(2)

「ねぇっ! 私たち親友だよね……!」

「お願い、絶対この恩は返すからっ」

「お前がこれから何でも俺の命令聞くっていうなら、入れてやってもいいぜ?」

先程の玉城のように泣き叫んだり、土下座する奴……そいつを上から見下ろして笑っている奴もいる。

「なぁここから出たら……万……やるからさ」

「ちょ、ちょっと落ち着けよ!」

……誰もこちらに耳を傾ける様子はない。横を見ると、難しい顔をしている玉城と目が合った。

「俺のせいだもんな……どうにかしてみる」

一歩前に出て、叫ぶように声を出した。

「みんな聞いてくれ! ここでそんな駆け引きをずっと繰り返すのか? 俺たちの敵はジョーカーだろ。ジョーカーをなんとかすれば、ここから出られるはずだ! だからジョーカーを捕まえることに専念しよう」

それに続けて、俺も叫ぶ。

「次の投票では一人一人が、それぞれ自分の隣の奴に投票するっていうのはどうだ。同数で無効になれば、先延ばしが出来るかもしれない。だから……皆で出ることを一番に考えるんだ」

「……」

沈黙。皆、俯いてしまっている。

「僕は……賛成だ」

「委員長!」

「このままこんなことをしていても、疑心暗鬼になるだけだ……これを毎回繰り返すのか? そのうちに格差が生まれて、取り返しがつかないことになる。それよりはジョーカー一人をどうにかしたほうが効率が良いし、皆の目標も同じ所に定まる……これに協力してくれる者は挙手をお願いしたい!」

少しずつ手が上がり、やがて全員が挙手をした。

「うん……それでこそ我がクラスだ! 僕はここの委員長になれて……良かった!」

「ちょっと泣くなよ委員長〜」

教室に笑いが戻った。彼が真っ直ぐな人間だからこそ、こういう時にも信用ができるのだろう。

「君たちは僕の誇りだ……!」

ホッと一息ついたところで、教室を見渡す。何か違和感がある気がしたけど、まぁ良いか。今はこれで。


とりあえず投票はさっき言ったように一人ずつ入れて、それに逆らったものは仕方がないが落とすと、玉城がピシャリと言って、それに皆納得したようだった。後はジョーカー捕獲作戦を練ることに費やす。

「やっぱりアイツの行動を観察したほうが良いんじゃないか。いつもどこで何してるか分かんないし」

「そうだな。一日中見ていれば、隙ぐらい生まれるはずだ」

「そうしたら捕獲メンバーと、調査メンバーに別れよう」

男子数人グループでそれを行い、女子にはバレないように注意を引いてもらうことにした。

数時間の話し合いの末、時間は深夜になっていた。部屋に戻ると、あの違和感の正体に気がつく。

「あれ、篠宮は?」

「どこ行ったんだろ。つーか教室にいたか?」

「そういえば見てない気が」

「俺、ちょっと探しに……」

行こうとした腕を、玉城が掴んだ。

「別に学校で迷子ってこともないだろ、それよりもう夜も遅いんだし、ちゃんと休んだ方がいい」

「……まぁ、そうだな」

篠宮のことは気になったけど、実際緊張もあったのか疲れていたらしい。目を閉じると、いつの間にか眠りについていた。


次の朝は妙な……いや少し恥ずかしい感じで、クラスがまとまっている感じがした。結局篠宮は帰って来ず、朝ご飯を食べているときにフラッと現れる。

「お前、昨日の夜どこに行ってたんだ?」

「ああ……すまない。少し調べものをしていたんだ」

「調べもの?」

「ずっと図書室にいた」

「そうか。だったら良いけど、心配するから一言声かけてくれよ」

「……ああ、分かった」

転校生とはいえ、珍しい図書室という訳でもない。そんなに長い間調べることなどあるだろうか。熱心に勉強するタイプにも見えないし。少し怪しんだけど、悪いことをしている訳ではない。好きにさせといてあげよう。

今日はジョーカーの跡を尾行して、いけそうなら捕獲という随分早い作戦だけど、投票が行われてしまったら困る。篠宮に昨日のことを話すと、協力すると言ってきた。

優雅に紅茶を飲んでいたジョーカーが立ち上がってから、三人で静かに後を追う。ジョーカーが入った部屋は放送室。気づかなかったけど部屋の前には『ジョーカーのお部屋』とプレートが飾ってある。初めに言っていた通り、やはりここで過ごしているようだ。用がある人はノックしてね! とも書いてある。……この放送室の中はどうなっているんだろう。

委員長に報告すると予定を変えて、ジョーカーと誰かが話している隙に中を探ることにした。そこでジョーカーと話す役になったのが玉城だ。昨日のことで色々思うところがあるらしい。彼はすっかり副部長の威厳を取り戻していた。

「ジョーカー話があるんだけど……」

「これはこれは皆さんお揃いで、どうしました?」

扉を開けるとすぐ閉めてしまったので一瞬しか見えなかったけど、テレビが何台か置いてあった。

「あれ、お話しするのは君だけですか。良いですよお付き合いしましょう。お話しは好きなんでね」

玉城の肩に手を回すと、鼻歌を歌いながら去っていった。完全に行ったのを見送ってから……殴って扉を壊す!

「ダメだ全然壊れない」

そりゃそうだ。こんな頑丈な扉が体当たりで壊れると思えない。防音室の扉だから、尚更重いのだろうか。

「こりゃダメだなー……やっぱりアイツを捕まえて鍵を取らないと。恐らくピッキング対策もしてるだろう。してなくても、素人が針金こちゃこちゃやって、簡単に開くとは思えない」

「ジョーカーから鍵を盗むなんて難易度高いな。誰かが試して、無理だったら強行突破で突っ込もう! 全員で襲いかかれば何とかなるだろう。そんで服のどこかな、胸ポケットとか? そこから鍵を盗む」

「上手くいくかな」

「何人いると思ってるんだ、この人数なら余裕だろ!」

「そろそろアイツら、戻ってくる頃じゃない?」

その言葉と同時に、廊下の奥から靴の音が響いた。

「あれ、まだいたんですか? 私の部屋の前で何を? 私のファンなんですか? プライベートを探りたい記者さんですか?」

「この中って何があるんだ」

「……何ってそうですね。とりあえずお菓子、紅茶、それからベッドと枕とブランケットとぬいぐるみ……あ、あと本当に暇な時だけぇですよぉ? 内緒にしてくださいねぇ? 実は……ゲームやってまーす! きゃーっジョーカーったら悪い子〜」

「……」

「あれれー、聞いたのは皆さんじゃないですかー。せっかく答えてあげたのにー。ちなみに国内は当たり前、世界ランキングまで取りまくりですよん? ジョーカーは天才ゲーマーでもあるのです」

「隠してること、あるだろ」

「隠してるってココに? あったとしても言いませんよ。だって隠し事でしょ? 言ってしまったら、それはもう隠し事じゃないじゃないですかー」

「やっぱり何か隠してるんだな」

「森下くぅん、ダメですよ何でもかんでも聞こうとしちゃ……誰もが素直に言うとは限らないでしょう? 仮に私がこの中に爆弾があるよ! なんて言ったら、君は信じてしまうのですか? 知ったところで、何もできないと分かる方が残酷なのでは?」

「……」

「ふふ……なかなか良い顔をしますね。君たちにはまだまだ期待できそうです。仕方ないので、一つだけ教えてあげましょう。この中に君たちが期待するようなものはありませんよ。ここに大した秘密はありません。確かにこの状況を変える為には私をどうにかしなければいけません……が、君たちは絶対に私には勝てません。抗うことはできるかもしれませんが、無駄なことです」

「無駄って、やってみなきゃ分からないだろ。いくらお前でも、この人数には勝てない」

「違いますよ。まぁ力勝負でも負ける気はしませんが……。言ったでしょう、私はチュートリアルだと。つまり、ボスは私ではない。せいぜいジョーカーはラスボスへ続く道の番人なのです。ここを倒したところで、どうにもなりません。進行役がなくなって困るのは君たちかもしれませんよ。よーく考えて、行動してくださいね」

私を倒したところで、ボスが顔を出してくれるかは分かりませんけどね……と、小声でそっと呟いた。俺にしか聞こえてなかったかもしれない。その声は少し悲しさを含んでいたように思う。

その後ろ姿にかける言葉はなくて、部屋に戻るのを眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る