八幕

学校の怪談というのは、こういう校舎だったからできたのだろうと思う。足を進めるたびに、きぃきぃと床から音が鳴る。窓の外は真っ暗で、電気がついても廊下の奥までは見えない。曲がり角から、そういうものが飛び出してくるんじゃないかという恐怖を煽る。まだ確認してないけど、トイレは絶対に入りたくない。

机や椅子だけでなく、扉から壁までが木だった。温かみのあるといえば聞こえがいいが、今は恐怖の演出に一役買っている。

「グーテンモルゲン! 皆様敬礼〜ッ」

前の黒板には大きな旗が掲げられている。Jという文字を随分凝ったデザインにした、派手なものだ。自分で作成したのだろうか。

軍服に身を包み、ノリノリで敬礼を行っているジョーカーを見て溜息を吐く。

……どうしてこうなったのか。それは数時間前のことだ。

舞踏会の後、全員に目隠しをさせた。そしてロープで一人一人の手首を繋いで、何も見えないまま、ぞろぞろと歩かされた。時折ピチャピチャと水が落ちる音がしたので、地下のようなところを歩かされていたのかもしれない。

目隠しの下で薄っすらと目を開けてみたりはしたけど、光は入ってこなかった。冷たい風と、足音だけ響く空間が不安を煽る。

そしてやっと目隠しが外された時に、この古臭い教室にいたという訳だ。今にも壊れそうな、教科書に載ってそうな木造の校舎。白黒の写真でよく見たような場所だ。

教室にいる他の生徒は呆れているのか、誰も話さない。ジョーカーだけがいつも通りのテンションだ。

以前の装飾ばかりの仮面はやめたのか、今は白一色のシンプルなものにしていた。今までより素顔が見えても、結局ジョーカーがどういう人物なのか分かりそうにない。

「皆さんもこちらに着替えてくださいね。やっぱりビジュアルからって言うじゃないですかぁ〜。ほれほれっ」

渡されたのは真っ黒な学ランと学帽。一体いつの時代の人間にさせるつもりなのか。

「私もこの文化には大変興味がありましてねぇ。この西洋と日本を絡めあわせて融合しちゃったような、大正浪漫的な? 文明開化的な? あぁ良いですねぇ……ジョーカーは和も重んじれる素晴らしい存在なのです。ね、ずっと同じ景色っていうのも飽きちゃうでしょ? マンネリにバイバーイ! 万歳万歳! あら、皆さんも似合いますね。私感激です! るんるーん!」

ただこいつの趣味に付き合わされただけみたいだ。いつもの制服に慣れているから、変な感じがする。

そして、これはまた新しいジョーカーなのだろうか。今度のジョーカーはテンションが高くて……とにかくうるさい。

ところで女子が一人も見えないけど、どこかに行っているのだろうか。

「書生服も素敵なんですけどね。袴も。でも皆さんに合わせるならこちらかなと。そろそろ着替え終わりましたかね。服の制作からヘアメイクまで、頑張っちゃいましたよん! いやーん私って本当に何でもできちゃうんですね! 天才〜」

後ろの扉から静かに女子が入ってきた。全員が黒髪になっている。前髪も切ったのか、ぱっつんと呼ばれる横一直線のやつだ。同じセーラー服を着ている。スカートも普段は短いのに、膝下まであった。ここまで揃えられると、誰が誰なのか分からない。

「うんうん良い感じですね。たまらんですたまらんです! 私もまた着替えたくなってきました。コレクションはまだまだあるんですよ。この後ファッションショーにしましょうか? んふふふふふふ」

腰から鞭を出すと、ぴょんぴょん揺らして床を叩いた。まぁ顔だけは良いから似合っていることは認める。ただ前よりも、怪しさと危険さが増している。

「……皆様、せっかくここまで来たのですから一気に決めてしまいましょうか。まずは女生徒を選別する為に、『聖少女祭』こちらを用意しました」

ガガガガと音がして後ろを振り返る。壁が半分に割れた。そこにあった黒板とロッカーも、綺麗に右と左に別れる。そこから出てきたのは、鉄製の丸い台だった。その上に人数分の椅子が固定されている。女子全員を座らせると、真っ白な、顔の全てを隠せる仮面を被せた。のっぺらぼうのようだ。

「さぁ準備が整いました。これから皆さんには自分の罪と見つめ合って、誰が聖なる少女なのか、本当に美しい者が誰なのかを決めて頂きたい。まずは内面の美しさで選んでみましょうか」

照明が暗くなり、一人の女生徒にスポットライトが当たった。

「貴方の罪を話してください」

「わたし……は」

仮面の下から、か細い声が聞こえた。


「私は……嘘をつきました……。自分が選ばれるように周りの人間を騙して、裏切って、その子を私の元から消すよう仕向けました」

その子と私は、同じ部活に入った時から気が合いました。あの子はとても可愛くて良い子だったんです……。

私の方が何倍も努力していて、上手くなろうと必死なのに……あの子は何をしなくても愛される。周りはあの子にしか興味がない。それでも実力が伴っていれば私が選ばれる、そう思っていました。なのに次のコンクール選ばれたのはあの子で……私はどうしてだろうとずっと思っていました。その内あいつさえいなければと、いつの間にか彼女を殺したいほど憎んでいました。


ねぇ……どうしたの。最近疲れてない? 少し休むことも大事だよ。

……うるさい、黙っててよ! あんたなんか……絶対に落とさせてやるから。


「それから私は、ちょっと悪い人達に協力してもらうことにしました。媚びてお金でも払えば、いくらでもやってくれました。彼女を陥れる為なら、何でもできた……初めは疑う人が多かったけど、写真まで出回るとだんだん彼女を庇護する人は少なくなって、人間不信になった彼女は学校を辞めました。これが一番の罪……かなぁ。今は反省も後悔もしてないけど……部活は辞めちゃった。虚しくなっちゃってね、頑張るのもダサいし」

「では貴方には『裏切り』を表す、裏の文字を」

白い仮面に赤い筆で、裏の文字を書いた。飛び散った液は、まるで血のように彼女に降りかかる。

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