(1)

そんなジョーカーを横目に、頭の中で事件を再現してみる。青山だって、きっと犯人を見つけてほしいはずだ。

……そうだ。そもそもなんで教室に来たんだ? 廊下や他の場所に血痕は見当たらない。だとしたら無理やり連れてこられたという可能性は低い。廊下で抵抗していたなら、話し声などで誰かが気づくはずだ。じゃあ誰かが呼びだしたのか? もしくは一緒に来たか……。

誰かに呼ばれたのだとしたら、仲の良かった奴か? でも女子に呼ばれたらアイツは来そうだ。しかし女子が青山相手にあそこまでできるだろうか。返り討ちにあう可能性の方が高い。

あの量の血は相当暴れないと出ないはずだ。もしかしたら、意識がなくなってからも刺していたのかもしれない。だとしたらそのぐらいの恨みをもってる奴。となると、そこに当てはまるのは……。

「おや、何か分かりましたか森下君?」

「っ……うわぁ!」

気がつくと、机の上に乗られていた。ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。

「分かっちゃったぜ、みたいな顔してますよ? ほーら発表しちゃったらどうですか。もしかしたらその犯人が裏切り者さんかもしれませんよ? ほらほらっ」

皆からの信用を取り戻すチャンスですよと、囁いてきた。全員がこちらに注目している中で、静かに立ち上がる。

「……断定した訳じゃない。一つの可能性だ。あの状態からも分かるように、犯人は青山を恨んでいたんだろう。犯行自体が衝動的でも、あそこまで傷つける必要があったのか? ……死んだかどうか分からないからっていう理由もあると思う。でもあの場にいたら、一刻も早く立ち去りたいはずだ。それからあの場にいた理由は、誰かに呼び出されたか、一緒に来たか。とにかく無理矢理ではなかったと思うんだ」

「へぇーえ、結構考えてますねー。んでんで、重要なのはそこからですよ」

「呼び出されて青山が向かう人物。それでいて恨みがありそうなのは……、竹内じゃないかと思う……」

それまでの沈黙が嘘のように、教室内が騒ぎだした。

「竹内君、前に出ますか?」

「……はい」

竹内が立ち上がると、ぴたりと声が止んだ。ゆっくり前に出る足音が教室中に響く。

今から反論するのか? 俺がこの名前を出したのは、違うと言って欲しかったからだ……そんな訳ないと怒ってほしい。

前の机には座らず、その側に立っていた。皆の視線が集まる。

「竹内君、お話がありましたらどうぞ」

静かに口を開いた。

「健太を……刺したのは……、僕だよ」

「……っ!」

「だって……っ仕方なかったんだ! 事故だよ……事故。僕は、殺すつもりなんて……なかった、のに……」


健太が突然言い出した言葉に、一瞬息が止まった。

「俺は篠宮が怪しいと思う」

「え! なんで……?」

「俺は見たんだアイツが昨日……一人で笑っているところを。あれは絶対普通じゃなかった。今思えばアイツの転校もタイミングがおかしいだろ。謀られているみたいだ……」

「そ、そんなの勝手な言いがかりだよ……!」

「いつも何考えてるか分かんないし、とにかく怪しい……何かあるぞ。だから俺はアイツを拷問して、話を聞こうと思う。上手くいけば、アイツを俺の下にできるかもしれねーし。お前も協力するだろ?」

「え……っ」

「何、断んのか? だったら先にお前を殺してもいいんだぜ?」


僕と健太は妙な関係だった。初めはパシりに使われたり、一般的ないじめに近いこともされていたけど……ある時から変な要求をされるようになった。急に呼び出されて何をするのかとビクビクしていたら、渡されたのはコントローラーだった。学校でもよく僕のところにいるし、その後も何度か一緒にゲームをした。絶対に関わらない人種かと思ったけど、相性は良かったのかも知れない。僕は健太のことをどう評価していいのか、自分でもよく分からなかった。

でも篠宮クンに関わることなら話は別だ。彼に関わろうとする時点で許せないのに、拷問なんて聞いたら、居ても立っても居られなくなった。健太は体だけは大きいから、篠宮クンは抵抗できないかもしれない。痛めつけられる様子を想像したら、椅子で頭を殴っていた。でも僕が勝てる訳はなかった。すぐに健太は怒って僕に飛びかかってくる。僕は隠していたナイフを向けた。

必死で抵抗している内に気づいたら、健太を刺していた。僕は今まで受けた暴力や、篠宮クンを助けられたと思うと……それで恐怖が快楽に変わったのかもしれない。何度も何度も……刺していた。


「ここなら証拠を残しても関係ないから、包丁も置いておいたんだ。血のついた服はさすがに見られたら僕だってバレるから、皆が寝てる時に捨ててきたよ。これが昨夜起きたこと」

竹内の顔は落ち着いていた。いつもと変わらない、不自然なぐらいに普通の顔。

「それが本当なら……なんで、どうして白状したんだっ!」

俺の言葉を聞いているのかは分からない。下を向いたと思ったら、笑い出した。

「僕は後悔してないんだ。っていうかあんな奴を残しといて良いワケがないよね。アイツを殺して本当に良かっ……」

言い終わる前に、バンっと鋭い音が響いた。横を見ると、殺意を感じる程に憎しみを込めた目で、白戸が竹内を睨んでいた。

「あんたは……、あんただけは許さない!」

掴みかかろうとするのを、ジョーカーが止めた。

「落ち着いてください。このままでは貴方も同じことをしでかしますよ」

それでも、腕を振り解こうと暴れている。

「うるさい、離して! ……あんたは! 健太のこと知らないから、アイツは……あんなやつだけど……! 不器用な、だけで……あんたのことだって……っ」

女子が近くに寄って、なだめようと背中をさすったりしている。それを興味なさそうに眺めながら、ジョーカーの方を向いた。その瞬間、異常な程嬉しそうな顔になる。

「ねぇ、僕……自首したから、処刑方法は僕の好きにさせてくれませんか? ただあの中に落ちるだけなんて納得しないでしょ?」

「……一応お聞きしましょうか。何か方法があるのですか」

「し、篠宮クンに! 僕を殺してほしいです!」

篠宮の方に注目が向かう。さすがに驚いているようだ。

「だって僕……篠宮クンの為にやったんだよ……じゃなきゃここまでできない。 健太と同じように殺してくれていいよ。ああ、篠宮クン……その手で汚い僕を、消してほしいんだ……!」

「ま、待て竹内。そんなこと……っ、できるわけない」

ダメだ。俺の言葉なんて届かない。

「僕ずっと……篠宮クンが好きだった。遠くから眺めることしかできなかったけど……それでも幸せだった。君がいるから、嫌いな学校も毎日来ようと思えたんだ」

僕はこんな性格だし、気持ち悪いだろうから、それ以上近づくことは望まなかった。迷惑をかけたり、困らせたくはなかったから。

そんなこと思っていた放課後。つい出来心で、篠宮クンの席に座っちゃったんだ。それだけでも凄く嬉しくて、幸せだった。すぐに立ち去るつもりだったのに……そこに健太が来たんだ。座っちゃってる以上、どうにも言い訳できなくて……それでも必死に弁解したのに、アイツは聞く耳を持たなかった。もし自分を裏切ったら、このことを篠宮クンにバラすって言われた。それだけで僕の弱みを握るには充分だった。だから健太の言いなりになっても耐えていたし、辛かったけど、篠宮クンがいるから耐えられていた。

「でもアイツは君を疑った! 暴力を振って、監禁してでも無理やり吐かせていたに違いない……そんな訳ないのに。アイツが篠宮クンの名前を口にすることさえ、目にすることだって許せないのに! ……自分はどうなってもいいから、とにかく……守りたかったんだ。……好きになってもらうおうなんて、思ってなかったよ。ただ少しでも君の為になれたら、君の為に生きることができたらって……。僕がもし女の子だったら……こんな性格じゃなかったら……もっと側にいられたのかなぁ……」

竹内の頬から、涙が溢れ落ちた。

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