譲渡
「普通
乙女は、指の先でトントンと『邪宗門』の文字を叩いた。
「詩集の詩しか着ることが出来ないの。でも、一つだけ例外があってね。それが詩の譲渡」
「詩の、じょうと?」
首を傾げるひばりに、頷く乙女。
「自分の持ってる詩をあげることができるの。あげられるのは一生に一度だけ。もらえるのも一生に一度だけ……一生、って言葉、おかしいわね」
乙女がくすくすと笑うのを、ひばりはじっと見た。乙女はふ、と笑うのを止めると、また雲のかかりはじめた空を見やる。
「私に詩をくれたのは雲──
乙女は目を伏せた。
「あの人の詩を返すなら、貴女の他にいないと思うのだけれど、貴女はどう? 一度きりのチャンス、私に使っていいかしら」
ひばりは大きな目をニ、三度瞬かせて、いいよ、と囁くように言った。
「いいよ」
ひばりははっきりと言い直した。ほんとうに? と聞く乙女に、ひばりは顔を寄せた。
「私、どっちを選んでも痛いことがわかってるときに、よく選ばされたの。でも、それは二つの選択肢があるように見えて、違うでしょ? お姉さんが言ってることは、それとよく似てると思う」
「例えば?」
「えっと、えっとね。手術を、するの。先生は手術しても、しなくてもいいって言うけれど、治ろうと思ったら、手術を受けるしかないでしょう? もう治らないだろうと思っても、治りたいって思うしかないでしょう?」
乙女の頬がさっと赤くなる。ひばりはらんらんと光る目で乙女を見た。
「お姉さんは、その詩を私にあげたいのでしょう? 私が嫌だよって言っても、くれるのでしょ?」
「いいえ……そんなことは、ないわ」
「うん。そんなことはないの。だって、私が『いいよ』って言うんだもの。お姉さんのやることは、先生の言うことと一緒でしょ。でも、お姉さんは先生と違って、私が欲しくて仕方がないものをくれると言うから、それは、ずるい」
ひばりはそこまで言い終えると、ふうと息を吐いて、目をごしごし擦った。乙女はしばらく呆気にとられていたが、やがて声を上げて笑い始めた。涙を拭き拭き笑う乙女に、今度はひばりが呆気にとられる。
「そうね。確かにずるいわね」
明るい声で言った乙女はいたずらっぽく笑った。
「でも私、こんなもんじゃないわ」
乙女はぱっと立ち上がって窓を開けた。少し冷たい風が部屋の中を吹き抜ける。
「貴女に譲る詩の名前は、『旅上』。よく聞いて覚えるのよ」
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