(3)
まだ残っていた緊張感も薄まり、寛ぐ生徒の方が多くなっていた。六時になり、ぞろぞろと立ち上がる。
「じゃあそろそろ、体育館行ってみるか」
「よく分かんないけど、お泊まりみたいでちょっと楽しくない?」
「あー確かに。修学旅行みたいだよね」
シャッターのせいで外の様子が見えないから、時間感覚が狂いそうになる。でも夜に近づいていると思うと、気分が高揚してきた。
電気が数カ所しかついていない暗い廊下を歩き、また体育館へと向かう。遠目から見ても、そこだけ明るかった。先頭にいた生徒から歓声が上がる。
「なにこれ!」「すげー!」
天井からシャンデリアが垂れ下がり、足元には赤い絨毯が敷かれている。ペラペラではなく、ふかふかだ。端まである長いテーブルには全員が余裕で座れるだろう。真っ白なテーブルクロスの上には、燭台と薔薇が飾ってあった。
少しだけ見えている体育館の壁に目をつぶれば、本当に別の場所みたいだった。あんなところでも、隠せばこんなに綺麗になるんだ。
「はーい、どうも皆さん!」
ジョーカーの声がして、ステージの横から現れた。
「非常にnonsenseでしたからね、もてなしに相応しいスタイルに変えてみましたよ。大切な皆様にあんな所で食事をとって頂くなんて考えられません。しかし申し訳ないことに、シェフはここには呼べないんですよ……明日からは温かいお食事を用意するので、今日はこちらでご勘弁ください。……ではディナーにしましょうか。さぁさぁ席へついて!」
どうやら夕飯の為の準備だったらしい。それぞれに高級レストランのような席に座った。
「ほらほら回して回して」
前方から四角い弁当とペットボトルが回ってくる。これは本当に修学旅行みたいだ……。
「なんか合わないけど、まぁアリ?」
「フレンチとか出てきそうなのにねぇ」
「弁当とはいえ、そこそこのレベルらしいですけどねぇ。まぁ私は食べたことないので知らないのですが……皆さんに回ったみたいですね。では、どうぞ。お召し上がりください」
ぱかりと開けると、なかなか豪華なものがでてきた。詳しくはないけど、芸能人とかはこんなお弁当を食べているのだろうか。少しだけ警戒したけど、お腹が空いていたのと、みんなが普通に食べ出したので、素直に箸を割った。
「食べながら説明させて頂きます。今からここは学校兼宿泊場だと思ってください。簡単に説明しますと……」
大きなホワイトボードを取り出して、用意してあったのか、分かりやすい図を張り出した。
「音楽室や図書室などは、変わらずにそのまま使用します。まず一階と校庭、体育館は特に変更ありません。この階の教室を使って頂いても構いませんが、冷気が入るので少々寒いかもしれません。二階はシャワールーム、大浴場に改造しました。三階には主に私がいる放送室や、視聴覚室などがありますが……自由に出入りできるのは音楽室だけになっています。そして四階、ここは総て宿泊室にします。全ての教室を使えば充分収まりますから、快適に暮らせるはずです。好きに使ってくれて結構。君たちの教室がある五階、ここはそのまま教室としてお使いください。クラス活動もありますので。教室は皆さんが布団を運んだ後、私が直しておきます。それ以外は特に変わりありませんかね……。屋上は解放するつもりですが、特に何もありません。あそこから落ちても骨折するぐらいでしょうけど、身を投げるなんてマネはしないでくださいよ。……なんて、ああ食事中に失礼しました。基本的にはご自由に何を使って頂いても結構ですが、私が鍵を持ってる部屋も少なくありませんから、使いたい時は話しかけてください。まぁ実際行ってみるのが早いでしょう。また一通り回ったら、教室に集まってくださいね……聞いてましたか?」
ガツガツと弁当を食べている生徒を、やや冷ややかな目で見つめた。
「あ、ああ!」「え? 改造って、あの短時間で?」「風呂もあるのかよ!」
その中で、誰かが手を上げた。
「どうしましたか?」
「そういえばさぁ、ふと思ったんだけど。これって外から見たらどうなってるんだ? だって校舎覆うぐらい、でっけえシャッターがかかってるんだぜ? 何だろうって思われるっしょ」
「良い着眼点ですね。側から見たら、工事中の建物ということになっています。シャッターが見えなくなるぐらいに隠されていますから、不審に思う人はいないはずです」
「あっ、でもでもー。他の生徒はどうなるの? まさかずっと休みー? 何それちょーずるくない?」
「ふふふ、ご心配なく。他の生徒の皆さんは別の校舎に通われています。寧ろ君達の方が嫌いな授業を免除されたりと、特別待遇はこっち側だと思いますよ」
「えーでも、さすがにちょっとぐらい勉強しないとまずいんじゃないのー?」
その言葉にあちこちから声が上がった。自分たちの学校はそこまで偏差値が高い方ではない。それでも受験はまだあるから、そこに向かって勉強している奴はいる。……平均点は低いけど。確かに何かしていないと不安だというのも頷ける。
「……では、希望者には。もしくは皆さんに授業をするとしましょうか。こう見えても私はぶんぶりょーどー? という奴なので。任せてください」
初めは不気味だと思ったジョーカーが、以外にもすんなりと空気に混じっている気がした。
ジョーカーは一息つくと「それじゃ私はまた準備でもしましょうかね……」そう誰に言う訳でもなく、去っていった。
食事を終えると、生徒たちはいつものグループにまとまり、体育館をバラバラに出て行く。
ちょっと食べるのが遅かった俺は、数人が残していったゴミをまとめて、なんとなく後ろからついていった。
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