(3)

「それからとんとん拍子で事は進み、今の遊園地ができたってわけさ。アリスはあらゆることにおいて天才的だったんだ。まぁ君はアリスに呼ばれたんだからね、すぐに会えると思うよ」

「……なんで俺が呼ばれたんだろう」

聞けば聞くほど、俺には関係することのない人物だと思う。何もかもが規格外で、そんな人物に会っていたら覚えていないはずないだろう。

「アリスと君とは、もっと深い部分で……君でも気がついていない場所で繋がっているのかもしれない。アリスは不思議少女だからね、何があってもおかしくないよ。でもここに来たってことは、必ず答えを見つける。すぐに分かることさ……少年、俺から一つ忠告良いかな。君はこちら側へ踏み込みすぎるなよ」

「俺もアイツらみたいになるってことか?」

「そうだね。少年が帰りたくないと駄々をこねるだけの子供になってしまったらつまらないな。もうお喋りできない。まぁそれ以上に、アリスに関わろうとしていること自体危険なんだけどね。俺はあの子が何をしようとしているのか、もう分からない。でも正しい道に進めばきっと大丈夫だよ。君に託してみようと思う」

こちらに振り返った帽子屋は微笑んでいた。最初に会った時とは違う。親友に向けるような優しい顔をしていた。笑っているのに、どこか寂しそうだ。彼はアリスのことを俺が思っているよりも、ずっと大事にしているんだろう。

「踏み込むなと言ったり、託してみたいと言ったり……矛盾してるかな。でも、こんなのも帽子屋っぽいだろ。不思議の国はめちゃくちゃだからね。少年にヒントを与えておこう。あるべきものを、あるべき形へ。それが全てを導く鍵だ。君なら大丈夫さ、なんか都合良く丸めてくれそうな気がする」

「なんか急に適当になったな。あるべきって、どういうこと?」

「その時が来たら、すぐに分かるさ……おやおや、そろそろお嬢さんがうるさいから行かなきゃね。話を聞いてくれてありがとう」

「いや、その……一つ聞いてもいいか?」

「ん、なになに。君から質問だなんて嬉しいなぁ」

「あのピエロは、お前か?」

初めて取り繕えなくなった彼を見たかもしれない。動揺したように口元が歪んだ。けれどそれも一瞬だった。すぐにいつもの調子に戻る。

「あのって、事前の映像に出ていたピエロのことだろ? 残念ながら俺じゃない。あのピエロは存在しない。作り物だ。世の中に出たものは全て、偽物だ」

悲しげな表情が似ていた気がした。偽物だというなら、なぜ驚いていたのだろう。

なんで急にこんなことを思い出して、彼に聞きたくなったのか。自分でも分からなかった。

「そっか……」

「もうびっくりしたな。そんな質問が来るなんて思わなかった。今度はもっと楽しい話をしようね。ああ、彼女すっごい騒いでるなぁ。そろそろ本当に限界みたいだ。じゃあ少年、心配しなくても……」

見守ってるからね、馬の下からにゅるりと上半身だけで現れた。本日一番の絶叫が飛び出し喚いてる間に、笑い声を響かせながら消えてしまった。

「ちょっとー聞こえてますかー! どーこーですかー!」

本当に見えていなかったのか、離れたところで地団駄を踏んでいる彼女のところに駆け寄る。

「あぁ! 良かったぁ……もうずっと呼んでるのに反応ないから、心配しちゃいましたよ」

「ごめん。あいつのこと見えてなかったの?」

「……なんか待っててね、なんてウインクしてきましたけど、任せられるわけないじゃないですか! あんな胡散臭い……あ、これ内緒でお願いしますね? 一応あの人マスターの側近なんで。はぁ……なんであんな人が」

思ったよりご立腹なようで、腕を組みながら頰を膨らましている。

「あの人よっぽど強い力があるみたいね。マスターの側で働けるなんて特別だし。仕方ないか。逆らえないわ……」

リリーは俺が初めに見た従者モードしか知らないのかもしれない。わざわざ言うことでもないけど、帽子屋ってことは一応黙っておこうかな。俺もよく分かってないし。

「マスターってそんなに凄い人なの?」

「えっ? ……はいっ、もちろんです! 誰よりも感謝しています。なんと言っても、私を作ってくれた人だし」

「作った?」

「あ、ええっとーこういうのは夢を壊しちゃいけないってお決まりだけど……私たち妖精はここでマスターに作られたの。因みに私はその一番目なのよ!」

嬉しそうに頭につけていたリボンを外した。何やら番号と、アルファベットが刺繍されている。

「シリアルナンバー! マスターのお気に入りには、これをつけてくれたのよ!」

「へぇ……良かったな」

心の底から笑っている彼女を見ていると、イメージがブレる。まだ謎多き人だけどこの場所を牛耳っているのは確かで、まだ苦しんでいる人がいるのに……その人のことを憎めなくなりそうだ。簡単に絆されないとか、信用しないと決めたはずなのに。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

リリーの顔は穏やかなままだ。彼女が何かしてくるとは思えないけど、彼女マスター側、アリスを尊敬しているなら、俺にとって敵となり得るということか? あのクマも、彼女と敵対しているように見えたけど俺の味方ではない。帽子屋は中立な立場であろうとしつつ、本心はアリスを想っている。と、なると……あれ、俺の味方って結局いないんじゃ。今はまだ何も起こってないから平和的だけど、もし俺がアリスに何かしようとしたなら、彼らは彼女を守るだろう。

まぁまだ猶予はありそうだし、とりあえず少しでも多くこの場所を観察しておこう。

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