一神教の神の加護のある地域だったため、神の一撃によって速やかに解決が成された。

 ちなみにその残骸は、研究資料として科学技術の発達した地域に送られたという。



 さてさて、その天地球に、防衛に特化した技術を持った地域があった。そこには水晶翅王国という、防衛に関する事業で成り立つ国があった。

 異世界からたまに紛れ込む人に害を成すものや、戦闘行為などの物理的暴力から人々を守る力を派遣しているのだ。

 そんな国でも街には様々な人がいて、とある街角では五人のチンピラが二人の若い女性に絡んでいたりした。


「ねーちゃんよぉ、人にぶつかっておいてそのまま通り過ぎるつもりじゃぁねーよなぁ?」


 チンピラAが両手をポケットに入れて猫背になり、視線を上下上下とせわしなく移動させながら女性に迫る。

 その隣では、チンピラBが女性の胸元をガン見しながら言う。


「ちょおっとオレらに付き合ってくれれば、許してやってもいいんだぜぇ」


 当の女性は二人とも、比較的露出の多い服装に濃い化粧。ギャルである。気丈に振る舞おうとするも、チンピラの威圧に恐怖を感じているのが見て取れた。

 チンピラ共は二人を囲むと、徐々に路地裏の方へと追い込んでいった。

 そこに通りかかった二つの人影。


「ちょっと待ちなさい貴様達。揉め事ならこのお兄さん達に話してみなさい!」


 声をかけたのは好青年。見るからに元気ハツラツで、スポーツをするなら野球よりはサッカー、テニスよりはバスケットが似合うイケメンだった。ただ、お兄さんを自称するほど、チンピラと比べて年上には見えない。


 もう一人は小柄で、顔も見えない全身鎧姿。戦闘の前線を職場とする人が一定数いるこの街では、鎧姿も珍しい物では無いけれど、この鎧はレトロな外観でしかも小柄。目測でしかないが、身長142センチ位ではなかろうか。当然、鎧も特別製であろう。しかしその重装備でありながら、態度は非常におどおどしていて、青年の服の裾をつまみながらついて歩いている状態だ。


「あんだてめぇ。正義面したいだけの残念無念な偽善者だったら、地面の舐め方を懇切丁寧に教えてやろうか?」


 四文字熟語を使えば賢く見えると思っていると思われるチンピラAは、チューするんじゃないかってくらい青年に近付くと、舐めまわす様に彼の顔を見ていた。


 迫られた青年の方は平気な顔だったが、その態度に怯えたか、鎧の人が一歩下がって辺りに助けを探す。周りには人が居ないでも無かったが、関わり合いになりたくないと、見て見ぬフリで去っていく。


「別に正義ぶるつもりは無いから、手っ取り早く済まそうか」

「どういう意味だてめぇ、開口一番やろうってのか?」


 チンピラAが青年の襟首を掴む。が、その感触に違和感があったのか、眉をひそめて手元を見ている。


「そう、やろうって意味さ」


 青年が身をさばくと、それだけでチンピラAが路地の壁まで吹っ飛ぶ。


「なにしやがんだ!」


 突進するチンピラBは、青年が足を払って平手打ちしただけで地面にはいつくばる。

 途端に残りのチンピラが身構える。が、ひときわ体格のいい、リーダーっぽいチンピラCが前に出る。


「止めとけ、お前ら。ここはオレが相手をしてやる」


 そう言って籠手を付けた拳を構え、挑発的に指を振る。

 そこへ、青年は無造作に近付いた。チンピラCの繰り出すパンチをことごとくかわすと、掌底を放つ。

 それがチンピラCかかげた籠手に当たると、まるで地面でも殴ったかのように、威力を吸収されてしまった。


「へぇ、『位置事停止術イージス』が使えるのか」


 それはこの街の兵士の間で特に良く使われる術で、どんな物体でも空間に固定することで、破壊不可能の盾とすることが出来る、防御に最適な術だ。


「お前にオレは倒せねーぜ。誠心誠意アタマを下げて降参しても、もう許してやらねーけどな」


 チンピラCはニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべると、チラッと女性を振り返る。オレ強いだろアピールだ。


「奇遇だな、俺達も同意見だわ」


 しかし青年は臆する事もなく、改めて右手を振りかぶる。

 チンピラCは術に余程自信があるのか、大振りの拳を受け止めてからの反撃の構えだ。

 真っ直ぐ打ち出した青年の拳はまたも籠手に止められ、その防御力を超える事は出来なかった。

 だが、それと全く同時にチンピラCの顔面と脇腹に拳がめり込み、チンピラCは路地裏の暗がりまで飛んで行った。すぐに起き上がる気配は無い。


「一撃必殺!?」

「そ、即時撤退!」


 まだ無事なチンピラ共が倒れた仲間を助け起こし、捨て台詞も忘れるほど慌てて逃げ出して行った。

 青年は女性二人へと向き直る。


「無事だったかな、お嬢さんたち」

「助かりましたありがとぉ~」

「お兄さん強いんですね~」


 青年は二人のギャルに挟まれて、ご満悦の様子。

 キャイキャイと会話を進めるうち、食事でも一緒にという話になった。その時。


「こっちの人ははどんな人なの?」


 女性の一人が、青年のすぐ後ろにいた鎧姿に気付くと、その顔を覆うバイザーをいきなり開けた。

 そこから見えた顔は、中学生くらいの美少女のものだった。

 一拍の間の後、女性の顔が不快に歪み、舌打ちをした。


「なんだ、女連れかよ」


 その負の感情を受け、少女が身をすくめる。

 その時、少女の影から黒い虫の様なものが出て来た。

 それに気付いた青年が、何気ない動作でそれを踏みつけると、それは煙となって消えた。他にそれに気付いた人はいなかった。


「いこいこ、脈ねーわ」

「ロリコン乙~。通報しとくね」

「あぁおねーちゃんたち、せめてご飯くらいは」


 青年が女性の背中に声をかけるも、女性達は振り返りもせず、手を振るだけだった。

 そのすぐ後に、たまたま通りかかった警邏兵を呼び止めると、青年達を指差しながら何か話していた。


「ゲッ、とりあえず逃げるぞ」


 青年は少女のバイザーを下ろすと、その手を取って走り出した。



 水晶翅王国は『王国』である。

 つまり、王様がいるって事だ。

 王様がいれば城もある。

 その城は国のほぼ中央に堂々と陣取っていた。

 そしてその城の隣には、城と引けを取らない立派な建物があった。それは国の管理運営する事業である、派遣守護騎士団のための建物で、訓練や業務待機などで常に数万人の兵士が詰めていた。

 そこの入り口の受付で、事務員とあの青年がもめていた。


「わかんねー奴だな、何のアポもなく最高責任者に会わせろって言われても、無理なの」

「そこをなんとか。エースが来たって伝えてくれるだけで良いからさ」

「クーリス総司令官は忙しいんだ。観光なら入り口はあちらですので、そちらからどーぞ」


 手を合わせて拝むように頼み込む、エースと名乗った例の青年に対し、まだ若いであろう事務員の態度は素っ気ない。

 その掛け合いがおかしかったのか、その後ろで鎧姿が笑いをこらえるように肩を震わせている。

 それでもしつこく食い下がるエースに、事務員が辟易した頃、その上司が通りかかった。


「どうした、何かあったか?」

「あ、将校。この人が、何度説明しても納得してくれなくて」

「なんだ、またお前か」


 将校と呼ばれた事務員の上司は、エースの顔を見ると困ったように眉根を寄せる。


「おー、良いところに来た。また頼むよ」

 エースがやたら気安く話しかけた。

「また飯でもたかりに来たのか? まあ良い、こっちへ来い」

「え、将校、良いんですか?」

「ああ、コイツは飯でも奢ってやらんと帰らんのだ。あとは私が片付けるから、お前は仕事を続けろ」


 言われた事務員は、どうも納得出来ない様子だったが、しぶしぶと受付に戻った。

 将校とエースと鎧姿が、建物の中を進む。

 将校が声を殺して話しかけた。


「エース殿、せめて連絡くらいしてもらわなければ困ります」

「悪い悪い。ジョーんとこ寄ってきたら、ケータイ通信機が壊れちゃってさ」

「それにしたって直接来られたのでは、フォローにも限界がありますぞ」


 歩きながら窓から外を見ると、兵士達が訓練しているのが見えた。今時戦闘要員に女性がいるのはそれほど珍しくは無いが、ここでは半数が女性だ。そこまで多いのは珍しい。

 将校は二人を奥の待合室まで案内すると、そこにいた秘書に事情を説明し、後を任せた。

 秘書は内線で各所に連絡を取ると、更に建物の奥へと案内した。エースは素直に従いまっすぐ歩き、鎧姿の少女は物珍しそうにキョロキョロしながら、エースの後に付いていった。

 建物の奥にある専用のエレベーターに乗ると、秘書は一番上のボタンを押す。階数の表示は無いが、東京タワーの展望台ほどの高さまで上がった。三人はエレベーターから出て廊下を進むと、一際大きな扉の前で立ち止まった。

 秘書が扉をノックし、声をかける。


「クーリス様、お客様を案内しました」

「入りなさい」


 優しげな声が聞こえた。

 扉を開けてエースと鎧姿が中に入ると、そこはかなり広い部屋。教室なら4つ分はあるだろう。壁の一面がガラス張りになっていて、街が一望出来る。その壁際にあるデスクに座っていた男性が、立ち上がって近寄って来た。


「久しいね、エース。元気そうで何よりだ」


 その男は、まさに美丈夫と言うにふさわしい、長い金髪に碧眼。長身で鍛えられた逞しい体躯に整った顔立ち。爽やかな笑みを浮かべて二人を室内へ促した。


「元気だけが取り柄だからね。せめて体くらいは丈夫でないと、仕事が探せないからな」

「まだ仕事を探しているのか? 言ってくれればいくらでも斡旋するが?」

「お前から紹介されたら軍人になっちまうじゃないか。俺達はもっとこう、俺達にちょうど良い仕事を探してんだよ。俺達にピッタリのな」


 この国の騎士団の最高責任者をお前呼ばわりしたエースは、誰もが羨む仕事の話をあっさり蹴った。


「しかし、君の素質を考えると……」

「あーあー聞きたくなーいー」


 両手で耳をふさいで話を拒否するが、その姿はまるで子供だ。むしろガキだ。

 その時、扉をノックする音がした。続いて扉が開き、さっきの秘書が人を連れてあらわれた。


「食事の用意が出来ました」


 そう言って部屋の空いたスペースにテーブルと椅子を用意するよう指示を出すと、数人で手際よくそれらを並べる。

 あっという間に食事の準備を整えると、一礼をして部屋を出て行った。


「さあ、とりあえず食べようじゃないか」


 クーリスが促して、自らも用意された椅子に座る。

 エースも椅子に座るとテーブルの上を見回して、目を輝かせる。三人分の料理にしてはやけに多く、目測だが、全部で十三人分くらいはありそうだ。

 その後ろで、鎧姿の少女が戸惑っていた。むしろ狼狽えていると言おうか。


「キリも鎧脱いじゃえば? 全く知らない人ってわけでもないんだし」


 エースからキリと呼ばれた少女は、しばらく迷ったものの、俯いて何か念じる。すると鎧が自動的に少女の体から離れ、彼女のすぐ後ろに元通りに組み合わさって落ち着いた。

 鎧の中から現れた少女は、黒を基調としたいわゆるゴスロリの服装をしていた。あれ? 下はスカートなんだけど、これでどうやって鎧を着ていたんだ? ……まあいいか。

その中でも特徴的なのは、手首足首に巻かれた多数のリング。革、布、金属と様々な素材のそれらは、どれもうっすらと発光していて、何かしらの魔力的な効力を発揮しているのがうかがえた。それらのリングからそれぞれ細い鎖が伸び、首輪に付いた南京錠につながっている。

 二人に続いて彼女も椅子に座ると、「いただきまーす」三人は食事を始めた。


「ところでエース、剣山帝国を通って来たそうじゃないか」

「ああ、キリにゆかりのある国まで支配を広げたって噂を聞いたからな。まぁ、逆にキリを刺激しそうだったから、そこには行かなかったけど」

「ジョーの様子はどうだった?」

「別に、いつも通りかな。取りあえず元気だったぜ」

「あれは元気なのでは無い。ただ野蛮で騒がしいだけだ」

「なんでお前らそんなに仲悪いんだ、同じ釜の飯を食った仲じゃないか」

「あの頃は私もどうかしていた。もっと早く奴の本性に気付いていれば、手の打ちようもあったのだが」

「まぁ正直、あの時はそれどころじゃ無かったしな」


 そんな会話の間にも、エースはすでに三人前ほどの料理を平らげていた。更に凄い速さで食べ物を口に運んでいる。それだけ口に詰め込んでも会話出来るとは、なかなか器用な奴だ。

 キリは黙々と食事をしていた。料理を一つ一つ味わっているようで、色んなものを少しずつ食べては、小さくリアクションをとっていた。

 そんな姿を見ながら、クーリスがエースに少し小声でたずねた。


「で、キリの様子はどうなんだ? 問題は無いのか?」

「今んとこ大丈夫だと思うぜ。食べ物の好き嫌いも無いし」

 エースは彼女を見もせずに言った。

「今はとにかく色んな所を回って、見識を増やすしかないからな。この世界がどんな所か分かれば、恐怖心も無くなるだろ。更に、オレ達の仕事も探せれば一石二鳥だ」

「そんなに上手く行けば良いがな。……特に、仕事は見つからないと思うぞ」

「いいよなお前は、元々この国の騎士団にコネがあったんだから。俺達は身寄りすら無いからな」


 そう言うエース達の前にあった料理の皿は、あらかた空になっていた。


「で、今回ここに来た要件は何だ?」

 食後にお茶を飲みながら、クーリスがたずねる。

「ん? 別に無いな。強いて言うなら、ジョーんとこがなんだか雰囲気が荒れてたからな。ここならキリの気持ちが落ち着くかと思っただけだ」


 そのキリは、デザートのゼリーの上に乗ったクリームを少しずつスプーンですくっては舐めている。


「飯も食わせてもらえそうだったしな。そうだ、そういえば俺達、一般用のケータイ通信機壊しちゃったんだけど、新しいの用意してくれない?」

「それはかまわないが、一台でいいのか? しばらくはこの国にいるのか?」

「いや、二、三日したら東に行こうと思ってる。なんだか良くない噂もあるみたいだしな」

「噂……?」


 その時、クーリスの仕事用のデスクにある内線電話が鳴った。

 クーリスが通話をスピーカーでつなげると、慌てた声が聞こえてきた。


「総司令、剣山帝国の軍が動き始めました。また攻めてくる様です!」

「なんだと?」


 クーリスはエースを見る。

 エースはそっぽを向いて、鳴らない口笛を吹いていた。


「分かった、すぐに行く。防衛部の第二部隊から第八部隊まで出撃の準備させながら、移送ゲートを蒼玉西平原に先行させろ」

 了解の返事と共に通話が切れる。

「エースお前ら、知っていただろう」

「俺達は誰の肩も持たないからな。先に言ったら不公平だろう?」


 クーリスはため息をつく。

「やはり、一緒に来てくれと言っても……」

「手は貸さないよ」

 面倒くさい奴だなと、クーリスは声には出さない。

「ここにはいつまで居てくれても構わないが、君達の事を知らない者も多いから、建物内をあまりうろちょろしないでくれよ」


 水晶翅王国防衛騎士団の総司令官は、二人へ忠告をしつつ部屋を出ようとする。

 その時、再び内線が鳴った。

 クーリスが怪訝な顔をしつつも、改めてスピーカー通話でつないだ。


「どうした、今から向かうぞ?」

「紅石東丘陵からの緊急連絡です!」

 先ほどとは違う隊員のようだ。

「魔物の群れが現れました! レベルは二十から九十。数はおよそ三万! 分布は左肩ですが、ボスは災厄クラスです!」

「……分かった、少し待て」


 クーリスは一度マイクを切ると、エースを振り返った。

 エースは肩をすくめて言った。ポーズだけがやたら様になっている。


「さすがに知らなかったよ。聞いてたのは本当に噂だけだ」

「依頼の形なら、受けてくれるんだな?」

「国盗り合戦じゃないならな」


 クーリスはマイクをつないで言った。

「出撃準備中の第八部隊は東へ目的地を変更。第十と第十四部隊を早急に引き戻して、防衛強化へ回せ」

「そ、それだけで、足りますでしょうか?」

 戸惑う電話口の声に、クーリスはためらいなく言った。


「心配するな、求職中の勇者を向かわせる」


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